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VRChat 2023.02.17

【VRChat】「ORGANISM」続編「Epilogue. Chapter 1.」の世界を味わいつくす

ORGANISM」。2022年5月にVRChatに投稿されたそのワールドは、圧倒的なオリジナリティとスケール、クオリティでプレイヤーの度肝を抜いた。

明確なストーリーがなく、誰かの思い出や夢、思索の中を進むような体験はきわめて特異だ。2022年に英国のレインダンス映画祭のVR部門レインダンス・イマーシヴで、ベスト・イマーシヴ・ワールド部門を受賞している。

筆者は過去に製作者DrMorro氏にコンタクトを取り、続編を構想していると聞いていた。しかし家庭や居住国ロシアのきびしい状況から、はたして続編の完成が叶うかはわからないとも。

しかし2022年12月、意外と早々に「Epilogue․ Chapter 1․としてORGANISMの続編第1弾が公開されたのである。本作もまた、特にギミックがあるわけではなく、ひたすら探索して進むだけだ。


(「Epilogue․ Chapter 1․ by DrMorro」Quest 2単体には非対応)

本稿では、本ワールドの背景にあるとおぼしき文化や歴史の一端をじっくり紹介する。

注意:筆者はロシア文化の専門知識を有していない。モスクワに旅行したことがあり、キリル文字は読めるが、ロシア語ができるわけではない。また現ロシア政権とそのウクライナ侵攻には強く反発を感じているが、こうした状況で日本語話者が歴史や文化を知る機会が乏しくなることも憂慮する。また、この原稿は筆者の想像によって書かれており、製作者に取材していないことも強調したい。

目次

帽子の男
雪どけ後
小説家ペレ―ヴィンからの影響
オリンピックとクマ

帽子の男

前作ORGANISMでも、山高帽子の男のモチーフはくりかえし登場した。本作にも継承され、開始地点すぐの壁にも落書きされている。

山高帽子の男は、フランスの画家ルネ・マグリットも繰り返し描いているモチーフだ。

マグリットが帽子の男に込めた意図は、帽子をかぶった普通の男が大量にいたり、鏡への写りかたが妙だったり、顔が隠されていたりと違和感ある状況を描くことで、日常の一幕を幻想的に仕立てていた。マグリットの帽子の男は、匿名・無名なのである。

また落書きのタッチは、英国のグラフィティ・アーティストのバンクシーも思い出させる。バンクシーは政治や社会を風刺し、本名や顔を明かしていない。

前作ORGANISMをプレイ中、私は「帽子の男」はソビエト=ロシアの権力者男性を意味しているのではないかと仮説を立てた。実際、本作では、доска почёта(名誉殿堂)の看板の下に、顔のない帽子の男の絵がずらりと並ぶ。

いくつもの帽子とコートと靴が陳列されている場面もある。

そして、あちこちで見かける謎のマーク。

複数の意味がありそうだ。まず前述した、帽子の男の姿。次に、ロシア正教会は「六端十字」あるいは東方十字と呼ばれる、横線が2本の十字架をシンボルのひとつにしている。深読みするなら、丸から四本の棒が突き出ている形状は、1957年にソビエト連邦が打ち上げた世界初の人工衛星スプートニクも思わせる

つまりこのマークも「権威」を表しているのではないか。

ロシア宇宙主義を思い出させる絵が、以下の視点からだと、帽子の男たちの頭から涌き出しているように見える。

雪どけ後

雪が少なく、水になった団地の場面。1956年からしばらく「雪どけ」の時代が訪れ、自由と共存のムードがいっとき高まる。

市民たちはこっそり外国文化を楽しむ。1960-80年代、手作りのディスコは若者の楽しみとして人気だった。本作の野外の廃屋で踊るクマの人形たちや、こっそり収集されている英米の音楽アーティストのポスターではその雰囲気が感じられる。

小説家ペレーヴィンからの影響

学校の教室に貼られた肖像は、現代ロシアを代表する小説家である。向かって左がウラジーミル・ソローキン、右がヴィクトル・ペレーヴィンだ。二人とも現実を極端にしたカリカチュアのような、ぶっとんだ小説を書く。日本語にもだいぶ翻訳されている。

ペレーヴィンのデビュー作『宇宙飛行士オモン・ラー』の主人公オモン・ラーは、月に行く宇宙飛行士を目指す。ただし読者には次第に、本物の月への宇宙旅行は叶わず、フェイクだとわかるのだが……。ラーはエジプトの太陽神で、頭に太陽を載せたハヤブサの姿だ。

