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メタバース 2025.01.10

『ゼンレスゾーンゼロ』を始めると抜け出せなくなる理由は“街に住めば”分かる

朝起きて、まずは犬のいるニューススタンドに向かい、1日1回限定のスクラッチカードを削る。大当たりが出ることはほとんど無いが、今日1日の運勢を占うにはちょうどいい。

いつもの喫茶店で定番の「ティンズ・スペシャル」を注文。この店は以前、さまざまな品ぞろえを展開していたが、今は上記とエスプレッソの2種のみに限定するという非常に渋いセレクトになった。あれこれ試作して結局定番に落ち着く。よくある話だろう。

そういえば、今日はまだ自分の店を開店していなかった。急ぎビデオ屋に戻って、本日の品出し作業をはじめる。販促はビデオテープオタクのトラビスに任せることになっているが、おすすめのセレクトは店長が行わなければならない。とりあえず、ドキュメンタリーとアドベンチャー、それからファンタジー系をそろえておけば、客は満足するはずだ。

さて、自由時間。このままゲームセンターに向かって『怪奇旅団』で時間をつぶしてもいいし、ラーメン屋に寄って腹ごしらえするのもアリだ。キャリアセンターで残っている試験を片づけに行く用事もあるし、そういえば誰かから着信がきていた気がする。CDショップを漁りに行くという選択も捨てがたい。まぁいいだろう。ひとつひとつ片づけていくうちに、また朝が来るのだから……。

このようにして『ゼンレスゾーンゼロ』をプレイしはじめると、1日は瞬く間に溶けていく。もちろん現実の時間も同様に、だ。一度起動すると、いつの間にか抜け出せなくなっている異様な中毒性が、このゲームにはあるのだが、一体それは何なのだろうか?

アンバランスで挑戦的すぎる「ゼンゼロ」というゲーム

あらためて『ゼンレスゾーンゼロ』について紹介しよう。今作は『原神』や『崩壊スターレイル』などのタイトルを提供しているHoYoverseの提供するバトルアクション作品だ。HoYoverseといえば、美麗なグラフィック、広大なワールド、自由度の高さ等を前面に押し出すところに強い特徴があり、以前に下記の記事で紹介したが、「没入型の仮想世界体験」をユーザーに提供するために、世界観を含めて細部の演出に異様なほどこだわる傾向がある。

『ゼンレスゾーンゼロ』も例によって、リリース前後は非常に作りこまれたバトルシーンのムービーや、キャラクター1人ひとりのデザインのこだわり等がユーザーだけでなく、同業のクリエイターからも高く評価され、大きな話題となっていた。

しかし、実際にゲームが本格始動した後では、そのあまりにも挑戦的すぎるゲームシステムゆえに、厳しい評価を受けることにもなった。最も議論を呼んだのは、ゲームのコアなシステムとなっていた「探索」を巡る評価だろう。今作は、キャラクターを操作して敵を倒すバトルアクションフェーズと、主人公がボンプという小型ロボットを操作して、特定のフィールドを探索するフェーズ(通称:「TVモニター探索」)のふたつに分けられるのだが、この探索の要素が不評だったのだ(正直に言えば、著者もこの点にはある程度同意する)。その原因には「探索中に差し込まれるキャラクターの台詞が多すぎてゲームに集中できない」「バトルと違って、十字キーでの移動操作が淡白すぎる」など、さまざまあるが、この要素がミニゲームではなく、ストーリーを進めるには必須の要素だっただけに、余計に厳しめの意見が多く寄せられたのだろう。

驚くべきことに、2024年の9月に、こういったユーザーの声を受けて、開発陣は「TVモニター探索」の撤廃をアナウンスした。これはゲームの軸となっていたパートをまるごと削除するような大きな決断である。しかも、今作を遊んでいるユーザーであれば、この探索パートが物語の根幹となる部分と密接に関わっていることを知っていただけに、変更の衝撃はなおさら大きかったはずだ。

その一方で「『ゼンレスゾーンゼロ』であれば、そういった大きな変更もすぐにやってしまいそうだ」という印象も、著者の中には少なからずあった。というのも、このゲームには、イベントにしろ、新機能にしろ、どこか「試行錯誤しながら作っている」ことを感じさせるアンバランスさがあったからだ。最初に尖ったシステムを実装して、後から尖った部分を徐々に丸くしていくといったような感じと言えば良いだろうか(特に「零号ホロウ」の深層調査パートはかなり実験的な色合いが濃いと感じた)。ユーザーアンケートをこまめに行い、ゲームの改善要素を頻繁に公表していくことからも、遊んでいるこちら側の反応を試しながら、開発陣がやってみたいことに挑戦しているように思えたのだ。

しかし、ある意味でユーザーをふるいにかけるようなアンバランスで挑戦的なゲームであるにも関わらず、なぜ多くのユーザーは抜け出せなくなっているのだろうか。遊びながら考えているうちに、あることに気が付いた。「多くのユーザーは、この世界にもうすっかり移り住んでしまっているから、さまざまな意見はあっても、外に出る(ゲームを辞める)ことを考えないのではないか」と。

