講談社VRラボが企画・制作を手掛けたVR映画作品『列』(2026年/上村奈帆監督)のメディア向け体験会が開催された。
VR映画『列』は、第77回野間文芸賞を受賞した中村文則の同名小説(講談社刊)を原作に、映画監督の上村奈帆が脚本・監督を務めた物語体験型の作品である。「列」や「列に並ぶ」を中心に据えた物語の中で、廣末哲万、杉野遥亮、木村文乃などの俳優陣が、独特な筆致の登場人物達を演じている。また、台湾・高雄市で10月に開催される高雄映画祭のVR部門にノミネートされている。
監督の上村奈帆は、映画「ザッケン!」やテレビドラマ「僕らの食卓」など数多くの映像作品を手掛けている実力派の監督だが、VR作品を制作するのは今回が初めて。原作を手掛けた中村文則は、芥川賞を受賞した『土の中の子供』をはじめ、『掏摸<スリ>』や『教団X』など、人間の複雑な心理を描いてきた作家である。今回の『列』が初のVR作品となる。
VRゲームやメタバースといったエンターテイメント的な文脈とは異なる出自の作品だが、一体どのような仕上がりになるのか、現地で実際に体験してきた。さらに、本作のプロデューサーでもある石丸健二にもインタビューを実施。本作の制作経緯についても紹介していこう。
「VR作品こそが、“読書体験”に最も近いのではないか?」
今作は、VRヘッドセットを装着し、物語の世界に没入するタイプの映像作品だ。広いエリアを歩き回るといった形式ではなく、自分の周りを少し移動するのみで完結する。コントローラーを使った操作はあるものの、VRゲームのような複雑なギミックは無かった。
https://www.youtube.com/watch?v=h7Ch0VC_92Y
体験してみて「この作品をどんな人にまず勧めたいか?」と考えてみて、頭に浮かんだのは、「読書が好きな人」だった。本作には、そのぐらい「小説の読書体験の良さ」が詰まっている。
映画でもドラマでも漫画でも演劇でもない小説の読書体験ならではの良さ。それは、物語の語り手・主人公を第三者的に俯瞰するのではなく、主人公の目そのものとなって物語を追うという体験だ。「読む」という読者自身の主体的な行為を通して「主人公そのものに、自分が成る」という体験こそが、実は従来の他の媒体にはない、小説ならではの良さのひとつと言えるだろう。そして、その読書体験の良さを最も体現し得る媒体は、書籍を除けば実はVRなのではないか? と私はかねてより想像していた。本作はまさにその「小説の読書体験の良さ」を見事にVR作品として昇華している作品だった。
自分のことは直接的には手しか見えない、間接的にでも自分の姿は鏡越しにしか見えない。しかし、VR上の自分は物語の主人公として勝手に喋る。物語の主人公と観客である自分自身は、同じ視点と体験を共有しているけれど、主人公の在り方に常に100%共感できている訳ではない。
そういう環境でありながら、「一歩前に踏み出す」「コントローラーのトリガーを引く」、物語を進めるためには、要所要所で観客である自分が主人公として能動的に動作する必要がある。
主人公と鑑賞者である自分自身の不思議な重なり方、小説の読書体験の醍醐味に近い体験がありながら、読書が苦手な人にも、あるいは読書が嫌いでなくとも「ついつい読み飛ばしてしまって登場人物が誰が誰だか段々よくわからなくなっていく」みたいな人(私自身のことだ)にも幅広く作品が開かれている、それが本作の物語体験の革命的な良さだと感じた。
その「体験者の視点から主人公の視点を体験させる(体験者を単なる傍観者では居させない)」VR化の取組み自体も見事だったが、ビジュアルや背景音楽も、的確に作品の世界観を体現していた。
写実的になりすぎず、3D感がありすぎず、塗りに筆の質感が感じられるような少し抽象度を残した筆致が、体験者から想像の余地を奪わない塩梅となっていた。音楽も、物語を追う中で頭の中で自然と鳴りそうな音が実際に鳴っているという感じが心地よかった。
そして、作中の人の声や物音にきちんと指向性があり、発話者がいる方向から声が聴こえる、という体験が、「私はこの場にいる」という実感を裏付けていた。
