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話題 2022.08.31

VRChatの演劇がヴェネチア国際映画祭に出展「Typeman」は、”私とあなた”がいて成立する複製不能な作品

VR演劇作品「Typeman」が、第79回ヴェネチア国際映画祭クロスリアリティ(XR)部門「Venice Immersive」にノミネートされました。今作は、VRアニメーション監督の伊東ケイスケさんが監督を担当。VRアニメーション「Beat」「Clap」に続き、3年連続のノミネートです。

今回はヴェネチア国際映画祭の開幕を8月31日に控えた8月23日に、WOWWOW辰巳放送センターにてオフラインで開催された体験上映会に参加してきました。本記事ではそこで実際にVR演劇「Typeman」を筆者が体験したレポート、そして体験会後に本作制作チーム3名に対して行われたインタビューの模様をご紹介します。

鑑賞ではなく、体験する作品

体験用として渡されたVRゴーグル(Meta Quest 2)を被って、まずびっくりしたことは、
「あれ?すごく既視感のあるUIの表示と操作感…。あ!ここ、VRChatだ!!」ということでした。

その瞬間「つまりVRChat上でヴェネチア国際映画祭にノミネートされるほど作品が生まれたということ…!?」と気づいたのですが、その時点ではその事実のとんでもなさを自分の中で全く消化できないまま、「とにかく今からヤバいものが始まるということだけはわかったぞ…」と覚悟を決めて体験に臨みました。

体験が始まってまず印象的だったのが、最初に体験者自身が”大きなボタンを押す”という演出です。これがこの作品を楽しむ上での必須のチュートリアルであり、この後の展開の布石であることが、体験していく内に徐々に判明していきます。

また体験者のアバターには身体がなく、コントローラを動かす自分の手と同期した”両手”だけがアバターとして付与され、その両手だけが自分自身と他者に見えている状態でした。

上演がはじまるまでの間、体験者の私たちは小さな部屋の中で待っていました。その待っている間は通常のVRChatと同様きょろきょろあたりを見まわしたり、部屋の中を自由に動き回ったりすることができて、その時点で体験者に与えられた自由度が高いことがすでに察せられました(※なおマイクに関してはオンにしないよう事前に注意がありました)。

その後、私たち体験者がいる小さな部屋に、タイプライターの頭部と人間のような四肢を持った出で立ちのTypemanが現れて、物語が展開していきます。Typemanの風貌や演技、部屋に出現するものの質感、ギミックなどなど、「え!? VRChatでこんなこともできるの!?」「私の知ってるVRChatと違う…!!」とひとつひとつに驚いている間に次々と物語が展開していきます。

また特筆すべきこととしては、Typemanは全く言葉を発さず身体の動きだけで感情を表現しており、説明的なテロップもなく、ほぼ非言語の状態で物語が進行するということ、そして物語を次の段階へと展開させるためのトリガーを引く行為は、いつも体験者側に委ねられているという点です。

体験者が能動的に動いてそれを実行しなければ物語は先へ進みません。そこで確かにこれは”鑑賞する作品”ではなく”体験する作品”であるということが理解できました。

現状のVRや特にVRChatの特性として、リアルタイムに人間の細やかな身体の動きを再現するというところの技術の発展は目覚ましい一方、人間の表情のリアルタイムの細やかな再現は不得手な印象です。

そんな中で本作は「顔の表情で感情を伝える」という要素を作品上から一切削いでいました。そこが個人的に本作の上質さを損なわせていないポイントだと感じました。

Typemanの記憶を共に辿りその果てでTypemanと体験者が互いに抱く感情は毎回オリジナルなもので、それこそがこの作品が「なぜ一回性のVR演劇としてこの作品を作られたのか」の答えだと考えます。

「Typeman」制作チームインタビュー


(左:YAMATOさん 右:伊東ケイスケさん)

体験上映後、「Typeman」制作チームの下記3名にお話を伺うことができました。

・監督 伊東ケイスケさん
・エグゼクティブプロデューサー 藤岡寛子さん(株式会社WOWOW 技術局技術企画部 チーフプロデューサー)
・振付&アクター YAMATOさん

――今作に至るまでのアイディアはどのようにして生まれましたか?

