バーチャルタレントの新人養成プログラム始動をはじめとして、リアルタイムARライブの実施、新人ライバーのデビューと、2021年上半期の「にじさんじ」は新たな試みを続々と行ってきました。今年5月の「ANYCOLOR株式会社」への社名変更を経て、大型のプロジェクトが次々と打ち出されています。
今回、MoguLiveはANYCOLOR株式会社の国内VTuber事業統括プロデューサー、鈴木貴都氏にインタビュー。2021年上半期の事業の振り返りや、各企画に込められた想いなどを語っていただきました。
VTuber業界から才能を必要なこと
――今年は「いちから株式会社」から「ANYCOLOR株式会社」への社名変更をはじめとした大きな変化がありましたが、社内の雰囲気や環境の変化は感じられますか?
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鈴木:
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個人的には現在の六本木オフィスへの引っ越しの影響が大きかったです。以前のオフィスは人員が急速に増加するあまり、各部門のスペースがきちんと確保できていなかったのですが、新しいオフィスになったことで余裕が生まれ人と交流しやすくなりました。また去年の12月に開催した経営合宿も非常に大きい影響がありましたね。その経営合宿で決まった方針やアイディアを今年の6月頃から徐々に発表しているという流れで、事業を進めています。
――経営合宿では具体的にどのようなことを話されたのでしょうか?
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鈴木:
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とにかく、まだまだVTuber関連事業は攻め続けていかなければならないので、「どのように攻めるか」「具体的にはどのような施策が可能か」をメインに話し合いました。弊社のVTuber事業はさまざまなアイディアを出していった結果、多くの方々に注目していただいています。だからこそこじんまりとしたものを出していくのではなく、新しいことをやるきっかけになるような、業界の先陣を切っていくべきだろうという感覚がありました。
例えば、その会議のなかで生まれた、「バーチャル・タレント・アカデミー※」という育成事業も、本当に思い切ったものとなっています。いわゆる養成学校のような学費を徴収するビジネスではなく、受講に必要な費用や機材は弊社が負担し、本当にその身ひとつでアカデミーに参加できるようにしています。
(※「バーチャル・タレント・アカデミー」…「にじさんじ」のノウハウを活用したバーチャルライバーとして必要なスキル向上と、才能を活かす活動機会の提供を行うという研修プログラム。研修中のプログラム受講費、入学金等の費用を企業側が負担する点が特徴)
――これは一般的なタレント育成事業と比較すると驚くべき内容ですが、そもそも、バーチャルタレントアカデミーはどういった目的から生まれた企画なのでしょうか?
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鈴木:
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近年の弊社では配信経験者を対象とした常設オーディションを実施していたのですが、さまざまな方々とお話をさせていただくなかで、「果たしてオーディションという形式にこだわる必要があるのか?」ということに行き当たりました。
端的にいえば「世間にいる、誰が見ても才能のある人を“拾う”だけになっていることは、本当に良いことなのか?」と考えたわけです。これは続ければ続けていくほど、業界内で才能ある人の奪い合いになってしまい、人が枯れていく危険性が生まれてきます。「もし、すでに見つかっている才能がゼロになった際、どうすればいいのか?」を真面目に考えなくてはいけません。
その施策として生まれたのがアカデミーの設立です。先ほど支援について話しましたが、これも世間に「すでに市場が斜陽に向かっているから、養成所ビジネスをはじめたのだ」というイメージを与えないようにするという目論見もありました。何より「VTuberには未来がある」と伝えることは、とても重要だと思っていました。
――VTuberの未来に向けて「種を蒔く」イメージですね。他方、それぞれのアカデミー参加者が経験を積む分野や領域を決めるのは非常に難しいと思うのですが、いかがでしょうか。
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鈴木:
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これまでのにじさんじ所属タレントの活動を見守っていると、既存の活動を維持したまま歌や踊りといった新たなジャンルに挑戦することは、当人たちにとってかなりハードルの高いことなんです。単純に時間や労力を割くことができないという問題点もあります。しかも「自分が本当は何がやりたいのか」といった実感は活動当初に分かるようなものではなく、活動しはじめてしばらく経ってから浮かんでくることが多いです。
なのでアカデミーでは、どの選択肢が浮かんできても対応できるような基礎の部分に重点を起きたいと考えています。例えば、ダンスレッスンを受けたとしても、活動後にそれが役に立つのかは分からない。しかし、いずれ役に立つタイミングがあるかもしれない。そういったことを踏まえたプログラムになっていくかと思います。
――生配信やイベント出演など、さまざまな状況で利用できるかもしれないスキルを伸ばしていくと。
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鈴木:
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そうですね。一部では音楽事業を強化するための育成事業だと見られることもあったのですが、そういうことではなく、本人が「やりたい」と思ったときにすぐ行動できるようにしたいということですね。一方で構成作家によるワークショップ形式の企画講座など、生配信にも役立つカリキュラムも当然含まれており、YouTubeでの配信活動についても手厚くサポートします。
――先日偶然にも御社のアカデミーに願書を送ったという方と知り合ったのですが、話を聴いてみると、今回のアカデミーはVTuberに興味を持っていなかった若い方からも注目を集めているようです。
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鈴木:
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特段若い方を対象にしたものではなかったのですが、そういった方々はやりたいことに全力を投じてくれるパワーのある方も多いので、結果的に注目していただいているようです。他方で配信機材、あるいはそれらを購入する経済的な余力が無いというケースも少なくないので、その点を私たちの方で支援できれば良いと思っています。
