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開発 2025.05.07

毎日3億人がARに触れるSNSが挑む、本気のARグラス「Spectacles」の正体に迫る

Snapが展開するARグラス「Spectacles」は日本での展開がなく、同社が展開するSNS「Snapchat」の国内ユーザー数も限定的なため、多くの人にとって馴染みが薄い。

しかしSnapchatの月間アクティブユーザー数は2024年末時点で8億人とされている。巨大なSNSプラットフォームだ。Snapchatでは、10年近くARが強く推進されており、「Lens」と呼ばれる無数のARコンテンツがクリエイターによって日々公開されている。毎日3億人以上がARコンテンツに触れている。ARグラスである「Spectacles」は、そんなSnapchatにとっては新たな時代に向け、日常の中で自然にデジタルを体験できる新しいデバイスとして、Snap自身が強く注力している。

本記事は、2025年3月に開催されたGDC2025で行われた講演「AR業界の新地平:Snap Spectaclesで開発する次世代ARエクスペリエンス」のレポートである。講演では、「Spectacles」について、Snap Inc.の担当者やパートナー企業の開発者がリレー形式で登壇した。
講演の中で、SnapのARエンジニア、アトリー・ロックリッジ氏は、Spectaclesが追求する「自然な視界」と「直感的な操作」の重要性を強調した。さらにパートナー企業の開発者たちは、専用エンジン「Lens Studio」を活用したユニークなARコンテンツの実例や開発環境の特徴を語った。
Snapとパートナー企業が示したSpectaclesの可能性と、AR開発にかける開発者たちのビジョンや熱意を紹介しよう。

SnapのARグラス「Spectacles」とは

講演の冒頭、Snap Inc.のARエンジニアであるアトリー・ロックリッジ氏は、自身のVR体験への情熱から、より快適なフォームファクタを求めてSpectacles開発に至った経緯を紹介した。Spectaclesは2016年のカメラ付きグラスから始まり、世代を重ねるごとに進化。3D(深度)記録が可能になったV3を経て、2021年にはスタンドアロンで3Dレンズ(SnapchatのARエフェクト)を実行できるディスプレイ付きモデルが登場した。

そして6ヶ月前、Snap OSを搭載し、洗練された空間コンピューティングを提供する第5世代Spectaclesが開発者向けに発表された。ロックリッジ氏は、Meta Quest Pro/Questのようなパススルー方式(カメラ映像にARを重畳)とは異なり、Spectaclesでは光学ウェーブガイド(Optical Waveguides)を採用している点を強調。

これにより、「(バーチャルな)世界のピクセルを見るのではなく」、ARコンテンツのみを現実世界に重ねて表示し、より自然な視界と軽量性を実現しているという。同氏は「親として、自分の目で子供たちを見ながら、ゲームの世界を移動できることは非常に重要だ」と、その利点を語った。

第5世代Spectaclesの主な仕様としては、46度の視野角(FOV)、45分間の連続使用時間が挙げられる。ピクセル密度は高く、自動調光機能により屋外でも鮮明な表示が可能だという。

入力方法の核となるのはハンドトラッキングである。IRカメラを下向きに搭載することで、腕を高く上げずとも自然な位置で操作が可能。基本的な「ピンチ」操作に加え、「グラブ(掴む)」、「パームタップ(手のひらタップ)」ジェスチャーもサポート。さらに、関節位置情報(ランドマーク)を用いたカスタムジェスチャーも作成できる。

また、マルチモーダルAIコンパニオン「My AI」を搭載し、音声とカメラ入力による対話や情報取得が可能。ロックリッジ氏は「ARはAIのUIであるという言葉を私たちは強く信じている」と述べた。スマートフォンとの連携も強化されており、設定や管理を行う「Spectacles App」に加え、スマートフォンの画面をグラスにミラーリング表示したり、スマートフォン自体を6DoFコントローラーとして利用したりすることも可能だ。