伊東監督:
今回振付とアクターとして参加いただいているYAMATOさんには、前作「Clap」でも振り付けをやっていただいていたんですが、その時に見たYAMATOさんの演技がものすごかったんです。そんなYAMATOさんの演技をこのメタバースっていうバーチャルな空間で体験者の人にすごく近くで見てもらうことができると、そういうことができるのってメタバースしかないなと思ったのが最初のきっかけです。

――本作はVRChat上で制作・上演されているとのことですが、伊東監督ご自身も元々VRChatユーザーでいらっしたのでしょうか。

伊東監督:
そうですね。そんなにガチ勢ってわけではないんですけれどもVRChatはやってますし、本作を作る前から魅力も感じていましたね。

――今回VRChatユーザーの方をスタッフとして多く起用されていますが、どういうきっかけで知り合われたのでしょうか。

伊東監督:
元々ですね、YAMATOさんを起用してVR演劇を作りたいっていうコンセプトはあったので、それを実現するために、まずVRChatにものすごく詳しい人が必要だということになりました。そこでまず「マツコ会議」に出たりされていてVRChatの中でも有名なタナベさんにお声かけしてコンセプトをお伝えしたところ、色んな方を紹介していただけたという経緯ですね。

――『カソウ』舞踏団のYOIKAMIさんもその流れでジョインされて。

伊東監督:
そうです。はい、VRChat内で顔の広いタナベさんがもう全員と繋げてくれて。

――今回演者の動きのリアルタイムなトラッキングについてはどういう環境でやられていたんでしょうか。

伊東監督:
4つのポールに立てたセンサーを使いつつ、頭と腰と両足先、両手の6点のトラッカーというVRChatでは比較的ベーシックな構成になってます。

――VRChat内での6点のフルトラッキングは、特に足がぶれがちな印象がありますが、本作では全身とても綺麗なトラッキングが実現されている印象でした。それを実現するための環境はどのように整えられたのでしょうか?

伊東監督:
機材がきちんと揃っているというのももちろんですし、あとはYOIKAMIさんのアドバイスがとても的確で、VRのフルトラッキングに関する知識がすごかったです。トラッカーの取り付け方ですとか、トラッカーを付けるベルトに関しても「Amazonのこれを買った方がいいですよ。」ですとか、その他設定もすごく細かいところまで見ていただいてあの精度が実現できてるんですね。

あとコントローラーについてはValve Indexという製品を使っています。これは手の動きが全部トラッキングできるんです。 演技において指の動きってすごく大切だと思うんですけど、そこをしっかり認識して再現できるデバイスを使っています。

――トラッキング用に使われていたデバイスの具体的な名称を教えてください。

伊東監督:
VRゴーグルとコントローラは、Valve Indexを使っています。腰と足につけているセンサーはVIVEトラッカーです。さっきの上演中YAMATOさんが実際に動いているところの映像を撮ってたんですけど、こんな感じですね(取材陣に映像を見せてくださる)。こんな感じで広い空間を歩き回って走り回って。しかもValve Indexは有線の環境で動かしているので、そのコードが絡まらないようにとか、YAMATOさんがそこはものすごい工夫されて考えながらやってくださっています。

YAMATOさん:
そういうコードの処理もあったりして最初はすごく苦戦しましたね、生身では元々色々な舞台とかに立たせてもらってやってきてるんですけど、 それと同じようにバーチャル空間上で動こうとしても、そういう技術的な面で考ながら動かないといけないことがいろいろあってっていうので、やっぱり慣れるまでには時間がかかりました。

――VR上で綺麗に動くための、YAMATOさんの演者としての工夫はありますか?

YAMATOさん:
トラッカーの設置位置がズレると、トラッキングが外れてしまうので、身体に付けたトラッカーをぶつけたり動かしたりしないようにっていうのと、服で腰のトラッカーが隠れちゃったりしないようにとか、とにかくそこだけはすごく注意するようにしています。あとはVR上の演技では何ができて、何ができないかをYOIKAMIさんに教わったので、それが大きかったかもしれないです。 「身体のここを細かく動かしても、そのディティールをトラッカーは拾ってくれないのでその動きは他の人からは見えません」っていうのを教えてもらっていたので。

伊東監督:
トラッカーの位置がすごく大切なんですよね。つま先にトラッカーをつけないと、つま先の動きが取れないから、なるべくつま先にとか、装着する時のテクニックがすごく細かくあるんです。

――その装備がまずとにかく大事だということ。

伊東監督:
アバターも骨(※操作用のボーン)から作ってるんですけど、それもちゃんと動きが滑らかに見えるようにとか、そういうところから、全部細かいところまで今回の演技に特化させた作り方してますね。

――アバター制作の時点から、そこまで考慮して作られているという。

伊東監督:
そうです。こういう動きが多いから、ここをこう入念に作っておこうとか、綺麗にやっておこうとかは、もう全部あらかじめ考えながら。

――今回の制作プロセスについて教えてください。

伊東監督:
僕の作り方としては元々まずキャラクターから入るんですね。 今回はまず”YAMATOさんに何になっていただくか”というところから始めたんですけども、そこでまずモチーフを決めました。今回で言えばタイプライターですね。

