昨年以降「空間ビデオ」という言葉を聞くことが増えた。
特に熱心なのはアップルだ。空間コンピュータ「Apple Vision Pro」で採用後、「iPhone 15 Pro」シリーズでも撮影可能になり、知名度が一気に上昇した。ただ、「XREAL」や「VITURE」など、いわゆるサングラス型ディスプレイを製造している企業も「空間ビデオ」という言葉を使い、製品にその価値を取り込もうとしている。
空間ビデオとはどういうものなのか。ここで改めて解説してみたい。
空間ビデオは「すでにあった」もの
空間ビデオの正体はシンプル。右目用・左目用の映像を1つにまとめた動画のことだ。HMDを含め、適切な機器で見ると立体感を感じる。いわゆる「立体動画」と言っていい。だから実際には、「撮影した時の視点で、立体感を感じられる映像」というのが正確だろう。
空間ビデオは「撮影時の視点」を再現する技術に近い。左右の目を模した2つのカメラで撮影し、それを左右の目に別々に再生すると、立体感・実在感のある映像になる。過去の製品では「3D動画」と呼ばれることが多かったし、もう少し技術的に正確な形として「ステレオペア動画」とも呼ばれた。仕組み的には非常にシンプルで、19世紀に写真が生まれると同時に発生したやり方を踏襲したもの、と言える。
空間ビデオというと「空間全体を表現した映像」のようにも聞こえるため批判されることも多い。確かに将来、本当に「空間全体を表現するビデオフォーマット」が出てきた際、それに「空間ビデオ」という呼称が使えない、という問題はある。だがまあ、手垢がついている上に誤解も多い「3D」という言葉や、技術的すぎる「ステレオペア」という言葉を避けると「空間ビデオ」になるのもわかる。
アップルのアピールに各社が同調
空間ビデオという言葉を使い始めたのはアップルだ。
2023年6月、Vision Proが発表される際にコア機能の一つとして訴求され、9月に「iPhone 15 Pro」シリーズが発売された際にも訴求された。iPhone 15 Proでの空間ビデオ撮影は2023年12月のOSアップデートから実装され、2024年2月に発売されたVision Proでも可能になっている。アップル製品の写真管理アプリ「写真(Photos)」でも、写真の分類種別として「空間」という項目が用意された。

(アップルの「写真」アプリには、すでに「空間(Spatial)」という項目がある)
さらに、秋公開のVision Pro用OSの新バージョンである「visionOS 2」では、通常の静止画写真を「空間フォト」に変更する機能が搭載される。

(visionOS 2は静止画を「空間フォト」化する機能を搭載)
Vision Proで見る空間ビデオの品質は素晴らしい。他の製品でも視聴できるが、現状トップクオリティなのは「Vision Proで見る時」と言って過言ではない。アップルとして空間ビデオを推すことは、Vision Proの拡販であり、将来の廉価版に備えた準備という部分が大きい。
アップルのような大企業が新しい用語を使い始めると、ニュースやウェブなどで露出が多くなって目にする機会も増える。他の企業としても、よほど強く反目しているのでない限り、この種の流れにはうまく乗っていく方がプラスではある。
というわけで、アップルが12月にiPhoneでの空間ビデオ撮影に対応すると、VITUREはiOS版のアプリ「SPACE WALKER」で空間ビデオ再生に対応、同様に独自のアプリで「空間ビデオ撮影」「空間ビデオ再生」を行うアプリ開発元が増えていった。iPhone 15 Proが撮影に正式対応したことに加え、iPhoneのインターフェースがLightningからUSB Type-Cに代わり、サングラス型ディスプレイを直接接続できるようになったのも大きいだろう。結果として、空間ビデオをすぐ、簡単に視聴しやすくなっている。
またXREALは、自社オリジナル端末として「XREAL Beam Pro」を発表。カメラを2つ搭載し、空間ビデオ撮影ができることをウリにするようになった。

(「XREAL Beam Pro」のカメラ部。空間ビデオのために2つ搭載されている)

