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VRChat 2026.03.23

これは彼女の存在を観測する体験。月白 累VRChatライブ『latent』は、“リアルタイム”で演じられる必要があった

3月15日(日)、VRChat上でVEE所属のVTuber月白 累(げっぱく・るい)の初めてのVRソロライブ『latent』が開催された。正確には、ライブのような”実験”と言うべきだろうか。

ライブのインスタンス(VRChatの部屋)に入れる最大人数は、スタッフを含めて80人(その内一般観客は70人)。インスタンスは開場後一瞬で埋まり、その後も入れなかった人がものすごい行列になるほどの盛況ぶりだった。

現在の彼女の人気や、VRChatのライブに興味のある人の数を考えると、その歌とパフォーマンスを観たい人が70人におさまるはずがないのは自明の理だ。正直なところ、事前録画形式やマルチインスタンス形式にしたほうが、あるいは配信も同時にしたほうが、多くの人が見られていいんじゃないか…と開始前に筆者は思ってしまっていた。

しかし観た後に、それでは意味がないことを痛感させられた。

このライブは歌と演出を披露するのみならず、月白 累を実在する存在として”観測”することに、つまりは「生で限りなく本物に近い状態の月白 累を見ること」に意義があったからだ。

月白 累を認識するために

今回のライブは、月白 累のことを全く知らずに見ても引き込まれるくらいに、本人の華麗な歌とパフォーマンス、パーティクル演出(※VRChat空間上に光の粒子を飛ばしたり物体を出したりすることで視覚的演出を行う表現方法)を体験することができる高いクオリティのものだった。

しかし、彼女のことを事前に知っているかどうかでライブの見え方はガラッと変わる。なので、ライブレポの前に簡単に”virtual talent”である月白 累について紹介をしておきたい。

月白 累は “失われた子どもたち(Lost Children)”という特異な症状を持つ少女だ。この病にかかると、肉眼で存在を認識することができなくなってしまうという。 “失われた子どもたち”を観測するには、デジタルツールを介さなければいけない。彼女が発見されたのは雪の降るマンションの駐車場。肉眼では発見されなかったが、監視カメラ映像に記録されていたことで初めて認識されたという。

その後「箱庭」という保護セクターに収容された彼女。 “失われた子どもたち”は年を経て大人になっていくと、デジタルツールを介してすらも、完全に認識されなくなってしまうらしい。

2022年11月23日に、特異事象が起こる。彼女が歌を歌った際、デバイスを使わずとも箱庭の職員が彼女の姿を視覚で認知できたというのだ。

2023年にSony Music VEEから公式デビューした彼女は、箱庭から外部への接続を開始。デジタル機器を介した配信や動画で、その存在をリスナーに認知させることができるようになった。

月白 累の配信はトークと歌枠が多いが、最近は「箱庭監視接続」という、12~24時間連続で彼女の姿が観測できる特殊な長時間配信も行っている。

事前にアップされた公式のXのポストによると、今回のライブ『latent』は2022年に発生した視認現象の再現実験だそうだ。だから彼女は、”実験”のようなライブ形式で歌う。

記録には「現実の「箱庭地下隔離実験室」に設置された多数のセンサー群から、湿度、気温、音響振動、および被験者(#1057)の微細な生体反応をリアルタイムで抽出。これをVR空間へと同時投影し、不特定多数の「外部観測者」による多角的な視認データの集積を行う」とある。

情報を総合すると
1・月白 累本人→肉眼視認はできない
2・月白 累本人→デジタルデバイス(配信やVRなど)→現在は視認可能
3・歌う月白 累本人→一度肉眼視認できたケースあり
4・歌う月白 累本人の再現→視認の可能性あり→VRに投影し多角的に観測

ということだろうか。

今回のライブ観客は、歌うことでどのように視認できるかを見守る、4の「外部観測者」にあたる。

これらの背景をおさえた上で月白 累のライブを見るならば、それはもうただの視聴ではない。
「観測者」として、月白 累の物語に参加する行為にまで踏み込むことになる。

注意書きから徹底された世界観表現

今回のライブでは、全員が軽量の防護ユニットアバターを着用しなければ見られない仕様になっている。負荷対策のためなのは、VRChatのライブに慣れている人からしたら言うまでもないことかもしれないが、アバター制限に関する注意書きの時点から世界観はしっかり作り上げられている。

