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VR体験施設 2018.12.18

制約から生まれる「VRフィルムの可能性」 – VIVE JAPAN デベロッパーミートアップ2018講演レポ

HTC NIPPON株式会社は、2018年12月3日に開発者向けカンファレンスイベントVIVE JAPAN デベロッパー ミートアップ 2018を開催しました。

ロケーションベースVRセッションでは、映像監督でありstoicsense inc.代表でもある東弘明氏が「VRフィルムの可能性 /『攻殻機動隊GHOST CHASER』breakdown」というタイトルで講演。前半は映像制作者のキャリアを持つ東氏がVRフィルムに対する狙いを語り、後半は台場のhexaRideで展開されている「攻殻機動隊GHOST CHASER」制作過程についての解説を行いました。本記事ではこのセッションの様子をレポートします。

ストーリーテリングメディアとしてのVRフィルムの可能性

はじめに、講演者の東氏の制作キャリアを辿りながら、映像としてのVRの可能性と演出について解説が行われました。東氏はもともとCGディレクターとしてVFXを用いた映像を制作していましたが、2008年からミュージックビデオの監督としてのキャリアがスタート。そして、ガジェットが揃っていくにつれ、演出に専念するようになっていったとのこと。

そのキャリアの中で、ミュージックビデオを演出する際に心掛けていたこととして、以下の3つの要素を挙げました。

BEAUTY:被写体を美しく映すこと
RESONANCE:音楽と映像とのレゾナンス(共鳴)
STORY:ミュージックビデオの中で起承転結のあるショートストーリーを作る

企画から制作まで一ヶ月、撮影してから2週間くらいで納品するミュージックビデオ制作でしたが、「もっと時間をかけて納得のいく作品を作りたい」という願いから、東氏は2013年にstoicsense inc.を設立。音楽と映像との「レゾナンス」を意識しつつ、プラネタリウムやプロジェクトマッピングといった、16:9の定型ではない規格外の映像案件にも関わるようになったとのこと。

2015年にはProduction IGによって企画・プロデュースされた「攻殻機動隊 新劇場版 Virtual Reality Diver」を手掛けています。この作品は、ベネチア国際映画祭やシッチェス国際映画祭に正式招待作品として選出され、話題となりました。そのような流れの中で、東氏はVRを用いたショートフィルムに可能性を感じるようになってきたといいます。

映像としてのVRに関して、アーティストのライブやスポーツの配信などの取り組みがあるものの、現状の4G環境でのリアル配信では解像度が低く、まだ快適な視聴環境ではないといえます。「そのほかのVRチャンネルの映像、空撮や環境ビデオに関して、2年前では新鮮であったが、現在では下火な印象を持っている、ただ、VR180を活用した主観でのVRビデオはこれから成長していくのではないかと感じている」と東氏は語りました。

そもそもVRビデオとは何なのか

さて、そもそも「VRビデオ」とはなんなのでしょうか。再生させているものは以前から使われているQTファイル(QuickTime向けフォーマットの映像ファイル)です。したがってユーザーの動きにあわせてインタラクションを行ったり、ポジショントラッキングを行ったりはできないという欠点があります。

しかし「そういった制限があるがゆえに、そぎ落とされて伝えたいことが伝えられる、人の感情を動かす、そういったことがクリエイティブの世界ではよくあること」だと東氏。体験者の感情を揺り動かす、その中で必要なのは、ミュージックビデオ制作の時と共通して以下の3つをあげました。

BEAUTY:手で触れたくなるほどの美しい質感
RESONANCE:素晴らしい音楽があること
そして、一番大切なものとして「STORYTELLING」をあげています。現状デバイスの制約で長時間の体験しづらい中、短時間で人の心を掴むのにはストーリーテリングがやはり必要であるとし、「VRフィルムはストーリーテリングに特化したメディアだと感じている」と述べました。

ノン・インタラクティブであるがゆえに、制作者は体験者に与えたい経験を空間のアートワークやカメラワーク、音楽などでコントロールでき、「作品の登場人物の心情を体験者に想起させ、尺が短い中でも得難い体験をさせることができる」と東氏。

VRフィルムはQTファイルでできているため、基本的にはデバイスのスペックを問わず、同じクオリティで再生できるということが大きなメリットです。これにより、世界中の多くのユーザーにリーチさせることができる、と東氏。

リアルタイムではなくプリレンダリング映像であるため、映画やコマーシャルフィルムを制作しているVFXプロダクションの参加も可能です(とはいえ、現状ではほとんどの会社が取り組んでいないとのこと)。

また、東氏は通信環境の進化についても触れました。5G回線などが実用化されることで、高解像度・立体視のVRコンテンツを気軽に体験できるようになることが想定されます。そうなると、Apple TVやNetflix、huluといったサブスクリプション制の映像配信サービスにおいてもVRチャンネルが開設される可能性は十分あるでしょう。「多くの優れたVRフィルムが必要とされると思われますが、その時に単なる空撮や環境映像が並んでいるだけでは話にならない」と東氏。インフラができてからコンテンツを作り始めるのでは遅く、今から様々な企業がVRフィルムを手掛けて知見を溜めていくことで「新たなVRのムーブメントが作れるのではないか」も語りました。

「攻殻機動隊GHOST CHASER」breakdown

続いて、「攻殻機動隊GHOST CHASER」(以下、今作)の制作についての解説が行われました。前作にあたる「攻殻機動隊 新劇場版 Virtual Reality Diver」(以下、前作)は、高い評価を受けたという反面、様々な課題もあったといいます。

ライド感のあるカメラワークと引き換えに、ベクション(実際には止まっているにも関わらず、視覚情報によって自分が動いているように感じられる現象)が生まれてしまうこと、ストーリーを伝える中で発生してしまう強制的な視点誘導、そして視差の問題もあります。こういったものは当然、VR酔いを誘発してしまいます。

