4月13、14日に東京で開催されたゲーム開発者向けのイベントUnite2015Tokyo(Unite)では、Oculus VR社の創業者パルマー・ラッキー氏が登場し、VRの現状とこれからを語るとともに、日本のVRコンテンツ開発を促しました。
Uniteはゲームを制作するためのツールUnityを提供するUnity Technologies Japanにより開催されまる年1回の開発者向けイベントです。Unityはサウンドやグラフィック、キャラクター、ゲームシステムなどゲームの全てを制作することが可能な統合開発ソフトです。Oculus RiftやGear VRなどVRヘッドマウントディスプレイ(VRHMD)に対応したVRコンテンツも制作することができます。急速に広がるVRコンテンツ制作への需要にもいち早く対応して、より手軽にVRコンテンツが制作できるような機能が盛り込まれています。
「VRコンテンツを作り始めるなら、今がその時だ」
今年のUniteでは、基調講演でOculus Riftの生みの親パルマー・ラッキー氏が基調講演を行ったほか、日本オフィスのメンバーによる講演も行われました。また、最新型のプロトタイプ「Crescent Bay」やモバイルVRHMD「Gear VR」の体験コーナーなども設けられていました。他にも、企業等のブースで展示されているコンテンツにも、Oculus Riftを使うものが多くありました。
株式会社動画工房の魔法少女になって闘うVRアニメ『BREETSCHLAG』
パルマー・ラッキー氏は、基調講演、そしてその後行われた合同インタビューでも「VRのコンテンツを作り始めるなら、今だ」というメッセージを発しました。昨年と比較しても、今年特に強調されたのがコンテンツ開発に関する発言でした。
基調講演、合同インタビュー、また日本人の開発者との交流でラッキー氏からあった発言を紹介していきたいと思います。
他社も参入し、動きが加速している
開発者版のPC向けOculus Rift、そして昨年12月から欧米で発売されているGear VRの合計出荷数が全世界で20万台を超えています。また、Oculus Riftで体験できるVRコンテンツを開発者間で共有できるOculus Shareは、200万ダウンロードを突破しました。
ラッキー氏は、「これはまだ始まりにすぎない」と述べ、今後VRをより一般の人々にまで届けていきたい意思を明らかにしました。
VRは、これから普及するかどうかというところ。過渡期を迎えています。Oculus Rift以外にも、PS4向けのProject Morpheus(SCE)、PC向けのHTC vive(Valve)など他社も参入しています。パルマー氏は、他社が参入してきていることを歓迎しました。
ある技術に、多くの会社が注目していることは非常に健全なことだと思います。もしOculus VRだけがHMDを作っていた場合、それは健全ではありません。VRにはまだ成熟していません。競合が増えたからといって、勝者・敗者はまだしばらく決まらないでしょう。今の段階では、プレイヤーが増えるほど、勝者も増えるのではないでしょうか。
――合同インタビューより抜粋
その上で、ラッキー氏は、他社が製品版のリリース時期を発表するなど、業界の流れが非常に早くなってきていることに言及しました。
Oculus Riftの製品版のリリース時期はまだ明らかにできませんが、少なくともGear VRは発売されており(※)、製品版も年内に発売します。そして他社の製品が数ヶ月以内にリリースされでしょう。Oculus Rift向けのVRコンテンツは既に2年間開発されてきて、VRコンテンツの開発に関する多くの教訓が得られています。未知のプラットフォームに挑めないデベロッパーもいるかもしれませんが、開発を始めた時には既に手遅れになってしまうかもしれません。
――合同インタビューより抜粋※欧米では2014年12月より発売。日本でも4月23日より予約受付開始
Oculus Platformを整備し、VRコンテンツのマネタイズを
ラッキー氏は、VRコンテンツ開発の参入を促進する要素として「Oculus Platform」の整備を挙げています。
Oculus Platformは、iPhoneで言うところのApp Storeのようなもので、デベロッパーが開発したコンテンツをユーザーが購入・ダウンロードできるプラットフォームです。既にGear VR向けにOculus Homeという名称で欧米で稼働しており、ユーザーはVRHMDを装着したまま、コンテンツの閲覧、購入、ダウンロードを行うことができます。
Gear VRを装着すると表示されるメニュー「Oculus Home」(UniteでのOculus日本オフィス・井口健司氏の講演より)
現在、Oculus VR社自体は、Oculus Rift向けのコンテンツを販売する場を持っていません。今後、このOculus Platformの整備を通じて、VRコンテンツでの収益化を可能とし、マネタイズを促進していきたいとしています。
Unityにおける開発環境の整備
ラッキー氏は、開発環境であるUnityがVRコンテンツの開発に大きな役割を果たしていることに言及しました。
