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業界動向 2025.06.30

「ポケモンGO」を分離して再出発 空間AIとARに賭けるNiantic Spatial【AWE講演レポ&CTOインタビュー】

2024年5月、ARスタートアップNiantic Labsは、「ポケモンGO」、「モンスターハンターNOW」などゲーム事業の大部分をScopely社に売却した。Niantic Labsは、同社が取り組んでいたARに関する取り組みを、約200人体制の新企業「Niantic Spatial」として再出発することとなった。

2025年6月、米国で開催された世界最大級のXRカンファレンス「AWE USA 2025」。ここで、Niantic Spatialの最高技術責任者(CTO)であるブライアン・マクレンドン氏が登壇し、「Niantic Spatial: Transforming How We Understand the World Through Geospatial Intelligence(翻訳:Niantic Spatial 地理空間インテリジェンスで世界を理解する方法を変革する)」と題した講演を行った。

同氏は、Google EarthやGoogle Mapsの開発を主導した経歴を持ち、地理空間技術の第一人者として知られる。

Mogura VRではマクレンドン氏への独占インタビューを実施。同社が目指す方向性を明らかにする重要な機会となった。

本記事では、ゲーム事業を切り離し、空間AIとARに未来を賭けるNiantic Spatialの取り組みを深掘りしてお伝えしよう。

“配管工の電話番号は?”からGoogle Mapは始まった

「私たちのミッションは、人々と機械が地理空間インテリジェンスを通じて世界を理解する手助けをすることです」。講演の冒頭、マクレンドン氏はNiantic Spatialの新たな使命をこう語った。そのルーツは、彼がGoogleに在籍していた2000年代初頭にまで遡る。

当時、魔法のようにあらゆる問いに答えていたGoogle検索だが、同社はある事実に気づく。「多くの検索クエリが『レストランはどこか』『美術館は開いているか』『あの配管工の電話番号は』といった、現実世界に関するもの」だったのである。この発見が、後のGoogle MapsやGoogle Earthに繋がる転換点となった。

Googleは、ジョン・ハンケ氏(現Niantic, Inc. CEO)とマクレンドン氏が共同設立したKeyhole社など2社を買収。その後、検索に「地理」という概念を組み込んでいった。そしてGoogleはGoogle Mapのデータを各社が自由に使うことのできるAPIを公開した。この取り組みは、UberやDoorDashといった、今や社会インフラとなった数々のサービスを生み出す土台となった。Google Mapにより、地図が単なる地図ではなく、「現実世界へのインターフェース」となったのだ。

この原体験こそが、Niantic Spatialの思想の核となっている。マクレンドン氏は、自身の子供時代の家がGoogle Earthの初期のデフォルト中心点に設定されていたというエピソードを持つ、まさに地理空間技術と共に歩んできた人物である。

AIはブックスマートからストリートスマートへ

講演でマクレンドン氏は、ChatGPTに代表される大規模言語モデル(LLM)の進化に触れ、「AIは超人的なスケールで『ブックスマート(知識が豊富)』になった」と評した。しかし、そのAIに現実世界について尋ねても、返ってくるのは20年前と変わらないテキストや静的な地図だ。

一方で、私たちが世界と関わるデバイスは、PCからスマートフォンへ、そしてARグラスへと移行しつつある。マクレンドン氏は、「AIは『ブックスマート』であるだけでなく、『ストリートスマート(世知に長けている)』である必要もある」と強調する。自動運転車、配送ロボット、そしてARグラスを装着した人間が世界を理解するためには、現在の地図情報だけでは不十分だ。
インタビューで同氏は、ARグラスの課題をより具体的に指摘している。

多くのARグラスが同じ問題に直面しています。GPSだけでは、私がどこを見ているのか分かりません。グラスが自身がどこにいて、どこを向いているかという情報を取得することは非常に重要です。

この課題を解決する鍵が、Nianticが長年培ってきたビジュアル・ポジショニング・システム(VPS)である。正確な自己位置推定は、ユーザーに適切な情報を提示し、さらには「複数のユーザーが同じ場所で、同じARコンテンツを共有する」という体験を実現するために不可欠となる。

