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VTuber 2020.10.04

目の前に推し! 隣にも推し!!VRならではの新たなライブの可能性

目の前のステージにアイドル。その舞台を別のアイドルと一緒に見る。VARKで行われた「Cinderella switch ~ふたりでみるホロライブ~」はVRでしかできない体験を演出してくれる内容。ホロライブの「近くに来てくれるアイドルVTuber」としての性質と、VARKならではの技術を駆使した、新しいエンタメの可能性へのチャレンジになった。

ドキドキの連番ライブデート

このライブは「連番ライブ」と名付けられている。公式によると「二人組の一人がステージ上でライブをし、もう一人が『連番者』となり、”あなたの隣で”一緒にライブを観て盛り上がる、全く新しいライブ形式です!」とのこと。今回はVRヘッドセットOculus Questを使用して参加した。

開演前、待っていると連番となったホロライブバーチャルアイドルがすぐ左隣にやってくる。天音かなたいわく「デート」しているシチュエーションらしい。

「何歌うと思いますかー?」「楽しみだね!」など話しかけてくれるので、あっという間に疑似デート感覚に落ちてしまう。彼女たちの視点それぞれの身長に準じているようで、背の低い宝鐘マリン(150cm)は(観客の身長がどうあろうと)相対的に小さく、見下ろす形になる。

ステージがはじまると、ここからはガチのライブパフォーマンスが行われる。VR空間を利用した演出で、パフォーマーの姿が彩られる。

それを隣席のバーチャルアイドルと一緒に応援する。時々こちらを向いて「かわいいね!」など話しかけてくれる。彼女らに顔を向けてくれた時、目が合ったかのような錯覚に陥る。

宝鐘マリンはヲタ芸を披露してくれるので、目が離せなくてステージと左隣りを視線が行き来してしまう。天音かなたが隣にいるときはドルオタっぷりを発揮し、限界化するのが視界に入って、ついちらちら見てしまう。

ラストの曲を終えると、パフォーマー側は普通にステージを去っていく。残された連番アイドルは「デート楽しかったね」「かっこよかったー」などライブの感想をこちらに語ってから、会場を去っていく。

一部と二部で隣席とステージのアイドルが入れ替わる。宝鐘マリンはこれを「隣りにいた女の子がアイドルとしてステージにいる姿を見ると興奮する」「後方彼氏面で『さっきまで俺の隣にいたんだよな、フフ』ってなっちゃってるんじゃないの?」と表現。通しで見ることで初めて理解できる特異な感覚だ。

メタ視点でみると、VARKでの観客への会話は一人ひとりに対してのものではない。最前列中央のポイントに存在している概念観客(カメラ)との会話だ。しかし開演中そんなことは全く感じない。自分とアイドルの2人で会話している気分に十分なれる。バーチャルアイドル側のトーク技術が巧みだからだ。

VARKのシステムとの相性

VARKには超至近距離までパフォーマーが近寄ってくる演出機能が備えられている。VRChatなどと違って観客があちこち移動せず、固定された場所で観劇するスタイルならではの演出手法だ。

どちらかというとそれはおまけ要素として使われることが多かったように思う。VARKが商業的に行った初のVRイベントは、2018年12月のYuNiのライブイベントだ。「エイリアンエイリアン」に合わせて目の前に現れ驚かせたり、「きよしこの夜」で2人きりのしっとりとした聖夜を演出したりと、アーティストYuNiの世界観表現の一環として用いられていた。どちらかというとこの時の演出は「お茶目ないたずらっ子が近づいてきた」という感覚が強かった。

朝ノ瑠璃も2019年5月、VARKでライブを行っている。後半の曲で突然画面転換し、和風な外の世界に。目の前で歌っていた彼女が消えたと思ったら、観客の右側に腰掛けていてびっくり、という演出があった。至近距離で隣りにいる時間がものすごく長かったこともあり、意識的にドキドキ要素が組み込まれていた。

VTuberが至近距離に近づいてくることを、ファンの間では「ガチ恋距離」と呼ぶことがある。目の前にアップになって近寄ったら恋に落ちちゃうじゃないか…という意味のスラング。もちろんそれだけが狙いの演出ではないのだが、「ガチ恋距離」特化でいけばエンタメとしてものすごい威力を発揮できるのではないか? というのが今回のスタンスだろう。

最高度にガチ恋距離を活かしたのは、アフタートークだった。こちらでは同時に目の前の至近距離まで降りてきて、2人で「こっちを見てよ!」と観客を奪い合うわちゃわちゃしたやりとりを見せた。さらに密着度の高い観客へのハグなど大胆なファンサービスを行ってくれた。