”I AM HERE”を元に作ろうっていう中で「そこから想起されるようなものは何か」って言った時に、時代に取り残されたタイプライターが出てきたんですね。で、 そのタイプライターがTypemanという形になり、生まれたというようなところから、「そのTypemanはどういった背景を持っていて、どうやって体験者とリンクしていくのか」って考えていくうちに、ストーリーが出来上がっていきました。今回はストーリーを一緒に考えてくださったライターの方がいましたので、その方と一緒に話し合いながら考えていきました。

――ここまでの上演の中で、お客さんが全く思い通りに動いてくれなかったことはありましたか。

YAMATOさん:
ありますね。お客さんに動かしてほしいものを、お客さんが誰も動かさないという日が実際にあって。でも、そこでも”Typemanだったらこうだろう”っていうところを一番大事にしながら色々誘導したり、もしくは自分で動かしたり、その場の感覚で判断していて「伊東さんが作ってくださった世界に僕もTypemanとして入るだけ」という風に思っています。

――演じる俳優側の感覚としては、演劇と大道芸の中間みたいな感じが近いんでしょうか。

YAMATOさん:
そうですね、そうそう、どちらかというと大道芸の方が近いのかもしれないです。僕も実際そういう経験をちょっとしたことがあってその楽しさも知っていたので。

あとそれに加えて元々”踊りだけで物語を伝える”っていうこともやってるので、「こういう風に動いたら、こういうふうに伝わるよな」っていうのも、なんとなく感覚的にわかっているつもりなんです。なので、今回発話のないこういった作品の中で、色々とそういうところの感覚をミックスして表現できたらいいなと。

伊東監督:
あと実はあの(バーチャル会場の)上に控え室があって、コントロールする人が上から見てるんです。 なのでフレキシブルに進めてるんですよ。実際の観客の人たちの動きを見ながら、もしこちらの想定した通り動いてくれなかったら助け船を出したり。そういう風にきちんと話が展開するための手助けができるような用意もしてあります。

――本作でTypemanを演じられるのはYAMATOさんだけなんでしょうか。

伊東監督:
Typemanという人格を作る元になったのは、YAMATOさんなんですが、YAMATOさんも他の公演との兼ね合いもあるので、YOIKAMIさんとTARAKOさん(ともに『カソウ』舞踏団)にも演技を覚えていただいて、参加していただいています。

――Typemanは作品としては、今後どういうところで披露していくイメージなのでしょうか。

藤岡さん:
まずは映画祭やイベントやアワードなどで、このコンテンツがどれだけ世の中に認められるかっていうところに挑戦していきたいです。なので第一としては、そういうところでの外部の評価を得ることを目標にしてやってる感じですね。

あと、もうちょっと先の話なんですけど、例えば今他社でバーチャルの街を作られていたりしますが、そういう場所って基本的に1回行くともう次に来るきっかけがなかったりすると思うんです。なので「Typemanを見にバーチャル空間のあの街へ行こう」という訪問のきっかけ的な存在になれるように、理想のイメージとしてはそういったところを考えて作っています。

――本作は一方通行な”見せる”の表現に終始するでもなく、かといってインタラクティブ性やコミュニケーションに偏り過ぎるでもなく、ご自身が表現したいことと、お客さん側の自由度の両立のバランスがすごくいいと感じたんですが、そのバランス感覚をどういう風に伊東監督は養われていったのかなというところが気になりました。その点についてはいかがですか。

伊東監督:
このバランス感覚って僕は天然だと思っていて。というのも、僕は自分のキャラクターをイマジナリーフレンドみたいな感じで作るんですね。そしてそのキャラクターとじゃあどう関わろうかという中で作品ができていくので、あんまりその「見せよう」とかも思わないし、インタラクティブがどうこうという小難しいことも考えないで、ただただ「そのキャラクターとどう関わったら面白いだろう、嬉しいだろう」「自分自身がそれを見たいな」というところで作ってるので、まあ、もう”関わり”なんですよね。

なので、スクリーン映画から入ってVR作品を作ろうっていう人は、「作品を人に見せよう」という風にきっとなると思うんですけど、僕の場合は元々そういう考えでは物を作ってなかったです。

