現実空間のなかに、デジタル情報を表示するバーチャルディスプレイ(ウィンドウ)を並べて使える空間コンピューティングの世界。Meta Quest3やApple Vision ProといったXRヘッドセットで体験できるもの、と考えがちですが、実はXREALのARグラス+Androidデバイスの組み合わせでも同様の使い方が可能です。
ゴーグル型で、現実空間をカメラ越しに見ることになるXRヘッドセットは視野が広く、使えるウィンドウの数も多い反面、デバイス自体が重いというネガティブポイントがあります。対してARグラス+Androidデバイスは軽いけれども視野が限られており、使えるバーチャルディスプレイも2枚のみ。メリットもデメリットも相反している関係性ではありますが、軽くて持ち運びやすいことを重視するならば、ARグラスを軸とした空間コンピューティングシステム構成の魅力が増してくるでしょう。
空間ビデオカメラにもなるAndroidデバイス「XREAL Beam Pro」
ARグラスの多くはスタンドアローンでの利用はできず、別途PCやスマートフォンといったデバイスが必要になります。しかしすべてのデバイスが使えるわけではない、というややこしい問題がありました。具体的にはDP Alt Mode(DisplayPort Alternate Mode)への対応が必須なのですが、この規格をサポート(もしくは非サポート)していることを明記しているデバイスの数が少なかったのです。
そこでXREALがリリースしたのが「XREAL Beam Pro」(3万2980円~)。スマートフォン型のARグラス駆動用デバイスです。SIM/モバイル回線こそ使えませんが、それ以外の機能はスマートフォンそのものだと捉えていいでしょう。OSはAndroid 14をベースにした独自のnebula OS。Google Playの利用も可能で、Androidエコシステムに対応します。
SoCにSnapdragon 6 Gen 1を採用。6.5インチ 1080✕2400ピクセルの液晶パネルは90Hz駆動で、メモリ/ストレージは6GB/128GBと8GB/256GBの2種類から選べます。
バッテリー容量は4300mAh。27Wの急速充電に対応。WiFi 6、Bluetooth 5.2のワイヤレス規格をサポートしているのも特徴です。
特徴的な外観をもたらしている2つのカメラですが、これはステレオカメラ構造による空間(立体)ビデオ/写真撮影のためのもの。XRヘッドセットでおなじみのIPD(瞳孔間距離)と同じく、人間の瞳孔の距離に近づけることで奥のほうまで立体感を得られるコンテンツが撮影できます。
各カメラのセンサーサイズは1/2.76インチ。解像度は5000万画素ですが、これは超広角画角+電子手ブレ補正のために余裕をもって使われているもので、広角撮影のみとなる空間ビデオ/写真撮影時はクロップされることから有効画素数は低減します。公式発表のスペックデータではありませんが、Androidのハードウェア情報を表示する「CPU X」で調べると、12.59MP(1259万画素)と表示されました。
最大1TBのmicroSDカードが使えるMicroSDカードスロットが備わる
USB Type-Cポートは通信/ARグラス用、充電用の2口
ARグラスへの電力供給用としても使われるため、ARグラス接続時はバッテリーライフが短くなります。そこでUSB Type-Cポートを2口として、1つを充電専用としています。この設計思想は、長年ARグラスを作り続けてきたXREALの知見が生きているものだと感じます。
遮光機能付きでVR的没入感も得られるARグラス「XREAL Air 2 Pro」
現在XREALが発売しているARグラスは「XREAL Air」(4万5980円)「XREAL Air 2」(5万4980円)「XREAL Air 2 Pro」(6万1980円)「XREAL Air 2 Ultra」(9万9800円)の4モデル。「XREAL Beam Pro」はこれらすべてのARグラスの母艦になりえます(他社製ARグラスも使えます)。
価格や機能によって合うARグラスを選ぶと良いのですが、ここでは2024年夏現在、筆者が考えるもっともコストパフォーマンスに優れたモデルである「XREAL Air 2 Pro」をご紹介します。
透過度を0%、35%、100%の3段階で調節できる調光機能を持つ「XREAL Air 2 Pro」
ARグラスは光学的に周囲の景色を見ながらデジタル情報にアクセスできますが、時にはデジタル情報だけ見たいというケースもあります。このとき「XREAL Air」と「XREAL Air 2」は付属の遮光カバーをつて対応しますが、「XREAL Air 2 Pro」は電気的にレンズの透過度を3段階で調節できる調光機能付き。これがとても便利で、一度体験すると手放せなくなります。これからXREALのARグラスを購入するのであれば「XREAL Air 2 Pro」、もしくは同様の調光機能をもち6DoFにも対応した「XREAL Air 2 Ultra」をおすすめします。
デジタル情報はリム/フレーム上部に収まっているソニーセミコンダクタソリューション社製の0.55インチMicro-OLEDパネルが映し出し、内側にあるプリズムを介して装着者の目に届けられます。解像度は片目あたり1920✕1080ピクセル。