(XREALと接続することで、撮影した空間ビデオを視聴可能となる)
HMD関連では、過去から3D動画(空間ビデオ)の視聴に対応していたが、「できるけどけっこう面倒」な状況が続いていた。ただ、アップルの対応を追いかけるように状況は変化している。Metaは2024年5月に公開したMeta Quest用システムソフトウエア「v65」から、iPhoneで撮影した動画を転送してMeta Quest上で楽しめるようにもなってきている。
標準フォーマットを使って左右の目の映像をセットに
アップルが提唱した「空間ビデオ」がアップル製品以外でも利用されているのには理由がある。
1つ目は「そもそも独自規格ではない」こと。アップルが使っているフォーマットは「ISO base media file format(ISOBMFF)」と呼ばれる標準規格を元にしている。ISOBMFFはアップルがQuickTime形式をもとに提案した方式ではあるのだが、空間ビデオのためのものというわけではなく、ざっくり言えば「1つのファイルの中に複数のオブジェクトを配置する」技術と言える。
この種のフォーマットでは、複数の視点での動画再生を「マルチビュー」として扱う。そこで左右それぞれの目に合わせた映像(すなわち2視点の映像)を収納し、視聴に必要な幾つかのパラメーターを追加したのが、アップルの空間ビデオフォーマットこと「Apple HEVC Stereo Video Profile」である。
詳細な情報は以下で公開されているPDFに記載がある。
.Apple HEVC Stereo Video
Interoperability Profile (Beta)
https://developer.apple.com/av-foundation/HEVC-Stereo-Video-Profile.pdf
空間ビデオの立体視に未対応なデバイス(すなわちほとんどの機器)では指定した「どちらかの目のための映像」が再生され、対応機器では2つ目の視点が「もう片方の目の映像」として再生される。当然データ量は多くなるが、HEVC形式の動画が再生できるなら、どの機器でも動画自体は再生できる。
空間ビデオは2画面分の動画を記録することになるので、普通の動画に比べデータ容量は増える。
しかし、撮影タイミングは常に「その瞬間」しかない。だから、現在の視聴に不都合がなく、のちに空間ビデオとして楽しめるなら、積極的に空間ビデオで撮っておいた方がいい……という話につながる。
撮影対応はアップル製品からだが対応機器は拡大
空間ビデオ自体は非常にシンプルなフォーマットだが、撮影できる機器は限られている。
現在の空間ビデオと過去のものの大きな違いは、「片目あたりの動画の解像度が高い」という点が多い。過去の専用機器だと480pや720p程度が多かったが、現在は1080pとなり、動画としての質が高くなった。体験が上がった理由はここにもある。
一方で、撮影には当然「左右の目の位置を想定した」カメラ配置が必要になる。
写真は、iPhone 15 Pro MaxとiPhone 15のカメラ部の比較だ。空間ビデオ対応の 15 Pro Maxは標準と超広角のカメラが縦に並んでいて、スマホを横持ちすれば「水平に並んだ目」の位置を模すことができる。


(上がiPhone 15 Pro Max、下がiPhone 15のカメラ部。空間ビデオが撮影できるPro Maxとはカメラの配置が異なる点に注目)
これは予測だが、2024年秋発売と目される「次期iPhone」では、Proモデル以外でも空間ビデオの撮影が可能になるのではないだろうか。そのため、カメラの配置な「斜め」ではなく「並んだ」形に変わるのではないだろうか。
Androidにも複眼のスマホは多数あるが、2つのカメラが垂直もしくは水平に並ぶ機種ばかりではない。そのため現状、Androidで「空間ビデオ撮影」を謳う機種はほとんどない。前出・XREAL Beam Proは、目の距離に合わせて比較的幅が広い配置になっているが、これは特殊な例と言える。
XR機器に関しても、Mixed Reality向けにステレオカメラがあれば、空間ビデオの撮影は難しくない。Vision Proも空間ビデオの撮影に対応しており、現状では、iPhoneで撮影したビデオよりも体験が良い。ただ、XR機器に搭載されているカメラは「撮影用」ではなく「センサー」という意味合いが強いので、XR機器自体で空間ビデオ撮影に対応しているのはVision Proくらいのものである。
一般のカメラ向けの動きもある。キヤノンはアップルと提携、空間ビデオ撮影用のレンズである「RF-S7.8mm F4 STM DUAL」を2024年内に発売する。こうした製品が多数出てくると、スマホ以上に質の高い空間ビデオ撮影が容易になってくるだろう。

(キヤノンが年内に発売を予定している、空間ビデオ対応レンズ「RF-S7.8mm F4 STM DUAL」。同社のカメラと組み合わせて質の高い空間ビデオ撮影を実現)
前出のように、空間ビデオのフォーマット自体はシンプルなものだ。アクションカメラや一眼カメラなどを並べて撮影し、そこからフォーマット変換をかけるのも難しいことではない。また、AIを使って奥行きを推定し、2Dの動画から両目用のデータを作り、空間ビデオ化することもできるだろう。
まだまだ視聴機器が限られているので「一気に市場が広がる」とは言えないが、写真・動画の価値を再認識するものとして、空間ビデオは定着していくことだろう。