VR酔いを克服するために定点カメラを配置し、演劇のように360度の舞台にするというセオリーもあります。しかしながら「攻殻機動隊」というアクションの見せ場があるIPにおいて、定点カメラで撮影した作品を商業コンテンツとして出すのは難しいと判断。「攻殻機動隊というIPを活かすVR体験」とは何か——。今回の「攻殻機動隊 GHOST CHASER」は、そのひとつの答えになる作品です、と東氏は言います。

この作品は、BROGENTが開発した「hexaRide」というライド筐体向けに作られたコンテンツです。

今作の企画は2018年の4月にスタートし、Production I.G.から「攻殻機動隊VRライド向けの映像として作り直したい」という打診が。しかしそこで提示された納期は同年9月頭。わずか5ヶ月で新しく脚本を練り、さらにVRライド用に作ることは難しいと思われたので、すでにある脚本とコンテをベースとし、ライド筐体用に推敲していくことにしました。単に攻殻機動隊のIPを活用するだけではなく、「オフィシャル感のあるコンテンツ」そして「ストーリーのあるもの」にすべく、様々なスタッフ・キャストを集めたとのこと。

前作の反省点のひとつとして「主観映像が少なかった」という事を東氏は挙げました。コンテ段階では存在していたのですが、作っていく中で面白さをだすためにカメラを動かしていくという方向にしていった結果、没入感の減衰に繋がってしまったといいます。

それを踏まえ今作ではロジコマを含め、キャラクターの主観目線を構成の軸に置いています。視点が固定されたところで、身体が揺さぶられる体験で酔いを軽減させるという形にもなっています。それと同時に「第三者視点にシームレスに移していき公安9課の活躍を見せる」という演出も。没入度を上げるためには主観目線で描き続けた方がよいのですが、草薙素子をはじめとした公安9課のアクションを見せる上では、第三者視点も取り入れていくことは必要不可欠であると(いちファンとして)東氏は判断したそうです。

キャラモデルは前作同様、フォトリアルに寄せています。VRは既存のメディアに比べて、カートゥーン調であっても比較にならないほど存在をリアルに感じるので、リアル感をより強化すべくフォトリアルな形にしたと、東氏はその狙いを語りました。
また、プリレンダリングの映像であるため、マシンのスペックを意識することなく、街並であっても高クオリティの映像を作ることが可能です。前作の時にはできなかった、ビルの合間からの木漏れ日のような描写もできるようになったそうです。

東氏の持論として、体験型コンテンツにおいてその世界への没入感は、カメラの移動距離にも比例するといいます。今作では短い体験の中で、15kmもの移動をさせているそうです。VRによって実寸スケールの街並みの中、15kmを高速で進む爽快感は他にはない体験を与えてくれます。

前作の反省を含め、今作のプリビスでは多くの人が体験できるよう、VR酔いを避けるためにカメラの回転などを抑えて作成したのですが、プリビズをもとにライドマシンに試乗をした結果、ライドにほとんど動きがなく、コンテンツとして本末転倒の状態という事が分かりました。そのため、カメラの動きを増やすようにしたそうです。

また、制作過程ではレンダリングコストに関するの問題も発生していました。VRの立体視のレンダ処理は本当に重く、3分間分の背景映像のレンダに数日必要であり、金額にするとそれだけで50万円は掛かってしまうとのこと。そのような条件下では、ライドと組み合わせて臨場感をだしたり、あるいは酔いを防ぐためにカメラの動きに微調整をかけるたびに毎回レンダーすることはできません。そこで、大きな動きはMayaで作成したうえで、ライドモーションのためのカメラの動き、例えばカメラのパンや振動、被写体の動きに合わせたカメラのうねりなどは、360度動画をAdobe Premier上で操作することで実現させています。

また、hexaRideの特徴として、ライドマシンは3方向に座面が向いており、1つのコンテンツで3方向の体験ができるという仕組みがあります。しかしながら本作は高速で前進しながらカーチェイスを行うという内容である都合上、後方を向いている座席では常に後ろを見続けるという、演出が全く成り立たない事態が発生していまいます。

そのため今作では、座った位置に関わらず視点は常に前方を向くようにしましたが、そうなるとライドモーションとのズレが発生してしまいます。これらの課題を解決すべく、モーション、カメラともにバンク(横揺れ)やチルト(上下の動き)の表現は、衝撃で揺れる時以外は使わないという方針にしたそうです。それ以外のカメラのチルト表現などは、カメラを動かすのではなく筐体の方を動かすことで表現することにしました。

また、映像と音楽との融合にも気を使っており、制作した映像にコメントを載せる形で音楽制作の依頼をしたそうです。

過渡期ゆえの難しさ、さらなる「新しさ」を探したい

来年の東氏の挑戦として「ゲームエンジンベースの映像制作」(Unreal Engine 4でのプリレンダ映像制作に詳しい協力者を募集中とのこと!)「ストーリー分岐型のVRフィルム」「ロケーションベースVRフィルムコンテンツ」に取り組んでいきたいと語りました。

「これらの挑戦は新しい内容ではないけれど、それが実現していないのはこれを出すマーケットの出口が狭き門、マネタイズできない過渡期であり、それゆえに現在のロケーションコンテンツはFPSやバーチャルステージなど、似たような内容が多いのではないか」と東氏は言います。「そこにもっと、参加型でストーリーの中に入れるようなものが生まれてくることを期待しています。来年はR&D;、プリビズクオリティでプロトタイプを作っていきたい」という東氏の宣言で本セッションは締めくくられました。

(※本セッションはスライド非公開のため、公式サイトなどの画像を用いています。ご了承ください)


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