株式会社長谷工コーポレーションの主催する学生向け建築デザインコンペ「第17回長谷工住まいのデザインコンペティション」。生活空間の移りゆきとともに、人々の暮らしがどのように変わるのかを想像し、イメージを募集するという企画です。2023年に開催された第17回に関してはその最優秀作品のコンセプトを、メタバースプラットフォーム「フォートナイト」で体験できる“居住空間”として表現する試みが行われています。
最優秀賞に輝いたのは、京都大学・南沢想さんの「電気の森、水道の川に住む」。住む人それぞれが電気や水といった資源を共有しあい、ゆるやかなつながりを保ちながら生活するというアイデアが評価されました。今回は南沢さんに、デザインのコンセプトや制作プロセス、建築におけるメタバースの可能性について訊きました。
長谷工住まいのデザインコンペティションinメタバース
公式サイト:https://www.haseko.co.jp/metaverse/hrdc/2024/
「HASEKO WORLD」Fortnite URL:https://www.fortnite.com/@mogurainc/1448-3324-1464
Fortniteマップコード:1448-3324-1464
プロフィール
南沢 想(京都大学)
2002年横浜生まれ。2021年に京都大学工学部建築学科に入学。
第17回長谷工住まいのデザインコンペティション「まざりあう集合住宅」にて、「電気の森,水道の川に住む」で最優秀賞を受賞。
現在は、京都市内に「共同書庫」という私設図書館兼多目的スペースの設置を計画中。
Instagram→ https://www.instagram.com/minamimado.so/
叔母の影響で建築の道へ
——南沢さんが、建築に興味を持ったきっかけを教えてください。
幼い頃から、建築を仕事にしている叔母から仕事について教えてもらったり、本をもらったり、美術館に行ったりしていました。なので自然と「建築の仕事をしたいな」と思うようになり、進路選択の際に建築学科を選んだんです。文学や美術も好きだったので、建築ならそういった分野とも関われるんじゃないかと思いました。
——「建築」と聞くと、どちらかと言えば理系的な知識が重要な分野であるように感じられますが、文学や美術といった文系的なものへの興味から、この進路に進まれたわけですね。
そうですね。小学生の頃に『起こらなかった世界についての物語』(著・三浦 丈典)という本を叔母がくれたのですが、それがすごくおもしろかったんです。「アンビルト・ドローイング」という、実際には建てられることのなかった建物のドローイングが載っていて、現実よりも広い想像ができる世界に魅力を感じました。
——南沢さんご自身は、これまでにどのような作品づくりをされているのでしょうか。
直近の課題では、歴史のなかで繰り返し現れてくる「かたち」に着目しました。神社の柱と軒桁の接合部に使われる「舟肘木(ふなひじき)」という組物があるのですが、高速道路の高架下を支えている「RCハンチ」の形に似ているんです。それを見て「ある1つのかたちが、時代を超えて繰り返し現れてくることがあるんじゃないか?」と思いまして。
異なる時代や場所であるにもかかわらず、かたちの似ているものが、なぜ繰り返し現れてくるのか——建築のかたちは、重力や光、風の入り方といった自然法則と、その土地の文化や記憶が重なることによって生まれるものなので、そこに普遍性と特殊性の両方を見出だせるんじゃないか、と考えました。最終的な作品としては、小さな家具と映像を制作して展示しました。
「400人以上が一緒に暮らす寮」から生まれたアイデア
——南沢さんが、「第17回長谷工住まいのデザインコンペティション」に応募された経緯を教えてください。
大学3年生の10月に、先生に教えてもらったことがきっかけです。ちょうど集合住宅の課題に取り組んでいたのですが、長谷工のコンペ条件に合わせて制作してもよいとの案内があったので、良い機会かなと思い……。テーマの「まざりあう集合住宅」も、その時大学で取り組んでいた「人が集まって暮らすことの意味を考える」という課題ともつながるのではないか、と思いました。
