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話題 2020.06.20

演劇文化の新たな可能性! “VRミュージカル”の魅力とは?

東雲めぐ主演のVRミュージカル『人魚姫』公演の1回目が6月7日に行われた。技術として革新的であり、演劇文化への愛溢れる舞台だった。VARK・ニコニコ動画配信、共に視聴者の評価が飛び抜けて高かった今回の公演、ネタバレを極力避けつつ、情熱が注がれていた部分をいくつか紹介していきたい。

1・ミュージカル・演劇であることの意義

この公演はOculusGO、OculusQuestといったVRヘッドセットで利用できるプラットホーム「VARK」で配信された。

VR空間は空を飛んだり地面をもぐったりとなんでもできてしまう。しかしこの公演では、ゲームのような派手なVR演出はできるだけ入れないように調整されている。360度映像を自由自在に利用できるにも関わらず、あくまでも眼前の「舞台空間」をしっかり見せることにこだわっていた。

例えば光源。VRだから光を見せること自体はさほど難しいことではない。しかしこの舞台では演劇用のライトをオブジェクトとしてわざわざ作っている。VRの技術を利用して演劇の「舞台」を作ることに注力したのだ。

実際のところ、もっと大胆なVR演出はVARKの技術であれば可能だっただろう。とある演劇と関係ないシーンではサプライズ的に360度演出が施されており、VARKで様々な見せ方ができることをしっかり証明している。それでも、劇の最中は「舞台」での表現を保持。その補助としてVRを使うように徹底されていた。

これは演劇という芸能への強いリスペクトだ。演劇は観客に様々なイメージをさせるために、舞台という限定的な空間でいかに表現するか考え抜いた末に生まれた芸術だ。ゆえに観客の視界に入る舞台の情報だけで全てが理解できるように、緻密に、大胆に組み立てられてきた。

狭い舞台上の演技で物語が伝わるようにするべく、映像とは違った独自ルールの台本が作られ続けてきた。こうして歴史上の試行錯誤を経たことで、制約のある舞台での演劇は、現実以上に想像力を刺激する無限大の可能性を秘めるようになった。

今回の東雲めぐミュージカルではこの点をしっかり理解した上で、演劇の文法を表現の基盤として利用している。東雲めぐ以外の登場人物は全て書き割り。背景も奥行きに限界のある大道具扱い。あえて不便な舞台を、ほぼ完璧に再現している。

東雲めぐは下半身魚の人魚・マーシャの姿で登場しているが、本人は度々しっぽは衣装であり二足歩行で演じている、とフリートークで種明かしをしている。VRだからわざわざ明かさなくていいはずの、あくまでも演劇衣装を着用している、という明示だ。こうすることでVRの魔法は観客にかからず、あくまでも役者としての東雲めぐが演技で観客に魔法をかけることになる。一度だけ海の中を上に登っていくシーンがあるのだが、ここもVRらしくない、ワイヤーでひっぱりあげる演出をわざわざ模倣している。

VRをどこに使っているかというと、舞台の奥行き表現の他は、実際の演劇だと手間がかかる舞台転換や、観客に降り注ぐ花びらなどの演出のみだ。東雲めぐという役者と物語に視点を定めるための、補助としてのVRだ。VRをフル活用してあれもこれも盛り込むと、情報過多になって演者に目がいかなくなるだろう。観客のいる場所全てを海にして、縦横無尽に魚を泳がせることも簡単だっただろうが、それでは東雲めぐの繊細な演技に集中できなくなる。

東雲めぐも強く舞台演劇を意識した演技をしている。彼女は基本的に観客の真正面に向けてセリフを語る。何箇所かどうしても後ろを向かないと行けないシーンはあるものの、大半の顔の向きは横から前向きだ。これは舞台演劇で観客に声と表情を伝える際の必須技術。VR空間であれば、リアルと違って演者が後ろを向いていても前に声が通るように調整可能のはずだが、東雲めぐは観客の方を常に向いて、力強く表現した。それが演劇文化が培ってきた、心情を表現する一番の手段だからだ。

普段のVARKの音楽ライブでは、自分の周囲には他の観客のイメージが並ぶようになっている。しかし今回、舞台を見ているのは自分ひとりだけ、という環境に変更された。これにより演劇へより没入しやすい環境づくりができている。ノイズの遮断も、VRが持つ重要な役割だ。

2・物語の大幅改変

タイトルは『人魚姫』となっているが、内容はアンデルセンの原作とは全くの別物。魔女、王子は出てくるものの、性格も立ち位置も全然違う。

特に大きいのは、魔女と王子に強い人間性が付加されたことだ。アンデルセン童話では王子は「人魚姫が陸に上がりたいと願う理由」としての舞台装置的役割が大きく、それほど彼の感情や思想に踏み込んではいなかった。