俳優陣の演技の質感も、低彩度の世界観にかなりマッチしていた。
体験時間は立った状態で40分程度とのことだったが、体験や物語が鮮やかだったために全く間延びや疲労を感じさせない、あっという間の時間だった。
惜しむらくは、この作品はSteamでの配信は予定されているものの、現状はVR機器を持っていない人に勧めるのが難しいということだ。(操作も、VRにすでに慣れている人にとってはほとんど難なく操作できるが、完全にVRが初めてという人が仮に補助なしに一人で体験するVRとしてはやや手間取る場面もあり得るだろう、というぐらいの難易度だった)。
また、VR機器を持っていても、一歩~数歩をVRヘッドセットを着けた状態で動ける環境が必要なため、その環境を自宅に用意するのが難しい人も少なからずいるだろう。
そういったところで、現状の日本国内の環境では、一般個人ユーザーが体験する間口を広げる難しさを感じる体験フォーマットではあるものの、その一点でこの作品を切り捨てるのが惜しいと強く感じる。
やはり、VRSNSのように音声によるオンタイムのコミュニケーション要素がなくても、VRゲームのようなゲーム要素がなくても、あるいはフリーローム型VRのように「広い空間を歩き回れる」という要素がなくても、体験者を傍観者にさせない、物語の主人公として空間に没入させることが、物語とVR技術と演出の力で可能である。そのことを、作品を持って示したところに大きな可能性と確かな実力を感じた。
「列に並ぶ」とはどういうことなのか、「列に並ぶ」にどんな意味があるのか、そしてこの列の先頭には一体何があるのか、本作を通してぜひ多くの人に体験して欲しい。
「とにかく世界を驚かせよう」講談社VRラボの代表取締役石丸健二氏インタビュー
体験後、株式会社講談社VRラボの代表取締役で、本作のプロデューサーでもある石丸健二氏から制作背景について話を聞いた。
——数ある小説がある中で、なぜ今回は「中村文則さんの『列』をVR映画化しよう」ということになったのでしょうか?
石丸氏
講談社さんと企画会議をしている中で、先方から「VRにすごく合いそうだよ」と提案いただいたのが「列」でした。そこで自分も読んでみたら、「VR化したら面白そう」「行けそう」と思ったんですね。かつ、「VR映画用にプロットを描いてみよう」ということになった時に、今回監督していただいた上村さんと偶然出会って、5ページくらいのプロットを書いていただいたんです。それがすごく素晴らしくて、しかも「30分に収まるかも」となり、講談社さんとも「これは面白くなりそうだね」という話ができて実現に至った、という流れです。
——提案側と製作側の意向が上手くマッチしての本作の実現という流れがあったのですね。
本作のビジュアルについて、筆の質感を感じさせるテクスチャが作品の世界観にピッタリだと感じました。VR作品としてビジュアライズするということで、フォトリアルなものから、アニメっぽいものまで、方向性の選択肢自体は様々あったかと思うのですが、今回「この感じのビジュアルで行こう」というのは、どういう流れで決まっていったのでしょうか?
石丸氏
「なんとなく、油絵っぽい感じだよね」というのが上村監督や僕も含めた関係者の中でのイメージとして最初からありました。そこで「リアリスティックじゃないよね。だけど、過去作の『猫が見えたら』(和田淳監督のVR映像作品)ほどはカリカチュアされてないよね。水彩ほど柔らかくはないよね。」……という感じで、落としどころをディスカッションしていく中で、「油絵ぐらい強いものが良くて、でもアウトラインとかは無さそう」という話になっていきました。そこで本作のアニメーションディレクターの半崎さんに、「ちょっと油絵っぽいやつでキャラクターや世界観を描いてみてよ。」と頼んで出してもらったのが最初から良かったので、そこでビジュアルのテイスト自体は割とすっと決まっていった感じでした。キャラデザに関してはその後もうちょっと色々試行錯誤があったんですけど。
——今回の作品の公開にあたっては、どういうところに目標を置いていますか?