以前はCGをスクリーンで作って短編映画を作ってましたけど、そういう形だと「窓の外にキャラクターがいて、彼らと自分の間にはちょっと距離があって、残念だな」と元々ずっと思い続けていました。そこにVR技術ができて、「あ、やっと会えるようになったな」とそういう感覚だったので、最初から一方的な「見せる」をやるつもりはなかったです、という感じです。

――技術的に可能かどうかや、可能にするだけの技術が現実にあるかうんぬん以前に、そもそもまず最初にご自身の中でそういう感覚があったっていうのがすごく面白いなと思います。

伊東監督:
そうですね。なのでそういうことが出来ると初めて知った時は、今まで閉じてたその窓がパカって開いたような感じでした。感覚として。

――そういう意味で今の段階でのVRの技術っていうのは、ご自身のイメージを実現できるレベルまで達しているのでしょうか。

伊東監督:
今までも心臓の鼓動で繋がったり、拍手であったりこれまでの作品でも色々やってきましたけど、いや、まだまだ色んな可能性があるんじゃないかと期待して、欲が出て、 もっとだなって思ってます。もっともっとこの先があるんじゃないかと。

――どんどん作品ごとにやっぱりすごく尺も伸びてますし、世界観もすごくディープな感じになっていっていますが、それに合わせて制作時間も伸びているんですか?

伊東監督:
そもそも、ヴェネチア国際映画祭のために作ってるところが結構あるので、スケジュールは毎回同じなんですね。実働のペース的にも大体重なってきてるかなと思います。なのでもうあとは”頑張り”とかで調整して。あとやっぱり今回はすごく心強い、VRChatに詳しい方々に精力的に協力していただいたおかげっていうのがあります。

作中のボタンを押すシステムとかも、あれはVRChatで開発した人だったらわかるんですけど、あんなの本当は普通はできない、信じられないような技術なんですよね。ただタナベさんの紹介していただいたエンジニアの方々はそれが実装できてしまうほど、ほんと世界レベルで見てものすごい技術を持たれているんですよ。

藤岡さん :
なのでBeatとCrapに対し、Typemanの制作に関しては制作規模として少し大きくなっています。協力者の方が増えている分、Beatなんてほぼほぼ監督が1人で全部作られてたのが、今作のように稼働を分散できることによって、これまでと制作期間は変わらないのにも関わらず、色々大きいものが作れているというところもあるのかなと。

――ヴェネチア国際映画祭ではYAMATOさんが一緒に行かれてやられるということなんですよね?

YAMATOさん:
いえ、僕はここで。

藤岡さん:
リモートです。通信環境的なところも含めて、現地で場所がないか探したんですけど、見つからず、で。また、YAMATOさん以外のYOIKAMIさん、TARAKOさんはそれぞれのご自宅から参加されます。

――本作の制作の上で1番ここが難しかったというポイントはありますか。

伊東監督:
エンジニアリングがすごく難しいんですね。特に同期という部分が。しかも未知のバグもたくさんある中で作っているので。ほんとにまだ黎明期で全然環境が整ってない中で右往左往をしながら作ったので大変でしたね、思ったようにならないので。

――つまりここからヴェネチアまでに、例えばVRChatに大型アプデが入ると困るみたいなことも…?

伊東監督:
もちろんです。最近もそれが実際にあって色々と不安定になってるっていうのが、やっぱりヒヤヒヤなんですけど。

――その同期についてはどういう風に確認していったのでしょうか。

伊東監督:
自分の家にパソコンを何台も並べて同時にアクセスして、こっちのパソコンで見ながら、別のコントローラを動かして…とかそういう感じで。あとはVRChat勢の方々に「一緒にログインして同期の状態を見てくれませんか。」とお願いしたり。ただ、そういった環境でしたからコロナとかも全く関係なく、会わずに制作できたのは個人的に合っていたなと。

――監督が考えるTypemanのキャラクターとしての最大の魅力はどんなところでしょうか?

伊東監督:
言葉で言うと説明しにくいですね。なんていうかYAMATOさんのその動きが僕は大好きで、もうあれがそのTypemanの性格の全てを物語ってるというか、僕にとってはすごく愛らしく感じるんですけど、 ちょっとほっとけない感じというか、無邪気でもかっこよくてみたいな、魅力的じゃないですかね、っていう。

藤岡さん:
YAMATOさん的にTypemanの役作りとしてはどういうキャラクターにしようと考えられたんでしょうか?

YAMATOさん:
1番最初にタイプライターから擬人化した瞬間は、やっぱり生まれたてだと僕は思っています。 生まれたてなんですけど、そのTypemanとしての記憶もある。それがちょっとずつ呼び起こされていくっていうところで、それに伴ってちょっとずつ成長していくというのを、 体験者と一緒に感じていけたらいいなっていう風に思ってやってますね。

――今回こういった作品を作るにあたって技術的な情報収集をする中で困ったことはなかったですか?