――個人的には企業のコストが非常に大きい施策に思えます。業界を向上していく志のようなものが無ければ、普通は実行に至らないのではと考えているのですが。
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鈴木:
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正直、普通に考えたらやらないと思います(笑)。また、こうした施策での結果を他企業にフリーライドされてしまうという問題も起こりうると思います。そういった意味で、VTuber業界全体に弊社だけが貢献しても意味があるのかという点では疑問に思うところもあります。
しかし、誰かが業界全体の成長を考えなければいずれ焼け野原になってしまいます。なので「うちはそういうポリシーでやっていく」と決めました。私たちが先駆けになることで、業界全体が少しでも良い方向に進んでいけばうれしいですね。私達を応援してくださる方々も多くいらっしゃいますし、がんばって緑を植えていこうかと思います。
受け入れられるかは分からないけど、面白いことをやる
――にじさんじの最近の中でも特に話題となったのは、約1年ぶりとなる新人ライバー(※)のデビューでした。
(※新人ライバー……上掲画像、左からレオス・ヴィンセント、レイン・パターソン、オリバー・エバンス、ローレン・イロアス、アクシア・クローネの5名)
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鈴木:
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マネジメント部門の人員が増えてきたことなど、さまざまな要因が重なったこともあって、良いタイミングでお披露目できたと考えています。デビュー当時にTwitterトレンドに関連ワードが掲載されるなど、非常に多くの方々に応援いただいた実感があります。もちろん本人たちのポテンシャルが非常に高かったこともあります。私たちとしてはデビュー直後に紹介番組を実施したり、交通広告を出稿するといったプロモーション施策を行い、この勢いをさらに広げていければと思っています。
――また、にじさんじ公式チャンネルに投稿されている番組動画が人気を獲得している印象です。特に「にじさんじのB級バラエティ(仮)※」は、とても脱力感のあるバラエティ番組として話題を集めています。
(※にじさんじのB級バラエティ(仮)……通称「にじバラ」。イブラヒムと早瀬走のMCによる深夜放送のような雰囲気の番組。一風変わったショップや工場などの取材映像を、ゲストたちのコメントとともに楽しめる。)
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鈴木:
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当初はここまで話題になるとは思っていませんでした。あの番組には「受け入れられるかは分からないけれど、面白いことをやりたい」という想いがありましたね。実写を取り入れた現地取材企画は「にじさんじのくじじゅうじ」などでも採用していましたが、あのスタイルを継続したいと考えていたので、番組制作チームを強化して番組化しました。MCふたりも非常に乗り気……はい、乗り気でやってくれています(笑)。
――現在はクイズ番組の「にじクイ」やリニューアルした「ヤシロ&ササキのレバガチャダイパン」など、バラエティ系の番組が実に充実している印象です。
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鈴木:
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これらの番組には「視聴者の方に、所属タレントの名前を覚えてもらうきっかけをつくる」という意図があります。TVで放映されているドラマやバラエティ番組から出演者を知るのと同じような発想ですね。そのためには番組自体を面白くして、周りに波及できるようにしていく必要があります。もちろん公式側で番組を制作すること自体は非常にコストがかかることなのですが、「面白いからまずやってみよう」という意気込みがあるからこそ続けられているのかなと思います。
――8月には「にじヌ→ン」という昼番組が放送され、こちらも大きな話題となっていました。
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鈴木:
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夏休み期間であれば、視聴者の方もお昼の時間に見ていただけるのではないかと考えた結果の施策です。また、自社の番組ディレクターに経験を積んでもらいたい、といった狙いもありました。曜日ごとに担当ディレクターが違うので、制作スタッフの色が出た番組になったと思います。加えて昼の生放送、しかも帯番組という形態はまだ試されていない領域だったので、まずは私達がやってみようと。
――昨年から続く「にじさんじ甲子園」も、本戦が再生回数が200万再生を突破するなど、大きなインパクトを残していますね。
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鈴木:
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コナミさんに大きくご協力いただいた企画ですね。本戦配信では、ゲームの球場内の看板を現実の企業の看板に差し替えるというタイアッププロモーションも行っていました。協力してくださるクライアントも増えてきているので、単純なタイアップ案件というかたちではなく「どうすれば番組として面白くなるか」を考えながら現場チームが日々奮闘しています。
――これまでのお話を聞いていると、にじさんじはVTuber業界の新たな領域を率先して切り開いている印象です。
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鈴木:
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タレントのチャレンジの幅がかなり広がってきていて、「会社からタレントへ提案すること」と「タレント自らが率先して挑戦すること」のバランスが徐々に良くなってきていると思います。VTuber業界をより盛り上げていくような、先駆者的な立ち位置を目指せるようになってきているのではないかと。
昨年と比較しても、今年はスタッフの人員が増えたことで、やりたいと思っていたアイディアが実現できる体制が整ってきています。これからも挑戦し続けていきますので、お待ちいただければ幸いです。
――ありがとうございました。今後のにじさんじも楽しみです。