退屈なミニミッションが生活感へと変わっていく

記事の冒頭で書いたのは、このゲームを起動してから最初にやるべき作業、ソーシャルゲームの文脈でいえば「ログインボーナスの回収」である。

そもそも、一般的なスマホゲームでは、本編とは直接結びつかないような、毎日達成していくタイプのミニミッションの多くは、正直に言えば退屈である。アイテムを受け取れる喜びはあっても、頭を使わずにポチポチと押していけば済むような設計になっていることが多く、インタラクション性が薄く、あまり刺激を感じられないからだ。とは言え、細かなミニミッションまで無理やり本格的なゲームにしてしまうと、今度はログインするだけでは気軽にアイテムをもらえないことに、ストレスを感じるようになってしまう。

『ゼンレスゾーンゼロ』のユニークな点は、こういった本編と関わりのないミニミッションを、ゲーム内での日常生活のルーチンワークに落とし込んでいるところだ。あちこち移動して細かなミッションをこなす面倒はあるものの、それがゲーム内の“日々の習慣”となっていることで「面倒でも、これをやらないと始まらない」気分になる。カメラで観光地を撮影する、猫を撫でる、困っている人に話しかける等、ひとつひとつのミッションは簡単なものだが、それらを地道にこなしていくことで「この街で暮らしている」という生活感が生まれてくるのだ。さらに、この小さなミッションの量が他のゲームと比べても、かなり多い。すべてをこなすのは(時間があれば全てやり切れる量ではあるものの)現実的に厳しいので、ある程度取捨選択することになる。すると日々のプレイングにも違いが出る。「今日は喫茶店でコーヒーだけ飲んでおこう」「今日は余裕があるから、ボンプ救出のミニイベントもクリアしておこう」というように、マンネリ化しにくくもある。

そして、こういったルーチンを繰り返し、ゲームに時間をかけていくほど、生活感は強化され、結果的に街やキャラクター、世界観そのものへの愛着も強まっていく。気が付くと、この世界から抜け出せなくなっているのである。

「六分街」の日常と、すぐ側にある非日常

今作の舞台となる街、新エリー都の「六分街」に注目してみよう。HoYoverseのこれまでの作品の雰囲気とは大きく異なり、街はかなり現代的だ。ただし、ビデオ屋や電話ボックス、ゲームセンターなど、2000年代頃の雰囲気も若干残っているように感じられる。街の看板の文字は、基本的に中国語と英語表記だが、電柱や道路のデザインはかなり今の日本に近いため「並行世界の平成日本」のようにも見えなくはない。ユーザーによってはこの風景にノスタルジーを抱く者もいるはずだ。

ゲームを進めれば、活気ある大型都市や寂れた郊外地域、のどかな港など、様々なエリアにも行けるようになる。エリアひとつひとつの作りこみは異様なほど力が入っている。『原神』ほど広大なフィールドを移動できるわけではないが、その分、街のリアリティを出すことにこだわっているようで、登場人物たちがどのように日々暮らしているか想像できるような小物もしっかりと配置されている。建物ひとつひとつを見て回りながら写真を撮るだけでも楽しいし、中盤から解放される主要キャラクターとの日常イベントを体感すると、より街への愛着が増してくる。

また、主人公たちの拠点が六分街のビデオ屋に定まっているため、他シリーズよりも「日常」を体感しやすいのもポイントだろう。主人公は、特定のミッションを達成し、夜を迎えると、寝室に戻り、スマホを見ながら今日一日あったことを振り返り、眠りに落ちることになる。プライベートルームには、これまで出会った人たちと撮影した写真や、手に入れたアイテムを飾れるようになっており、ゲームを進めるほどに思い出が積み重なっていく。

一方で、『ゼンレスゾーンゼロ』の舞台全体はかなり緊迫した雰囲気であることも見逃せない。ネタバレになるので細かな解説は避けるが、この世界は、とある危機と常に隣合わせになってしまっており、ストーリーを攻略していくほど、日常が薄氷の上にあって、いつ壊れてしまってもおかしくない状況にあることが伝わってくる。物語は明るく痛快なトーンで進むことが多いものの、登場人物たちの会話を丁寧に追っていけば、彼ら彼女らの現実へのやるせなさ、無力感というものが見えてくることもある。そんな中だからこそ「この日常を守りたい、崩したくない」というモチベーションで、物語に深く没入することもできる。細かな日常の演出は、物語そのものへの没入に、大きく影響していると思う。

今回紹介したような『ゼンレスゾーンゼロ』の世界観へ没入するための工夫は、おそらくMMORPGや、マルチ要素のある大型ゲームタイトル、メタバースプラットフォームなど、様々なサービスに、要素としてはすでに見られるものだろう。例えば『GTA』シリーズでも、寝食や労働といった細かな生活の再現には重きが置かれているし、『原神』でも、本編とは直接関係のないミニミッションは大量に用意されている。しかし、大量のミニミッションを日常生活のルーチーンとして落とし込み、ゲーム世界に没入させるような試みは珍しいと思う。

先述したように、今作が実験的な要素を多分に含み、ゲーム性そのものを大きく変更する可能性もあるタイトルだからこそ、このようなことが実現できているのかもしれない。著者にはHoYoverseが「ゲームの世界を日常生活と感じられるほどに、深く没入させるにはどうすればいいか?」という実験のために今作を運営しているようにさえ思えてしまう。そして、その実験から得られた結果は、ゲームだけではなく、様々なバーチャルなコンテンツにも深く影響を与えるのではないだろうか? 今後も、このゲームの向かう先を追っていくため、“日常”へ潜っていきたい。


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