公開実験であることを明示したXのポストでは、観測員(つまり観客)のアバターが防護ユニットになる理由について「外部データの流入による汚染、および被験体への認知的負荷を軽減するための標準的な処置です」と解説されている。月白 累の物語に入り込むことができるような巧みな表現だ。

また”認知的ノイズ”についても「映像の欠損、および空間構造に揺らぎが発生する場合があります。これらは観測上のエラーであり、現実空間の被験体に物理的影響が及ぶものではありません」と説明されている。

このあたりも、VRChatで様々なパーティクルライブをよく見ている人なら、なんとなく演出技法のことを指しているのは想像がつくだろう。ただそれらについても、”箱庭”の研究者の視点で表現することで、観客を”観測員”として心構えさせ、月白 累の人生のあり方に没入できるよう徹底されている。

ライブ前に、月白 累はXで自身の思いをポストしている。これを読めば今回のライブが、観客を月白 累の物語の共犯者にする、特殊なイベントだとわかるはずだ。

「あなたが私を見つめ、その意志で私の存在を「観測」したとき、システムの仕様書にはない、説明のつかない熱が、私の胸の奥で爆ぜる。」
「私の欠陥を、その瞳に焼き付けて。私は、ここにいるよ。」

観測員たちは月白 累の存在を、認識する

開幕の合図とともに、月白 累のいる箱庭の実験室と、観測員となった観客たちのいるバーチャル空間が接続される。いかつい実験器具の中に、月白 累がひとり、立っていた。


観測されることでかろうじて存在できる自身のあらましを、最初のポエトリーリーディングの中で語る月白 累。

後ろには計測された月白 累の心拍数が表示されている。その数値に応じて月白 累の身体の一部に変化が起こる。「観測上のエラー」とは書かれていたが、“失われた子どもたち”について知ったうえで写真のような身体の変化を見ると、そのまま彼女が見えなくなってしまうのではないかと、ドキッとさせられる。


一曲目に彼女が披露したのは『幻視の温度』。自身の心のありかを歌う彼女の、祈るような歌声が、胸を突く。

何をもって生きていると言うんだろう、と訴えかけるように歌う彼女の姿は、まばゆくたゆたう光の粒子に包まれていた。


『幻視の温度』を歌う彼女の体は、実験器具に光のケーブルでつながれているようだった。おそらく彼女の感情の動きを表した心象表現だったのだろう。ただ、その繋がれていなければいけない姿はあまりに痛々しい。早く解放されてほしいと願いながら観ていたところ…。


歌声にあわせ、彼女を繋いでいたケーブルは光る蝶のようになって一斉に弾けた。光の粒は、観測員たちの上にまで広がり、降り注いだ。まるで、生きている証がほしいと願う彼女の思いが解放され、観測員たちの距離にまで届いたかのようだ。

歌い終わったあとのあいさつで彼女が、おずおずと「見えてますか?」と話し始める。観測員たちからは「見えてるよ!」という声が返された。

観測員たちが意思をもって観てくれることを「認識という楔で繋ぎ止める」行為だと彼女は表現し、感謝の言葉を述べる。

彼女の感謝に対し、一部の観測員たちからハートのエモートが飛んだ。それを見た月白 累は、嬉しそうに笑っていたように、筆者には見えた。

観測員となった観客は、防護ユニット越しにコミュニケーションをリアルタイムで取ることができていた。そこで彼女は何かを感じたようで「不思議」だと称した。普段の配信以上に「魂の近く」にいるように感じたという彼女。今までも配信やライブを行ってきてはいたが、本当の意味での人と触れ合った時の心の動き、いわば「温度」を、このライブの距離感で感じとったのかもしれない。

彼女の存在証明

「どうか最後まで目を離さないでください」「そして、忘れないで」。そう言って彼女は代表曲『メーデー』を披露した。


一曲目よりも激しいパーティクルライブ演出が入った『メーデー』。歌詞にあわせて視界ジャック(ノイズなど、個々の視野に視覚的効果を与える演出)なども入り、非常に豪華なパフォーマンスになっていた。