しかし今回のミュージカル上では、王子がしっかりと人魚姫に向き合っている一人の人間として表現されているので、かなり好感度が高い。

加えて人魚姫と王子が、ある言葉を絶対に言わなかったことで、この物語は多様な意味を持つものに変化した。そのこだわりによって「姫」の語の持つ意味は原作と大きく変わり、今回の作品のテーマが強く確立されることになった。

舞台演劇が持つ「説明しすぎない」「行間を読ませる」表現は、セリフにも表れている。例えば陸にあがったマーシャに対して王子が、土で服が汚れる、と気配りするシーンがある。そこでマーシャは「土は汚くありません、服についても汚れないわ」と語る。ここでは王子が「全くそのとおりだ!」と言い、それ以上は語らない。

この発言こそが、マーシャを人魚姫たらしめるポイント。のちのち別のセリフにも引っかかってくるセリフなのだが詳しい説明はなく、解釈は全て観客に委ねられている。

ラストシーンも完全に別物。子供が見ても楽しめる仕組みの作品ながらも、かなりあちこちで、観客の読解力を信じた複雑な投げかけをしてくる作品だ。

3・声優とVTuberの共演

今回俳優として登壇するのは、マーシャ役の東雲めぐ一人だけだ。その他のキャラクターは声優が声だけで演じる、というちょっと変わったスタイルを用いている。

魔女役の中尾隆聖は一際異彩を放っていた。書き割りの魔女なので表情はないものの、特異な力を持つキャラクターを演じることに長けた中尾隆聖の声によって命が吹き込まれ、不思議で重要な存在となった。

島﨑信長による王子は、原作だと「命を助けたかっこいい人」程度の、人魚姫の主観で見た存在でしかなかった。しかし今回は、マーシャの生き方を変えるだけの強い意思と頼もしさが丁寧に描かれている。

凜とした島﨑信長の演技は、顔のない人形に情熱的な生きた人間姿を浮かび上がらせた。
VTuberと声優が同じ舞台上で「役」を演じているのはかなり珍しい。今回の演劇は、VR上であれば違和感なく、より効果的に人間とVTuberが並んで演劇が出来るのを示した好例になった。

4・東雲めぐという演者

VTuberは「成長する(誕生日ごとに1歳増える)」タイプと、「成長しない(サザエさん時空型)」タイプに分かれる。東雲めぐは「成長する」タイプだ。
2002年4月6日生まれの18歳。この演劇は大人になる手前の、今年のこの瞬間にやらねば意味がないくらい、時期が重要だった。

最初期に中学生だった東雲めぐは、幼くてふわふわした空気感が多くの人を癒やす少女だった。時が経ち高校生になった彼女。SHOWROOMでの活動を重ね、多様なVTuberとのコラボや音楽動画制作を行ってきた中で、確実に人を楽しませるタレントとしての技術があがっていった。

ボーカリストとして、女優として、エンタテイナ―として、着実に成長している彼女。今までの活動の一つの節目として、これから責任を持って自ら歩み始める大人になる一歩目として、今回のミュージカルは欠かせない意味合いを持ちそうだ。

東雲めぐは元々、人魚姫に憧れていたそうだ。その夢が今回叶い、魚のしっぽをつけて舞台の上を動き回った。ただ「人魚姫になる」というのは「人魚」の姿形の問題だけではない。「姫」にならねばいけないのだ。

大人への成長過程の中で、VTuberとして様々な責任と夢を持つ東雲めぐの姿に、人魚姫マーシャの姿がシンクロする台本になっている。18歳の今、将来について様々な考えを抱えて成長している彼女だからこそ、人魚姫の苦悩がまるで彼女本人の発言であるかのように、生々しく共感できるものになっている。

5・VR演劇の可能性

演劇が好きな人には、VR空間で正々堂々と「演劇文化」が再現できることを是非感じて欲しい。VRを使ったことで便利さが増して、さらに演劇芸術独自の表現がやりやすくなったのを知ってほしい。

VR好きで、演劇の舞台は初めて見たという人もちらほらネット上の感想で見かけた。手軽にすぐ見ることが出来る演劇体験として、VRはもっていこいだろう。

今後はVRを派手に駆使して映画やゲームの中に入り込むような体験のできるダイナミックなライブステージスタイルと、今回のように生の演劇を仮想空間に再現するスタイル、両方が発展すると確信出来るステージだった。表現の思想が違っても、手法として便利に使えるのが、VR技術だ。

特にこの劇場スタイルは、今新型ウイルスで大打撃を負っている演劇界隈の人々に対しての福音かもしれない。劇場をVR空間に作れば、演劇・落語・漫才・音楽ライブ・コント・朗読劇・人形劇・怪談・漫談・歌舞伎など多様な舞台芸術を、より多彩に、手軽に再現できるだろう。

この舞台は7月12日(土)と8月8日(日)に再演が決定している。できればVRで見てほしいが、ニコニコ動画・bilibili動画の配信でも空気感を知ることができるので、是非チェックしていただきたい。

執筆:たまごまご


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