これはライブ自体には関係のないお遊びなので、アフターにまでVRで来る熱心なファンに向けての特典にしたのは正解だろう。やたらと身体を擦り付けてポーズを取る宝鐘マリンと、上目遣いでこそこそ近寄ってくる天音かなた。近いからこそ動きがより鮮明になり、キャラクターの性格が直接的に表現された。

ニコニコ動画でも配信されていたこのライブは、隣席の相手はワイプ表示になっている。これはこれで解説窓のようで面白いのだが、デート感はどうしても薄まる。そのかわりステージのカメラワークはダイナミックで見ごたえのある映像になっているので、VRとニコニコの両方のチケットを買って見ている人は多そうだ。

ステージと擬似デートを両立

今回の新しい試みは、一定のコアファン層をピンポイントに刺しに来た内容だった。なので「これがライブの究極形」とは言い切れない。しかしこの新しいチャレンジは抜群の成果を得るものになった。実施したのがホロライブという「アイドル」売りの事務所だったのも大きいだろう。「ステージ」と「疑似デート」、両方をメインコンテンツにすることに成功している。

目の前にアイドル。左手にアイドル。まさに目移り状態。推しが左にいた場合、ライブそっちのけでずっと見つめてしまった人もいるだろう。ライブを見ている彼女の姿こそが、エンターテイメントだからだ。だから隣席モードになっている彼女たちは一切手を抜かない。ずっと話しかけ続けてくれる。

場内が暗転して曲の入れ替えに差し掛かっても、暗闇の中で「楽しみですね!」など声をかけてくれる。細かいところまでアイドル本人の徹底した疑似デート演出技術が行き届いていた。

隣席スタイルのメリット

今回のライブはステージ上の演者、観客、どちらにとってもプラス要素があった。

VARKは観客の声がスピーカーから出ない。文字チャットを打つ機能もない。自分たちの意志は、定型文コメントを選択するか、拍手などのアクションを起こすか、アイテムを投げるかで表現する。もっとも通常のライブは客席で「観る」のが一番重要なコンテンツなので、これだけで十分だ。

画面に定型文コメントが流れアイテムが乱舞する様子は、とてもにぎやかなので寂しくはない。周囲には擬似的な観客が並んでいるので孤立もしていない。しかし、孤独ではある。周囲の人と話すことはできないし、感想を言い合う友人も会場にはいない。

そこを今回のライブはクリアした。ひっきりなしに話しかけてくれるバーチャルアイドルがいる。リアルタイムに感動を分かち合う相手がバーチャルな形で存在している。

今までは演者側もVARKのリアクションシステムの他、ニコニコ動画での配信コメントを見ることができるので、寂しさはなかったはずだ。しかしVRライブはコールアンドレスポンスがめちゃくちゃ難しい。

そもそも観客側は声が出せない。笑わせるトークをしても、観客が笑っているかどうか知るのにタイムラグがあるのでテンポが不安定になってしまう。

今回のライブではステージ上の演者が、観客席にいるアイドルとトークするシーンが多々あった。コールをすると、声の出せない観客の代弁者として連番アイドルがレスポンスしてくれる。

そのため演者が反応を待つ無音の瞬間がない。いわばガヤの役割も果たしているので、トークパートはかなりやりやすそうに見えた。「みんな来てくれてありがとう、うれしいよー」という天音かなたの語りかけに、咄嗟に隣席の宝鐘マリンが「俺もうれしいよ!」とオタクコール。ステージの上と下で仲のいい会話のやりとりをしていること自体を客観的に眺めるのも、エンターテイメントの1つになっている。

今後の可能性

今後も「ふたりでみるホロライブ」は3回目まで開催が確定している。次回はロボ子さん常闇トワ。今回の2人とは大分違った雰囲気になりそうだ。

目の前のステージと隣の観客席の2つの動きをいっぺんに見せるのは、場合によってはノイズになるので、演劇のような集中して見るものにはあまり向いていない。しかし情報量が多いからこそ、できることは無数にあるだろう。

例えば映画同時視聴。でびでび・でびるのような映画に詳しいVTuberと隣席になり、解説を聞きながら目の前で流れる映画を見るイベントは技術的に可能そうだ。スポーツ観戦も面白そうだ。目の前で流れる試合を、大空スバルと舞元啓介などが隣で実況解説してくれたらかなり需要があるだろう。なんらかの授業をVTuberと隣席で一緒に受けるのも楽しそうだ。

VRChatやclusterなどのバーチャル空間だと、本当に一対一で「隣になる」のは可能。これはVARKではできない。しかし多人数対一人、というのはVARKのシステムだけの特別な体験。今回の成功で商業的な大きな可能性を秘めているのが見えてきた。

このスタイルのイベント、OculusQuest2の発売でユーザーが広まったら、さらに何か新しいことに挑戦してくれそうだ。できれば視点移動による酔いを軽減し、デート気分をより満喫するため、6DoFへの対応に期待したいところだ。

執筆:たまごまご


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