ARグラスメーカーのXREAL社は12月11日、新型のスマートグラス「XREAL One」を発表した。これまでXREAL Air 2シリーズを展開してきたXREAL社だが、新たなシリーズ名で発表した「XREAL One」は、自社開発した独自のカスタムチップX1を採用。ナンバリングを廃し、ARグラスを日常的に使う時代に向けた新たな一歩となることを標榜しているようだ。
本記事では、メディア向けに先行開催された体験会及びXREALのCEOシュー・チー氏のインタビューからコメントをお送りしよう。
スタイリッシュなデザインが特長のXREALのデバイスだが、XREAL Oneでもその方向性は維持。
XREALとしての大きなジャンプ
XREAL Oneはスマートフォン等に有線接続で使うスマートグラスだ。かけると目の前に大画面が広がり、空間に浮かぶディスプレイとして使うことができる。接続する元はiPhone、Androidの各種スマートフォン、Window・MacのPC、Nintendo Switchなどのゲーム機など様々。広い意味で言えばARのデバイスではあるが、Apple Vision ProやMeta Questのような「メガネが空間を認識し、壁に張り付くなど、あたかも現実空間になじんで見える」というよりは、「眼の前に大画面が出現する」が近い体感だ。専門用語では、6DoFではなく3DoFと言うこともできるが、一言で言えば「眼の前に大画面が出現する」。限定的なAR機能となる。
XREALはXREAL Oneで体験できるこの機能を「空間ディスプレイ」と呼んでいる。元々は完全なARグラスの実現を目指している企業なので、そちらは「空間コンピューティング」と呼んで、より上位概念として2つのラインで運用しているようだ。
これまでも、2023年のXREAL Air 2/Air 2 Proは空間ディスプレイ。2024年のXREAL Air 2 Ultraは空間コンピューティングデバイスだった。
今回のXREAL Oneは空間ディスプレイとして、XREAL Air 2/Air 2 Proの後継機種となる。
解像度はXREAL Air 2シリーズと同じくフルHD相当。ソニー製の0.68インチのMicro-OLEDパネルを採用している。ただし、視野角は50度と広がっている。また、マイクは4基搭載。スピーカーはBoseと提携しており、音質向上に努めている。
XREAL Air 2 Proと並べてみたところ。左がXREAL One、右がXREAL Air 2 Proだ
XREALの大きなジャンプ「独自チップセット」
今回、XREALはシリーズ名とナンバリングはXREAL Air 3ではなく、XREAL Oneと命名した。
「XREALにとって大きなジャンプになるので名前を変えた」と語るのはXREALのCEO シュー・チーだ。
その鍵を握るのがXREAL Oneに搭載された小さなチップセット。「X1」と名付けられたこのチップセットは、なんとXREALが自社のARグラスのために独自開発したチップだ。これまでXRデバイスに特化したチップセットをメーカー自身が作った例は、AppleがVision Proに搭載している「R1」チップぐらいだ。。Metaのプロトタイプ「Orion」は独自のチップセットを複数搭載しているようだが、商用ではない。他のメーカーは軒並みチップセットメーカーのクアルコムが作ったSnapdragon XRシリーズやARシリーズを採用している。つまり、X1はARグラスメーカーとしては世界初のチャレンジだ。
「開発に3年を要した」(チーCEO)というこのX1チップの肝は、「超低遅延」にある。頭の回転に合わせて表示が変化する空間ディスプレイのデバイスでは、頭を動かしてから実際に表示されている画面が変わるまでに情報のリレーが行われる。
頭の動きを感知したセンサーのデータがケーブルを経由してスマートフォンなどのコンピューティングデバイスに送られ、処理された表示の命令が、再度ケーブルを通してデバイスに戻り、ディスプレイに表示される。この一連の処理には時間がかかるため「遅延」と表現される。遅延が大きくなってくると、頭を動かしてから画面の動きに遅れが生じるため、違和感となり、自然な感覚が薄れていく。
多くのARグラスでは、この遅延が“気になる”。特にゲームなど、用途によっては、この遅延が非常に気になるレベルになる。結局、遅延が低いに越したことはない。
余談だが、同じく遅延が大きな問題になるVRヘッドセットでも、低遅延を実現することは必須だ。VRの場合は、遅延があるとバーチャルな環境の違和感に繋がるだけでなく、VR酔いの主要因にもなってしまう。そのため、解像度以上に厳格に基準をクリアするためにハードウェアメーカーが動いた。
82グラムのボディの中に小さなX1チップ(左)が搭載されている。
XREALでは「自然な体験にするためには、超低遅延である必要がある」と考えて、頭の動きに起因するブレ補正や画面固定の処理をデバイスの中だけで処理するようにしたとのこと。前機種のXREAL Air 2+Beam Proでは20〜30ミリ秒の遅延が発生していた。彼らがX1チップの開発にあたって実現した遅延は3ミリ秒。そのためのX1チップであり、「現存するどんなチップでもここまで低遅延にはできない」と自信を見せる。映像の描画は90Hzで安定動作する。
実際に体験してみると、確かにスムーズだ。いわゆる「ヌルヌル動く」というのが近い感想だろうか。本来、人間は現実を見るときに当然だが遅延を感じない生活を送っているので、その差分は小さくなり、より自然になった。
チップセット搭載のもう一つの大きな恩恵
X1のチップセットを搭載したXREAL Oneだが、遅延が小さい以上に恩恵を感じたことがある。それはOSを搭載しているので、「スマホやPCを刺すだけで空間表示モード(3Dofモード)を使える」という点だ。これまでXREAL Airシリーズなどをスマートフォンなどで空間表示モードの状態で使うためには大きく分けて2つの方法で接続する必要があった。