コンペのゲスト審査員に伊藤亜紗さんがいらっしゃったのも理由の1つです。伊藤さんによるポール・ヴァレリーの研究書を読んでいたのと、ケアや福祉についての論考にも興味がありました。コンペで伊藤さんとお話ししたときには厳しい意見もいただきましたが、振り返ってみるとすごく良い経験だったと感じています。
——もともと興味関心のあるテーマだったんですね。「電気の森、水道の川に住む」という作品のアイデアは、どういったところから生まれたのでしょうか。
このテーマを進めるにあたって、私の学生寮での経験をベースとして考えていました。入学してから1年半ほど、いわゆる「学生自治寮」と呼ばれるところで暮らしていたんです。400人以上が暮らしていたんですが、そこでの生活がすごく楽しくて(笑) すべて相部屋で、寮の運営方針は学生自身が決めていく、寮でのお祭りや地域のイベントも開催する……。学年や性別、所属や専攻も関係なく、みんなで寝食を共にする空間には、独特なおもしろさがあるように感じていました。
そこでふと、「なぜこの生活が成り立っているのか」「なぜこの生活はおもしろいのか」を考えたことがあるんです。寝る場所、キッチン、洗濯機やシャワールーム、つまり生活に必要なものがあるから集まって暮らしている。そのなかでも際立って感じられたのは「資源」の存在でした。
たとえば、部屋にシャワールームやキッチンやトイレはなく、すべて共用なのですが、寮生のなかにはそこでしか会わない人もいます。トイレに出たついでに廊下で誰かと会って、ちょっと立ち話をしたり、一緒にご飯をつくって仲良くなったりすることがある。こうした寮生活のなかで、「水や電気といった『資源』のもとにみんなが集まって暮らしている」ということを強く実感しました。
——大勢が共同で使うインフラが寮の中にあるけれど、各部屋には用意されていない。移動して使う必要があるからこそ、寮生同士の交流が自然と生まれる空間になっているわけですね。
同じ空間を共有していることで、ふとしたタイミングで会話が発生することがあります。誰かに「集まれ」と言われて集まるのではなく、資源がある場所に人が集まって、偶然居合わせた人同士で交流が生まれる。これがすごく「自然な集まり方」であるように感じられたんです。人が集まって暮らすことを考えたとき、本来「そこに生きるために必要なものがあるから、人が集まって一緒に暮らす」という状態があるんじゃないか。そんなことを、寮の生活を通して考えるようになりました。
——イメージコンセプトのなかでは原始的な集団生活を挙げていらっしゃいますが、これは「資源のある場所に人が集まる」ことの元を辿ったら縄文時代に行き着いた、ということでしょうか。
狩猟採集や農耕による生活が中心だった頃は、自然から資源を直接集めて、それを共有して暮らしていく必要がやはりあったんじゃないかなと。
現代の都市生活は快適ですが、寮生活って、実際のところすごく不便なんですよね。ですが、不便さのなかにこそ原始的な交流や集団生活の方法が存在していて、これは現代の生活にも応用できるのではないかと考えました。
現代の都市で暮らす人たちは、それぞれが家族や個人単位で個室に住んでいる。そのうえで新たに「人と関わりたい」と考えるなら、何らかのコミュニティを探すことが多いと思うんです。自分と同じ趣味の仲間を探したり、気の合う友人を探したりと、「集まろうとして集まる」ことになります。
一方、寮のような空間で暮らしていると、趣味も性格も合わない人たちとも一緒に過ごさなければなりません。必ずしも気が合うとは限らないけれど、一緒にご飯をつくったり、テレビを見たり、ただ同じ空間で過ごしたりする。私にはすごく貴重な経験でした。
そして原始的な集団生活に視線を向けると、そこには「資源を元にして、人と人とがまざりあう」ような状態があったはずです。現代における実現可能性を考えたとき、「寮生活で実現できているから、きっとできるんじゃないか」と思い、今回の「電気の森、水道の川に住む」という作品のアイデアが生まれました。
制作で大事なことは「人に案を聞いてもらうこと」
——「水道の川」や「電気の森」というアイデアをビジュアル化するにあたっては、どのようなプロセスで進めましたか?