石丸氏
本当は売れるのがうれしいんですけど、なかなか難しいところではあります(笑)。
それはそれとして、弊社のミッションにもなるんですけど、ひとつは「なんとかしてアカデミー賞を取れないかな」と考えているんです。実際、過去にすでにひとつの作品がVRで賞を取っていて、「どうやったらもう一度そこに辿り着けるかな」と思いつつやっています。ヴェネツィア国際映画祭やカンヌ国際映画祭、今回出展する高雄映画祭だったり、映画の祭典で賞を取れるといいなっていうのが現時点での一つの目標としてはあります。
あとは、日本だともう少し先の未来になると思っているのですが、「VRというメディアが花開いた時に、自分達は色んなタイプのコンテンツを世に出すための、企画開発から製作までできるという機能を持った状態で居られる」というのがもう一個のミッションです。
そういう時代が来た時に、「このスタジオ面白いことやっているな。なんかあったら相談してみようかな」と思ってもらえるように、今頑張っている感じです。
それから、今のところは海外の映画祭で多く見ていただくことが多いのですが、せっかく日本語で作っていますし、日本語版の俳優さんたちの演技も素晴らしいので、日本国内で見ていただく機会もそろそろ作ってみたいなと考えています。
講談社さんと相談しつつ、常設型とまではいかなくても、イベント的に上映する場所を期間限定で作ってみてもいいのではないかなと。これだけ作品ラインナップができてきているので、大阪とか福岡とか、1年間くらいかけて巡回して、そこに人が来てくれるようになったらいいなというのを、「そろそろやってもいいかな?」と考えたりはしています。
——実際に今自分が体験してみて、特にコントローラ操作については「VRユーザーであればなんなく操作・体験できるが、VRをやったことがない人では多少操作に手間取るかもしれない」ぐらいの難易度の操作設計、という印象を受けました。そのぐらいの難易度の操作感で作ってあるのはどういう意図でしょうか?
石丸氏
ここがすごく難しいところではあって大変心苦しいのですけれど、僕らの発想で言うとまずはストーリー表現ありきで、プレイヤー目線での簡単さ・難しさというのは後回しにして考えています。とはいえ、「いくらなんでも!」というラインは当然あるので、そこから操作としての一貫性を構想します。
例えば「このボタンを押すという操作さえできれば……」とか「インタラクションの種類がちょっと多すぎるから、統合していきましょう」みたいな調整は行っています。ただ、弊社の作品の場合は、映画祭等の出展時などでは原則体験時に誰かスタッフが必ずついてくれているという想定がありますし、作品の冒頭にはチュートリアルも入れてあるので、「それでなんとか……!」という感じでやっています。
VRが不得手な人に合わせすぎても、得意な人に合わせすぎても、できることがちょっと削られていく感じがあるんですよね。そこのせめぎ合いはあります。今は過渡期ですし、例えばスマホも当初出た時は「どうやって使うの?」という人と、すごく使いこなしている人との間で差がありました。そこは年齢等によっても違いますしね。
弊社のミッションでもあるんですけど、「とにかく世界を驚かせよう」「最大限のVRの面白さというのを、突き詰めていったらどこに行けるのか?」というところを目指しているので、ある種のリテラシーがすごく高い人に合わせ過ぎはしないけれど、チュートリアル等で補助することで、その驚きのラインに達せられるのであれば、そこに合わせたいという気持ちでやっています。
かと言って、不得意な人たちを置き去りにするつもりは毛頭ないんですけど、それでもなお全く無理だという方に向けては「ごめんなさい!」という気持ちではあります(笑)。
——最後に、Mogulive読者やこれから視聴する観客に向けて、アピールしたいことをお伝えいただきたいです。
石丸氏
「ぜひ見てください!」って言いたいところなんですが、「(Steam以外では)どこで見られるの?」となっちゃうのですごく難しいです(笑)。ただ、まず一つは「こんなことをやっている会社があるよ」ということを知っていただきたいです。おそらくこれだけのVR作品を作ってる会社は、世界でもそんなに多くなくて、特にプロダクションという意味では、これだけ色んな監督とこういう風に作品をコンスタントに出している会社は本当に日本国内では少ないと思うので、こういう会社にぜひ興味を持っていただきたいです。
これから高雄映画祭で2週間くらい本作の展示がされるんですね。中国の映画祭でもお呼ばれされていて、他にも年内だけでもいくつもVRのフェスティバルがあります。こういったイベントに興味がある方は、現地に行くと、世界有数のVR作品が山ほど見られます。言語的に英語が必須にはなってしまうのですが、ぜひチャンスがあったら、映画祭に行ってみて欲しいです。そして、VR自体にもより興味を持っていただきたいなと思っています。
――ありがとうございました。
VR映画「列」公式HP
https://www.kodanshavrlab.com/original/retsu/