実は、2019年に公開されたDrMorro氏の旧作ワールド「Last Hope Watchtower」のサムネイル画像にも、このラーの絵が描かれている。ワールドの中でラーは、太陽の無いモスクワの街を見つめている。


(「Last Hope Watchtower by DrMorro」(2019))

そして、ピラミッドやヒエログリフといったエジプトの要素は、DrMorro氏のワールドにくりかえし現れる。

レーニンやスターリンの統治時代に、巨大な建築物が計画されたり、実際に建てられたり建てられずじまいだった事実がある。モスクワのロシア国立図書館も、入口の柱や彫像レリーフや大きさが神殿を彷彿とさせ、ORGANISMの後半に登場する図書館のモデルではと思われる。

このあたりの事情から、エジプトのピラミッドのイメージをソ連の建築や体制に重ね合わせているのではないだろうか。

ペレーヴィンの著書はDrMorro氏の別のワールド「Moscow Trip 2002-Night Tram(2019)」にも置いてあったが、本作でもペレーヴィン作品は重要だ。

連作短編集『虫の生活』の原書が、森の中にあるバスの運転席近くに置かれていたのにお気づきだろうか?

本書の舞台は1990年代初頭。虫と人間を重ね合わせて、無力な市民を描いている。「蛾の走行性について」という章では素朴なディスコに行き、たまたま近くで出会った友人と月を眺めて、ずっと闇の中で暮らす自分たちを蛾になぞらえ、光を求める気持ちを語り合う。

「だってみんな光を求めて飛んできたんだぜ。なのにきてみたところで、光を放つのはディスコだけなんだ。生命を求めて飛んできたのに、死を見いだすようなものさ。」(P.67、『虫の生活』吉原深和子訳、群像社)

月はペレーヴィンの初期作品で、叶わぬ夢の象徴である。

以下では3匹のクマの家と月が見えるが、そこに行くことはできない。

蛾のモチーフも頻出する。要注意人物リストの蛾たちを、山高帽のハトが監視カメラで確認している部屋もある。

小説といえば、以下で列車のかばんの上に置かれているのは、ヴェネディクト・エロフェーエフ『酔どれ列車、モスクワ発ペトゥシキ行』(安岡治子訳、国書刊行会)の原書だ。

ペトゥシキの町に行きつくことを夢見る主人公が、他の乗客と不条理なやりとりを繰り返し、悪魔やスフィンクスも登場。結局、到着しないまま死んでしまう。つまり、これもユートピアへたどりつけない話だ。地下出版でベストセラーになり、次いで海外で出版された経緯を持つ。

なお「Epilogue.Chapter 1.」の開始地点は一見、室内に見えるが、窓の外を見るとやはり列車のように動いていることがわかる。

オリンピックとクマ

学校を通り抜けると、子供部屋に到着する。


奥で見つかるクマは、一九八〇年のモスクワオリンピックのマスコットキャラクターのミーシャだ。当時のソビエトには対立していた国が多く、約五十か国にボイコットされた。

クマとハトのモチーフはくりかえし現れる。ハトはモスクワに沢山いて、ハト小屋も多かったようなので、市民のイメージだろう。しかし帽子をかぶった巨大ハトが学校や街でじっとこちらを監視していることもある。

クマも市民を表現していそうだが、あちこちにテレビ番組に没頭しているクマがいるのが怖い。以下の雨漏りしているサンルーフから出られる庭にも、見どころが多いのでぜひ見落とさないように。

小屋の裏でクマが目を光らせている。

車の裏でこっそりラジオを聴ける。

クマが踊っている「ディスコ」の裏手の倉庫も見落としやすい。中には巨大な耳がある。

まさに壁に耳あり障子に目あり、取り締まりの目をかいくぐろうとする市民と監視のいたちごっこを感じる。

そうして集められた情報がどこに向かうかというと――本作のラストで確かめてほしい。

「Epilogue․ Chapter 1․」は、20世紀の中盤から後半にかけてのロシア(ソビエト)の思い出と歴史、そしてそれに対する複雑な思いが表現され、しかも内部を自由に歩き回って観賞できる、貴重な作品だ。

続くChapter 2がいかなる物語になるのか、そのリリースを願っている。

「Epilogue․ Chapter 1․」へのアクセスはこちら(PC接続型VRヘッドセット、および高スペックPCが必要です)。
https://vrchat.com/home/launch?worldId=wrld_aa8390d4-da7e-4173-8401-88311ecbc180


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