・専用アプリ(Nebula)経由での接続
・コンピューティングデバイス(Beam Pro)経由での接続
XREAL Oneにはチップセットが搭載されており、OSがインストールされている。そのため、スマートフォンにアプリなどをインストールする必要はない。ディスプレイとの距離や画角の調整、固定方法など各種設定はXREAL One側で操作可能だ。
そしてスマートフォンとPCに関しては、もうアプリをインストールする必要はない。アプリの起動バグなどを気にすることなく、USB Type-Cの端子に差し込めば即座に眼の前に画面が広がるのは、一気に使いやすくなった感覚だ。なお、Wi-Fi6経由での無線接続用のデバイスとして引き続きXREAL Beam Proは接続可能だ。
広がった視野角、調光機能は内蔵
XREAL Oneの視野角は対角50度。解像度は1080Pと前世代機のXREAL Air 2シリーズと同じだが、表示領域が広がった。ARグラスの視野角はどのメーカーも直面している技術的な課題だが、XREALは今回かなり攻めている。
人間の視野は水平で150度以上ともっと広い。50度でもまだまだ足りないと思ってしまうが、映像鑑賞などのディスプレイ用途であれば、XREAL Air 2でも実用的なレベルだった。XREAL Oneではさらに広がっていることを考えると、今後の進化にも期待したい。なお、XREALとしては空間ディスプレイの用途に限っては「40〜60度くらいで十分なことが多い」(チーCEO)とのこと。今回の視野角の広がりが水平方向だったことについて質問すると「垂直方向も重要だと考えている」と引き続き取り組む姿勢を見せていた。合わせて、空間ディスプレイの先に見る空間コンピューティングに向けてどうアプローチをとるのかは注目だ。
上から。左がXREAL Air 2 Pro、右がXREAL One。視野角が広がった分、若干厚みが必要となっているのは採用している光学系「バードバス」ゆえやむをえないところ。
そして、XREALがAir 2シリーズで探り当てたARグラスの機能が「調光(Dimming)機能」だ。XREAL Oneでは標準搭載されており、OSの設定画面もしくは本体のボタンを押して3段階の調節ができる。
現実空間にディスプレイが浮かぶXREAL Oneようなデバイスでは「現実がどの程度見えているのがいいか」使うシチュエーションによって異なる。たとえば、家で料理をしながらYouTubeを見る場合、手元も同じように見える状態にしておきたい。一方、同じ家でもソファに座って映画を見る場合やPCの画面を拡張して作業するときは、正直周囲は見えなくて良い、というか見えないほうが没入できて望ましいのではないだろうか。
こうした多様なニーズに対してXREALが前世代の上位モデルXREAL Air 2 Proで採用したのが「調光機能」だ。XREAL Oneでは上位モデルではなくとも搭載されているため、利用シーンを選ばず、調節できるのは本当に便利だ。
進化の止まらないXREAL
ここまでXREAL Oneの製品の紹介をしてきた。XREAL社は今後、空間コンピューティングのデバイスを含め、全てのラインナップで独自チップを採用していく方針だという。
また、チップセットの外部提供についても、明言はしなかったものの、「空間コンピューティングの市場を作っていく必要がある。そのための連携は大歓迎だ」(チーCEO)と意欲を見せる。
空間ディスプレイは市場が一定存在している感触を得ている中で、空間コンピューティングに関しては、まだ時間がかかることを前提としている。「空間コンピューティングのデバイスには、ビデオパススルー(VR/MRヘッドセット型)と光学シースルー(グラス型)の2つのアプローチがある。AppleやMetaはビデオパススルーのデバイスを発売しているが我々は日常的に使える光学シースルーのデバイスを提供する道を選んだ。これからも光学シースルーの道を掘り続けるし、Metaのように新たなプレイヤーが増えるのは、我々の道が正しかった証明になるからAppleが光学シースルーのデバイスを出してくる日が来たら嬉しいことだ」(チー氏)と語る。
XREAL社は、将来の理想のデバイスを思い描き、製品を市場にいち早く投入し、ユーザーの反応を得ながら、機能の取捨選択を高速で行っている。いわゆるハードウェアのイテレーションサイクルが非常に早い。「XREAL Oneの開発にあたってはゲーマーからの声をかなり参考にした」(チー氏)と語るようにユーザーの反応を何より大事にしている。他のメーカーがこの領域に参入する中で、XREALとしての強みは「ユーザーの声を大事にしていること」と語るチー氏。究極のARグラスに至る道はまだ誰にも見えていない。このボトムアップとも言えるXREALのアプローチの先にどのようなデバイスが飛び出すのか楽しみだ。
一方、デバイスというものは、新しもの好きのアーリーアダプターやギーク層から一般ユーザーにメインのユーザー層が移っていけばいくほど、つまり普及すればするほど、ハードウェアの買い替えサイクルが徐々に長くなっていく。「XREAL Oneとそれまでのデバイスの違いは非常に大きいので、できるだけ買い替えてほしい」とチー氏は語るが、前世代機のXREAL Air 2シリーズが発売されたのは2023年10月、上位機種のUltraが発売されたのが2024年夏と、製品の市場投入ペースは非常に早い。この早すぎるサイクルと既存ユーザーの買い替えサイクルが噛み合うのかもポイントであるようにも感じられた。既存デバイスのアップデートも続けるとのことだが、まだ黎明期のグラス型デバイスは、買い替えの覚悟を、ある程度しておいたほうがいいかもしれない。