フェリービルを30分でスキャンする新兵器

「ストリートスマート」なAIを育てるには、教師データとなる高精細な3Dマップが不可欠だ。Niantic Spatialは、その構築のために「キャプチャ(Capture)」「ロケート(Locate)」「オーグメント(Augment)」という3つのアプローチを掲げる。その根幹をなすのが「キャプチャ」、すなわちデータ収集である。

Nianticが3Dマップを構築するための3Dデータを多岐にわたるソースから取得している。自社アプリである『Ingress』プレイヤーによる貢献、そして3Dスキャンアプリ『Scaniverse』。そして、事業分離後も、『ポケモンGO』からのデータは継続して取得するという。そして詳しくは後述するが、新たに「Snapchat」の抱える9億人規模のユーザーの巨大データソースが加わることになる。

さらに、Niantic Spatialは独自の高精度スキャンにも力を入れている。ドローンデータを活用するほか、「Photon」と名付けられたオリジナルの3Dスキャナーを開発した。

フェリービルディング(Nianticの本社があるサンフランシスコの観光地)をわずか30分でスキャンしました。今後、エンタープライズの顧客は大規模で正確な3Dスキャンを高速で取得できるようになります。

マクレンドン氏がインタビューでこう語るように、Photonはエンタープライズ利用を想定した強力なツールだ。一方で、一般ユーザー向けのScaniverseについては、永続的に無料で提供する方針を改めて明言。趣味のスキャンから産業利用まで、あらゆるレベルで3Dマップ構築へのアプローチを続けるようだ。

収集されたデータは、Nianticの研究チームが開発した最先端技術によって磨かれる。講演では、単眼カメラの画像から高精度な深度推定を行う「MVS Anywhere」や、ビデオから生成した3Dモデルを全く異なるスタイルに再創造する「Morpheus」といった研究成果が紹介された。これらの技術は、スキャン品質を向上させ、よりリアルなAR体験や、ユーザーが世界を自由にパーソナライズできる未来に繋がるものである。


(ガウシアン・スプラッティングの深度推定を大幅に強化する「MVS Anywhere」)

(3Dモデルを全く異なるスタイルに再創造する「Morpheus」ARと自分の世界をパーソナライズできる)

エンタープライズからエンタメまで、活用拡大へ

そして「ロケート」だ。収集したデータをもとに、ビジュアル・ポジショニング・システム(VPS)により、現実世界での場所を測位する。

マクレンドン氏は、エンタープライズ領域で同社の技術が使われている強力なユースケースをいくつか紹介した。

その筆頭がSphere社との取り組みだ。Sphereが展開するアプリにはNiantic Spatialが提供するARDKが採用されている。現場の作業員がScaniverseで破損した自動車などをスキャンし、即座に3Dモデルをアップロード。遠隔地にいる専門家がその3Dモデルを見ながら、現場の作業員とリアルタイムで指示や注釈を共有するといったコラボレーションが可能になる。

Sphere社以外にも、Niantic Spatialの技術は様々な企業で活用されている。講演では、パートナーとのリモートコラボレーションを実現するBooz Allen社、トレーニングにシステムを利用するAlias社などの名前が挙げられた。

エンタープライズでの活用が広がる一方、Niantic Spatialはアートやエンターテインメントといったクリエイティブな領域での応用にも力を注ぐ。その象徴的なパートナーが、米国で絶大な人気を誇るアートコレクティブ「Meow Wolf」だ。彼らは、作り込まれた空間で物語やパズルを体験させる、没入型アート施設を展開している。このパートナーシップの目的は、「その同じ体験を屋外の世界に持ち出すこと」だとマクレンドン氏は語る。Nianticの技術を使い、現実世界にMeow Wolfの世界への「ポータル」を開くことで、そのユニークな体験をより多くの人々に届け、また現実世界での体験をきっかけに人々を施設へと誘い、相互送客を狙う。