まず、インフラと資源を起点にすることを決めたんです。それをどのように建築として構成していくかを考えました。そこで都市の電柱に着目して、「電柱がそのまま敷地に並べられていて、そこから少しずつ電気を引っ張ってきたらどうだろう」と。また、電柱とは違って埋まっていることの多い水道管も、敷地に引き込んでむき出しにしたものを並べて、そこから水を取ってくることができたら、一番自然で単純なんじゃないかと思いまして。
まず、電柱については単純にそのままグリッドで並べ、水道に関しては、そもそも水が上から下へと流れるものなので、自然と立体的になりました。自然発生した集落や村がそうですが、まず川があり、水は高いところから低いところへ向かって流れるため、その周囲に高低差のある土地ができる。その高低差を利用して家が建てられ、やがて集落になっていく。それを敷地内にぎゅっと収めようとした結果、上から下へ流れる水道管に沿って個室や廊下が繋がっていき、あのような立体的な構造になりました。
——制作期間は1ヶ月とのお話でしたが、期間内でどのように制作を進めていったのでしょうか。
最初の2週間はアイデア出しです。「インフラを起点にしてみよう」というアイデアが浮かんだのがちょうど2週目くらいでした。3週目に「その都市にある資源をそのまま使って、シンプルに構成しよう」と方向性を定めて、4週目には細かい配置を考えつつ、ボードを作成しました。
——どの部分に時間をかけましたか? また、特に重要だと感じた作業工程があれば教えてください。
時間をかけたのは、アイデアとボードですね。デザインも大事ですが、結構コンセプチュアルな案で、テーマ性をしっかりと伝える必要性を感じました。大学のTAの方や先輩、建築を仕事にしている叔母にも見てもらいました。ボードに書く文章や、「何を見せたらいいか」を考える部分に時間を割きました。
特に今回の制作では、人に案を聞いてもらうことがすごく大事だと感じました。自分では「これはおもしろい案だ」と思って喋っていても、すぐに人には伝わっていないことも多くて。対面の議論では、やり取りをする中でなんとなく理解してもらえたり、自分の考えが深まったりして、そのコミュニケーション自体はすごく大切なことだと思っています。ですが、コンペでは審査員の方とお話できるわけではありません。一目見るだけで情報が伝わるようなボードが必要だと考え、「どう表現したら、コンセプトがズバッと伝わるのか」は強く意識しました。
建築分野におけるメタバース活用の可能性
——ここからはメタバースについてもお話を聞ければと思います。まずそもそもの話になるのですが、南沢さんは「メタバース」についてどのようなイメージを持たれていますか?
「自分が中に入れる模型」のような感じなのかな、と思っていました。一見すると画面上だけれど、実際の建築体験に近いことができるツール。そのようなイメージです。
ほかにも、コンセプチュアルな案を伝えるのに適している手段なのかなと思っています。コンセプトを表現するために、具体的な表現を削ぎ落としていくことがありますよね。あえて精巧に作らないことで、パッと伝わるようにする。
例えば建築の中に1本の柱が通っていて、「ここに柱があることが大事だ」と伝えようとしたら、単にリアルに作るだけでは不十分です。それどころか、その柱こそが大事なのであれば、その周りは別にリアルに表現する必要はありません。柱を赤色で表現したり、抽象的な表現に落とし込んだりと、そもそも表現の仕方が変わってくると思うんです。そういった「表現」の選択肢の1つとして、メタバースがあるのかなと。
——建築設計の観点から見て、メタバースのこのような特性に関して、何か感じている可能性やおもしろさはありますか?
初めて『フォートナイト』をプレイしたときの話なのですが、「実際に3Dモデルの中に入って、自分が動く」という体験は、メタバースの中でしかできないものだと感じました。
3Dモデルの中でカメラを動かすツールは使ったことがあるのですが、人型のアバターの姿で実際に入って動く体験は、それとちょっと違うように思います。
私の案について言えば、コンペの議論のなかで、「車椅子を使う人や体の不自由な人はこれを使えるのか?」という指摘がありました。それもメタバースなら、自分で動いてみて、「ここは車椅子では無理だ」「ちょっと使いづらいな」などと、実際に体感することができます。あるいは逆に、キャラクターの動きを制限するように調整することで、制作者自身が「動きづらさ」を体験するようなこともできるのかなと。
机の上だけで建築をずっと考えてると、実際に使う人のことをあまり考えられなくなっていくのかもしれません。コンセプト重視で作った今回の作品も、自分の体の動きと見方でしか見られていない部分があったので。普段は建築で意識しないことも含めて、メタバース上でそういうことを考えられたらおもしろいと思います。
——もう一点、メタバースの可能性として、オンラインで大勢の人と繋がれる空間であることも挙げられます。今回、南沢さんの作品をもとに作られたワールドにも、いろいろ人が集まって遊んだり、新しい交流が生まれるかもしれない。そのような「みんなで遊びに行くメタバース」に対して、何か考えていらっしゃることはありますか?