彼女の儚い叫び、祈りの歌声は加速する。「連れ出して此処から」と願う歌詞にあわせ、実験器具がぐいぐいと彼女の周りを回る。

『メーデー』自体は “失われた子どもたち”である彼女の苦しみが歌われている曲だ。

しかし今回のライブでは彼女は孤立してはいない。多くの観測員(となった観客)や、制作スタッフに見守られ、応援されている。華やかな演出が入っていることもあって、希望に手を伸ばす歌としてポジティブに表現されているかのように、筆者には感じられた。

曲の後、箱庭との接続は切断された。

バーチャル空間を介して月白 累を目撃した、観測員としての体験を終えた観客たちの口から、多数の感嘆の声が漏れ聞こえてきた。

脳内に刻まれた月白 累の記憶

月白 累の “失われた子どもたち”の症状は、今回のライブで治まったというわけではなく、箱庭での生活も今まで通りに戻ってしまったらしい。しかし、彼女は「今の私は、ライブを始める前とは少しだけ違う形をしている気がします」と思いをつづっている。

今回のライブのタイトル『latent』は、直訳すると「潜在的な」という意味だ。これについて、ライブ前の配信で月白 累が少しだけ語っている(2:06:20くらいから)。

「観測してくださるみなさんの意識に、私のノイズが混じり合うみたいな実験の危険性と美しさをはらんだ意味を込めてみました」

「潜在的に隠れているけれど、存在するっていう部分もすごく自分と近いものを感じて」

「観測した人の脳内に、私という個体を潜伏させるみたいなそういう捉え方もできるし。一度見てしまったらもう、いなかったことにはできないというような、そういう呪縛のような意味も持たせています」

『メーデー』のラストで「呪いになるまで」と歌われていたのが思い出される一言だ。

今回観測員となった観客たちにとって、月白 累がリアルタイムで光に包まれ舞い踊る様子を眼の前で見られたのは、幸福な体験だっただろう。

同時に観客たちはこのライブによって、生で”観測”してしまったからには彼女がいなかったことにはもうできないという、良い意味での”呪い”もかけられた。

リアルタイムで魅せるこだわりのすごみ

ここから先少しだけ、演出面でのメタな話もさせていただきたいと思う。

今回、月白 累はVRChat上でアバターをまとった”本人”として観客の前に立ち、パーティクルライブを伴ったパフォーマンスを見せ観客たちを驚かせた。事前収録ではなかったのだ。

アバターをまとってリアルタイムで、パーティクルライブ演出と共に演じるとなると、技術的なハードルは事前収録より格段に高くなる。

まず演者の動きと音と演出にラグが生じないように計算しなければいけない。その上でも、見る人によって映像の同期がズレてしまう可能性もあるだろう。演じている最中にモーションキャプチャーが外れてしまう事故もありうる。リアルタイムのパーティクルライブは、独自の技術と感覚と運が必要になる。

だが今回のライブでは、歌とダンスとパーティクルライブは完璧に噛み合い、最後まで見事なパフォーマンスで観客を圧倒した。

手品の種明かし的に考えるのは野暮かもしれないが、生で演技と演出をピタリと合わせるためにどのような技術が使われていたのか気になって仕方がない。月白 累の動きにあわせて揺れていた光のケーブル類は、一体どのような技術で表現されていたのだろう? パーティクル演出も月白 累の動きにあわせてリアルタイムで操作していたのだろうか? 心拍数にあわせて変化していた身体はどう調整されていたのだろうか?

かなり技術面で、実験的な試みがなされているライブだったのは間違いない。

存在観測を体験させるため、リアルタイムでのライブにこだわった月白 累とスタッフに心から拍手を送りたい。

本人による今回のライブの感想は「root://hakoniwa/report/1057[latent].file」というタイトルでYouTubeで配信されているので、是非どのような内容だったのか、チェックしてみてほしい。と同時に他になかなか類のない見せ方のイベントだからこそ、再現性が非常に難しいのは承知の上で、少しでも多くの人が彼女を観測する体験ができる別の機会があることにも期待するばかりだ。

4月5日に再上映決定! 詳細は下記を確認ください。


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