開発者と創るエコシステム

Spectacles向けコンテンツ開発の核となるのが、専用ゲームエンジン「Lens Studio」である。これは第5世代Spectaclesと同時に完全に再構築されリリースされたもので、AR体験の制作・公開に必要な機能に絞り込まれているのが特徴だ。
プログラミング言語にはTypeScriptを採用。Web開発で広く使われている言語であり、後述するアレッシオ・グランシーニ氏によれば、様々な環境で共通のパターンを維持しやすいため、柔軟性と速度の面でメリットがあるという。
開発を効率化するための機能も充実している。アセットライブラリには、すぐに使えるビルディングブロックが用意されており、特に重要なものとして「Spectacles Interaction Kit (SIK)」が挙げられる。これは手の入力をゲームコントローラーに変換し、洗練されたUIや3Dオブジェクト操作、ハプティックフィードバックなどを容易に実装できるキットである。

マルチプレイヤー体験開発を支援する「Sync Kit」も提供。これにより、ユーザー同士が近くの体験に参加し、互いの空間にローカライズして共有体験を楽しむことが容易になる。
さらに、具体的な実装例を示すサンプルプロジェクトが多数公開されている点も特徴だ。AIアシスタント、カスタムジェスチャーを用いた「Crop」、SnapMLを用いたカスタムオブジェクトトラッキング、特定の場所にプレイヤーをローカライズする「Custom Location」、GPS座標へ誘導する「Outdoor Navigation」、経路に沿ってコンテンツを生成する「Path Pioneer」などが紹介された。

ロックリッジ氏は、「私たちはあなた(開発者)と一緒に開発したい」と強調。Redditコミュニティなどを通じて開発者からのフィードバックを積極的に取り入れ、頻繁なアップデートを行っている姿勢を示した。「これは本当の関係であり、私たちは外部の開発者と共に開発している」。

パートナー開発事例と着想

パネルディスカッションでは、Snapのプロダクトデザイナーのカレン・ストルツェンバーグ氏がモデレーターを務め、既にSpectaclesプラットフォームで開発を行っているパートナー3社が登壇した。

Enklu CEOのレイ・カルマイヤー氏は、同社が世界5か国で展開するホログラフィックシアターチェーン「First Immersive」の一部である「Sitecraft」を紹介。これは90分間の体験の一部であり、フィットネスと魔法(キャスティング)を組み合わせたゲームだという。インスピレーションについて、「自然にやりたいことからインスピレーションを得て、それを楽しく魅力的なゲームに変える方法を考える」と語った。
DB Creations 共同創業者のダスティン・コシェンスパーガー氏は、カスタムスマートフォンコントローラーで小型車両を操作する仮想アーケードゲーム「Tidy Motors Arcade」を開発。インスピレーションの源泉として「子供の頃に遊んだ物理的なおもちゃ」を挙げ、「ARは、私たちが想像していたようなおもちゃの究極のバージョンを作るための非常に興味深いツールだ」と述べた。
Wabisabi CTOのフリオ・ザブレ氏は、2つのレンズを紹介。一つは、犬の散歩をクエスト化し、行動データを追跡して絆を深める「Dog Quest」。もう一つは、現実空間をバトルアリーナに変えるマルチプレイヤーゲーム「Capture the Flag」である。インスピレーションは、「デバイスで何を見たいか、拡張現実でどんなゲームをプレイしたいか」というゲーマーとしての視点や、日常の偶然の出来事(犬の散歩を見かけたこと)から得られると語った。「あなたがそれを愛していれば、それで十分でしょう」。
これらの事例は、Spectaclesが屋外、ロケーションベース、マルチプレイヤー、そしてカスタムコントローラーを用いた新しいインタラクションなど、多様な体験を実現できる可能性を示している。