そして情報を提示し、体験を生み出す「オーグメント」だ。ARDK以外にNiantic Spatialが展開する開発プラットフォームが「8th Wall Studio」である。WebベースでARコンテンツを開発できる手軽さが特徴だったが、正式版への移行に伴い、AIによる3Dモデル生成機能や、Quest 3、Android、iOS向けのネイティブアプリをワンクリックで展開できる機能が追加された。

「”最高のVPSを探す” Snapとの10年越しの提携」

Niantic Spatialの再出発を象徴する出来事が、Snapとの複数年にわたるパートナーシップの発表だ。SnapのCEOであるエヴァン・シュピーゲル氏は、10年近く前からARグラスの開発に情熱を注ぎ、その実現にはVPSが不可欠だと早くから気づいていたという。

SnapはVPSに取り組み、実際にシステムを構築しましたが、最終的にVPSの構築が困難だと認識したようです。優れたグラスを作ることと優れたVPSを作ることの両方を行うのは難しく、彼は自分のグラスに導入できる最高のVPSを探すことにしました。

この提携は、Nianticがゲーム会社として見られていた頃には実現が難しかった。マクレンドン氏は、「スピンアウトのタイミングは非常に良かった」と語る。ゲームから分離し、VPS構築に完全に集中する姿勢が、シュピーゲル氏の信頼を得る決め手となったのだ。

このパートナーシップにより、Snapの開発プラットフォーム「Lens Studio」にNiantic SpatialのVPSが統合される。開発者は高精度な位置情報に基づいたAR体験を構築できるようになる。そして、そのAR体験はスマートフォンだけでなく、ARグラス「Spectacles」に対応する。Snapは「Spectacles」の消費者版を2026年にリリース予定だ。さらに重要なのは、Snapの膨大なユーザーベースから得られるデータが、Nianticの3Dマップを飛躍的に拡大・詳細化させる点だ。

両社の提携は、技術的な側面に留まらない。「人々を屋外に連れ出し、一緒に世界を体験すること」というNianticの哲学と、「2人が同じ場所で同じものを見るためには、自分が正確にどこにいるかを知ることが非常に重要だ」というシュピーゲル氏の考えは、深く共鳴している。この共通のビジョンが、単なる技術提供を超えた強力なパートナーシップの基盤となっている。

AIが自販機を見つける地図

Niantic Spatialが見据える最終的なゴールは、マクレンドン氏が「大規模地理空間モデル(Large Geospatial Model)」と呼ぶ、全く新しい世界の地図を構築することだ。それは「人間だけでなく、機械が理解するためのマップ」である。

Google MapやApple Mapsのカバレッジと解像度は限られています。道路がどこにあるかは分かりますが、自動販売機がどこにあるかは分かりません。最終的に、人間は最寄りの自動販売機がどこで見つけられるかを知りたがるでしょう。そして郵便配達をしているロボットもまた、その自動販売機がドアへの配送を妨げていることを知る必要があります。

Niantic Spatialが目指すのは、都市レベルからストリートレベル、さらには屋内外をシームレスに繋ぐ、高精細で常に最新の3Dマップだ。これにより、AIエージェントは現実世界をより深く理解し、人間やロボットの行動を的確にサポートできるようになる。大規模地理空間モデルによって、より少ないデータからその地図を構築できるとマクレンドン氏は語る。
講演の最後を、マクレンドン氏は力強い言葉で締めくくった。

LLMはAIが言語を理解するのを助けました。私たちのLGMは、AIが世界を理解するのを助けるでしょう。トランスフォーマーはAIを変えました。そして今、地理空間も変えることになるでしょう。

「ポケモンGO」という巨大な成功体験を持つNianticが、そのゲーム事業を切り離してまで挑む新たな航海。それは、Google Mapsがウェブの世界と現実を繋いだように、AIとARが融合する未来の世界のインフラを構築するという、壮大な挑戦なのだ。


(Snapの「Spectacles」を装着し、Niantic patialが提供する「Peridot」のARアプリを体験する筆者。屋外かつカリフォルニアの夕日の日差しの中でも、Niantic patialのVPSによって位置はピタッと固定されており、目の前にバーチャルキャラクターが生きている実感があった)


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