UnityというツールがVRを実現しています。ゲームの開発者でなくてもVRでやりたいと考えたことを実現するツールとして優れています。MMD(MikuMikuDance、初音ミクなどの3Dモデル)もUnityを使ってVRのコンテンツに変換されています。Unityへの機能の統合によって、頭のなかで想像していることをより容易にVRで実現することができるようになります。
――合同インタビューより抜粋
基調講演では、実際に、新たに統合される機能についての実演も行われました。Unityは先月発表された新バージョンのUnity5からはほぼ全ての機能が無料となり、より手軽にコンテンツを開発することができるようになっています。
最新版としてアップデートされるUnity5.1にてVRコンテンツの制作がよりやりやすくなったことをデモするUnity Technologies Japan 大前氏
左からパルマー・ラッキー氏(Oculus VR)、Unity Technologies Japan 大前広樹氏、Unity本社デイビッド・ヘルガーソン氏、3名で記念撮影
VRの未来への揺るぎない信念
こうした、VRコンテンツの開発を促進するラッキー氏の姿勢には、1年前に開催されたUnite2014でも強調していた「VRの実現」への揺ぎない想いが感じられます。合同インタビューで他社のデバイスについて触れられた際も、Oculus VRの使命は「最先端のVRテクノロジーを実現することだ」と述べています。また、製品版Oculus Riftは現在のプロトタイプCrescent Bayよりもさらに没入感が深いものになることに自信を見せていました。
そして、VRがゲームだけにとどまらずソーシャルなコミュニケーションを実現する可能性にも言及しました。
VRは非常にソーシャルなものです。私達は、インターネットの登場によって安価に迅速に様々な人とつながることができようになりました。しかし、Skypeやメッセンジャーが最良かというとそうではありません。一つの部屋に集まってコミュンケーションをとったほうが、良いと思っています。まだ、デジタルでは、対面型のコミュニケーションに代わるものは実現していません。VRは、ゲームの技術をコミュニケーションと組み合わせることで、デジタルのコミュニケーションにより人間らしさを持たせることができるかもしれません。10年後は集まらなくてもVR空間内でコミュニケーションが済むかもしれません。
ゲームからVRが離れていくと心配する人もいますが、そうではないと思います。VRの技術も人材も、そしてツールもゲーム業界にあります。VRが、ゲームの技術を教育など色々な分野に拡げていく存在になると思っています。100年後の学校では、「この技術は、昔はモンスターを倒すためにしか使われていなかったんだ」と教えているかもしれません。
――合同インタビューより抜粋
日本の独創的なVRコンテンツへの期待
昨年のUniteでもラッキー氏は日本で開発されているVRコンテンツへの期待を表していました。今年もその期待は変わらず、以前にもまして強くなっていると感じられました。
日本のコンテンツを独創的と評価した上でして、パルマー氏は、2点を挙げました。1点目は、欧米ではHMDをのみというコンテンツが多い中で、多くのユニークな周辺機器を使おうという試みをしていること。そして、2点目は、VRのために作られたコンテンツが多いことを挙げました。欧米では既存のゲームの移植も多く見られます。
会場に用意されたVRコンテンツをひと通り体験し、「どれもクレイジーだった!」と興奮した様子で話していました。
『Urban Coaster HARDMODE』(iWorks氏)、本物のジェットコースターに乗っている感覚が得られる。ブランコには誰も触れず、一切揺らしていないのだが実際のジェットコースターに乗っているかのごとく傾いている錯覚を感じる。ラッキー氏も「誰かが揺らしていたでしょ!信じられない!」と疑心暗鬼。
乗馬レース『Hashilus』(Team Hashilus)。昨年も体験して気に入っていたが、今年は隣のプレイヤーと対戦できるため、同行していたOculus VR社のChris氏と白熱のレースを展開していた。
VR空間内のキャンパスにお絵かきができる「ペンタVR」(わっふるめーかー氏)。ペンタブレットと組み合わせ、VR空間内に色々な風景を表示して絵を描くことができる。
また、筆者の「添い寝やキス、娘を抱っこするなど、VR内のキャラクターに干渉しようとするインタラクティブな側面も日本のコンテンツの特徴ではないか」との質問にも、そうだと答えた上で、コンテンツについて、「Oculus Riftが(安価に世界中に開発者版を提供するなど)オープンな姿勢をとっているのはどんな動きも奨励するためです。会社として公式に関連付けることはできないかもしれないが、どんなに奇妙なコンテンツでもぜひOculus Riftを使って作っていただきたいと思っています」とコメントしました。
VRの実現を目指すラッキー氏。日本のコンテンツへの期待は非常に高く、開発者とも気楽に話をしながら、会社としても積極的にサポートしていきたいという姿勢が印象的でした。
3月に開催されたゲーム開発者会議GDCでも、欧米の開発者は製品版を見据えたVRのコンテンツの開発に本腰をいれていました。
(過去記事)
これまでは、体験版や短めのデモが多かった日本のVRコンテンツ。年末にかけてどのようなものが開発されるのか、注目したいところです。
Written by 久保田瞬(すんくぼ)