AR体験デザインの課題と選択理由

ディスカッション後半では、AR開発特有の課題と、Snapプラットフォームを選択した理由が語られた。
カルマイヤー氏は、ARが新しい市場であり、従来のコンソールゲーム開発の常識を再評価する必要があると指摘。一方で、「人々が1時間何かをプレイしていることを忘れるのを何百万回も見てきた」と、ARの没入感の可能性にも言及した。
コシェンスパーガー氏は、特にオンボーディングの重要性を強調。「多くの人にとって、あなたのアプリやゲームはARで初めて行うことになるかもしれない。だから、オンボーディングでARが本当に安全であることを確認してください」と述べ、自身の母親に試してもらう「ママテスト」を実践しているエピソードを披露した。
ザブレ氏は、UI/UXデザインの難しさに言及。従来のゲームのように情報を詰め込みすぎると、現実世界への注意が散漫になり、ARである意味が薄れてしまうと指摘。「より単純な解決策、物理的な解決策が解決策であることが多い。なぜなら、結局のところ、あなたは現実世界にいるからだ」と、バランスの重要性を説いた。
Spectaclesプラットフォームを選んだ理由として、3者共通で開発ツールの充実度とSnapチームのサポート体制、そしてビジョンへの共感を挙げた。ザブレ氏は、「Snapチームは、これらすべてのテンプレートを作成し、プロトタイピングを非常に簡単にするという素晴らしい仕事をした」と評価。コシェンスパーガー氏は、「彼らは本当にフィードバックを受け入れ、ARとARグラスを最高のものにする方法を開発者から学びたいと思っている」と、Snapの姿勢に感銘を受けたと語った。カルマイヤー氏はさらに踏み込み、「(Snapは)プロダクトマネージャー、開発者、デザイナーを派遣してイベントを手伝い、製品を市場に投入するのを手伝ってくれる唯一の巨大テック企業だ」と、他社にはない手厚いサポート体制に言及した。

Lens Studio入門:Unityとの比較

最後に、ARエンジニアのアレッシオ・グランシーニ氏が登壇し、特にUnity開発者に向けてLens Studioの利点を解説。自身も長年のUnity開発者であるグランシーニ氏は、「Unityが市場のシェアの多くを占めているからといって、ARコンテンツを作るのに最適なツールであるとは限らない」と前置きし、Lens Studioの特徴を説明した。

Lens Studioは「初日からARに焦点を当てて作られている」点が最大の特徴であり、非常に軽量である。エディターのレイアウトはUnityと酷似しており、基本的なウィンドウ構成(Hierarchy、Preview(Scene/Game)、Inspector、Asset Browser(Project)、Logger(Console))はほぼ同じであるため、Unity経験者であれば学習曲線は非常に低いという。


最大の違いはランタイムにある。Lens Studioは常に「プレイモード」であり、変更が即座にプレビューに反映される。グランシーニ氏はこれをWeb開発のフロントエンド開発に例え、「変更は非常に高速で、アプリケーションの構築方法についての考え方が本当に変わる」と述べた。
そして、グランシーニ氏が「私のお気に入りのこと」として挙げたのが、ビルドとデバイスへの転送速度である。「アプリケーションのビルドに5秒もかからない。私の経験では常に5秒未満だ。この機能であなたの人生を想像できますか?」と、その圧倒的なスピードを強調した。これは、AR体験の構築に完全に特化した、軽量でコンパクトなツールならではの強みだと言える。
講演全体を通して、Snapが第5世代Spectaclesとその開発環境であるLens Studioに注力し、開発者コミュニティとの連携を密にしながら、ARの未来を切り拓こうとしている強い意志が感じられた。
2024年末に筆者は偶然、第5世代のSpectaclesに触れる機会があった。これまでHoloLens2やMagic Leap 2が試みてきた理想的なAR体験を実現するデバイスとしては、有線接続なども一切なく一体型グラス型に近づけようとしている点は高く評価したい。一方で、スイートスポットと呼ばれる「ちょうどいいかけ方」の判定がシビアで、ずれると色収差が感じられる(色が虹色に分散して見える)など開発者版ならではで製品版に向けた課題はまだまだ感じられた。

日本国内での展開は未定ながら、そのユーザーベースのポテンシャルとAR普及へのビジョン、デバイス開発まで手掛けて実際にエコシステム構築を試みる積極性に筆者は並々ならぬSnapの本気を感じた。今後の動向から目が離せないXRプラットフォームであることは間違いないだろう。

(参考)
Spectacles公式サイト
Spectacles 開発者向けドキュメント


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