そこに集まった人たちが、実際にその建築の在り方を見ながら議論できたらすごくいいですよね。
——実際に『フォートナイト』のワールドで、注目してほしいポイントはありますか?
メタバース上のアイレベルで見たときに、自分の作品がどう見えるかは純粋に気になりますね。柱がたくさん並んでいるので、大勢で同じ空間に入ったときに、ちょっと離れたところで人が見え隠れしているとか、そこで生まれる風景そのものを見て楽しんでほしいです。
伊藤亜紗さんのポール・ヴァレリー論に「リズム」の話があります。伊藤さんは、ヴァレリーにとって詩とは日常的な言語の流れが破れ、体が驚きを持って言葉に触れるときに生まれるもので、この仕掛けの1つが「リズム」であると述べています。一定の間隔を刻む「拍子」と違い、変化と規則性を併せ持つ「リズム」は、予期はできるけれど予測はできない、という曖昧な状態です。リズムによって読者はある種の緊張状態に置かれ、詩の中へと誘い込まれていきます。建築も、こういった「リズム」があるものが面白いと思っています。自分のアイデアだと、柱と水道が規則的に並んでいるようで少しずつずれているとか。「リズム」をもつ建築に誘われて人が動き、あちこちにとどまることで魅力的な風景が生まれてくるんじゃないかと考えました。ただ、それは模型ではなく、実際のアイレベルで見ないと表現できないと思っていました。今回はメタバース上で、自分の目で見ることができて嬉しかったです。
——ありがとうございます。今回のような「コンペで受賞した作品がメタバース化する」という企画について、南沢さんはどのように感じていらっしゃいますか?
他の方の作品も、実際にメタバース上で見られたらすごくおもしろそうだなと思います。一方で、建築のプレゼンテーションでは最初に「あえて情報を減らして伝える」部分もあるので、いきなりメタバースで表現されると「ちょっと想像していたのと違った」と思うこともありそうですね。それも含めておもしろくなったらいいなと思います。
将来、学生が自分で簡単にメタバースを作れるようになったら、審査員がメタバース上で作品を見て判断するようなことも増えていくのかな、とも感じました。
次はコンペ作品のテーマを「実際にやってみる」
——最後に、南沢さんご自身が今後やってみたいこと、達成してみたいことを教えてください。
コンペの作品でもテーマにしていた「資源をもとにして人が集まってくる」ような場所づくりをやってみたいと考えています。
具体的には、私設図書館ですね。家で置けなくなった本や、人と共有したい本を集めて、地域の人が自由に読むことのできるスペース。図書館としてだけでなく、上映会や読書会、あとはちょっとしたご飯も食べられるような空間を作るために、すでに京都市内に物件を借りています。今は工事をやろうとしている段階で、2024年の8〜9月を目処にオープンできたらいいなと。
今回のコンペでは「インフラをむき出しにする」という現実味のない案を出したのですが、その最初のきっかけにあったのは、自分の寮での生活でした。コンペの作品はそれを極限まで切り詰めたコンセプチュアルな案だったので、一度リアルに戻って「人とまざりあう場」を現実で作ってみたいです。
もちろん、実際にはうまくいかない部分も絶対に出てくると思います。寮での生活やイベントにトラブルは付き物だったので(笑) それでも、今後自分が建築設計の仕事をするときに、失敗も含めて活かしていきたいです。
長谷工住まいのデザインコンペティションinメタバースの詳細はこちらhttps://www.haseko.co.jp/metaverse/hrdc/2024/
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