伊東監督:
今回、VRChat勢で入っていただいたヨドコロちゃんらくとあいすさんがめちゃくちゃできるエンジニアで、もう僕がわからないことは全部お二人に聞けば何でも解決しましたね。それこそ1分くらいで返信が来て即解決みたいな感じだったから、ものすごく心強くて。

VRChatのこういうところってマニュアルも何もないんですよね、現状。そんな中でもう全部を知ってる方々だったから、こんなに心強い環境はないだろうっていうぐらいすごく心強い環境でしたね。

――今回の制作を通してでできたそのVRChat界隈の皆さんとの繋がりやそこから得られたものは今後の制作にも生きていきそうですか?

伊東監督:
もちろんですね。可能ならぜひ今後もご一緒できたらなって思います。

――エンジニアリングの面で特に鍵になったようなポイントっていうのはあるんでしょうか?

伊東監督:
最後のセッションシーンですね。あのシステムはものすごいんですよ。海外の映画祭の審査会とかに行くと、「これどうやったの」って絶対聞かれるんですよ。そのくらい、訳がわからないくらいすごいことをやっているんですよね。ちゃんと同期していて、さらにリズムにも合っていて、いつ押してもちゃんと音楽にあうようになっていて、音程も変わって。信じられないことをやっているんです。

――今回伊東監督はこの劇中に出てくるものは、全てご自身でデザインとモデリングまでされているってことなんですよね?

伊東監督:
はい、そうです。

――Typemanもですし、その出てくる1個1個の小物とかも全部ご自身で。

伊東監督:
はい。全部そうです。全部作って、手で塗って、みたいな地道な作り方です、いつもの通り。

――本作のデザインやモデリング上で意識された時代背景やこだわりを教えていただけますか?

伊東監督:
時代背景についてはタイプライターのあった1920年代から、1980年代ぐらいまで、まあ大体ですけど、そういう風に想定はしていて合わせてるところがあるんですけども。こだわりについては、VRのイメージって結構ぺったりしたような、単色であるというかそういうイメージを僕は払拭したくて。

「いや、VRってここまでできるんだぞ」と、光沢感だったり錆感だったりっていうのをしっかり作るようにしています。そこはたくさんの人にVRを知ってもらうために大切なことだと思うので、特に意識してそう作りました。

――3回目のヴェネチア国際映画祭への意気込みを一言お願いします。

伊東監督:
せっかくですから「受賞できればいいのにな」っていうのは、もちろんありますし、あとは色々なVR関係のディレクターが今、海外の人も含めて知り合いができてきているので、ヴェネチアで再会できるんですね。 そういったことがすごく楽しみなので、向こうで一杯できたらなと思っています。

現実で目には見えないけど本当はそこにあるもの

作中で”自分の手を自分で叩いても何も起こらないけど、ほかの人(Typeman)と手を重ねると文字がきらきらと弾ける”という場面がありました。その瞬間、自分の心に灯りが灯るような気持ちになり、「見えてないだけで現実でも本当はずっとそうだったのかもしれない」と感じました。

VRは日本語で「仮想現実」と訳されて、現実ではまったく有り得ない虚構・イミテーションを見せるものという印象がありますが、しかし映画や演劇が”現実で目には見えないけど本当はそこにあるもの”を見せてくれる媒体であるように、VRもまたその手段の一つであるということへの確信が、Typemanの体験を経てより深まりました。

現実では目に見えないものを本当に目に見えるようにできること、逆に現実で絶対的に存在しているものを消してしまうことで返って浮かび上がってくるもの。

本作は現状のVRの特性をとても細やかに熟知した伊東監督が、VRの技術としての可動域を最大限生かしてご自身の作品にそれを昇華しまとめ上げた、演劇としてもVR映像作品としてもVRChat上の作品としても最先端の作品です。

2022年現在においては、(元々VRコンテンツに慣れ親しんでいる人を除くと)本作の”体験者”の自由度を理解し体感することが、もしかしたらまだ一般的には少し難しいことなのかもしれません。

そして今後VRやxRの分野が世界や日本においてどのように発展、また普及していくかも未知数ではありますが、ただxRの発展の仕方がどうであれ、Typemanをこのように作り上げた伊東監督の手掛ける作品が今後、今以上に世界中の多くの人に体験され、愛されるような時代が近い将来訪れることは間違いないと感じました。

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