メーカーが公開しているスペックリストを見ると、最大ディスプレイサイズは330インチとなっています。実際に使ってみると、そこまで大きいとは感じられません。いったい何メートル先の330インチとしているのか具体的な情報を公開してほしいという気持ちはありますが、これはプリズムを使ったARグラス特有のもので、現状はその構造上視野角を高めることができません。他社製ARグラスと比較しても似たりよったりです。公式発表のスペックリストには視野角が46度と記されており、これは体感上の視野とほぼ同じ。主観で記すなら、1メートルくらい先の位置に40インチ前後の大きさのディスプレイがあると感じます。
反面、デジタル情報の映像としての密度は高め。公称のPPDは49です。ディスプレイパネル解像度と視野角のバランスは優れているといえます。
度付きレンズを組み込めるXREAL Air2用インサートレンズフレームが付属する
普段メガネを使っている人でも、メガネと「XREAL Air 2 Pro」を重ねてかけて使うことができます。しかしプリズムから目が離れてしまうため、コンタクト利用時と比べると視野角がさらに狭まってしまうというデメリットにつながってしまいます。
「XREAL Air 2 Pro」が持つ本来のポテンシャルを活かすのであれば、度付きのインサートレンズを使いましょう。
「XREAL Air 2 Pro」の側面。スピーカーなどを内蔵しているため、テンプルは太い
重量は75g。太いテンプルですが、軽い作りのために掛け心地は悪くありません。重量バランスも良好です。
右側テンプルの下部に透過度変更ボタンと、ボリュームボタンが備わる
ボリュームを上げすぎなければ、そして横の席が空いているなら、新幹線や航空機の中でも使える
意外と音漏れが目立たないスピーカーは「XREAL Air 2 Pro」の強みの1つ。「XREAL Air 2 Pro」にも「XREAL Beam Pro」にもイヤホン端子はありませんが、混み合う場所でなければ「XREAL Air 2 Pro」内蔵のスピーカーを使ってもそれほど迷惑とはならないでしょう。
「XREAL Beam Pro」と「XREAL Air 2 Pro」を接続して使う
「XREAL Beam Pro」との接続は左側テンプル末端部のUSB Type-Cポートを使う
「XREAL Air 2 Pro」を使用するには、「XREAL Air 2 Pro」付属のUSB Type-Cケーブルで「XREAL Beam Pro」と接続します。
ディスプレイパネルの輝度は500Nits。十分な明るさがある
接続後、「XREAL Beam Pro」が自動的に「XREAL Air 2 Pro」を認識してARグラス用のUIに切り替わります。
初期設定を終えると、インストール済みのアプリのアイコンが並ぶランチャーが表示されます。「XREAL Beam Pro」を手に持って空間マウスとして使い、起動するアプリを選びます。
アプリを起動したあと「XREAL Beam Pro」画面上のホームアイコンをタップして他のアプリを選ぶと、デュアルウィンドウ・マルチタスク状態となります。
前述したように「XREAL Beam Pro」に搭載されるSoCはSnapdragon 6 Gen 1です。エントリークラスのスマートフォンで使われるSoCですが、実はなかなかパワフルなんですね。ブラウザやオフィススイート系のアプリと、3Dアバターが動く「gogh」を同時に起動しても快適に操作できました。
負荷が極めて高いソーシャルVR「VRChat」も「XREAL Beam Pro」単体では問題なく操作できます。しかし「XREAL Air 2 Pro」を接続した状態ではパワー不足なのか調整不足なのか、一部の操作に深刻な遅延があります。
「XREAL Beam Pro」で撮影した空間ビデオはサイドバイサイド方式のMP4ファイルとして保存される
「XREAL Air 2 Pro」で撮影済みの空間ビデオを見ると、2メートルくらい先の場所までは立体的に感じられる
「XREAL Beam Pro」で撮影した空間ビデオを見るときも「XREAL Air 2 Pro」は大活躍します。立体的に感じられる空間が広く、スマートフォンスタイルでポケットサイズのカメラで撮影したものとは思えないほどリッチな体験ができます。
惜しいのは、「XREAL Beam Pro」で撮影した空間ビデオをYouTubeにアップロードするとサイドバイサイドの平面映像として登録されてしまうところ。PCに動画ファイルを移し、Premiere Proのような動画編集ソフトでステレオメタデータを埋め込めば、Meta Quest 3やVision Proで立体視できる動画として共有できますが、願わくば「XREAL Beam Pro」側ですべての作業ができるようにしてほしいですね。
初めての空間コンピューティング体験には最適なセット
従来のARグラスの価値は、PCやスマートフォンの画面を仮想的に大きく表示する外部ディスプレイ止まりでした。しかし「XREAL Beam Pro」と「XREAL Air 2 Pro」の組み合わせは、デュアルウィンドウ・マルチタスクが可能という大きな魅力があります。
デュアルウィンドウも視野角の外側に広げることが可能です。主に使っているアプリは視野角全体に表示するようにして、2つめのアプリのウィンドウは必要なときだけ首を振って見ることができます。
Meta Quest 3やVision Proが実現している空間コンピューティングほどの自由度はありません。しかし冒頭で触れたように、軽くて持ち運びやすい空間コンピューティングシステムのメリットはあります。セットで購入しても10万円以下。初めての空間コンピューティング体験には最適なセットといえます。