VTuber、VRChatやVRゲームなど今やバーチャルなものや体験は一般的になりつつある。そんなバーチャルな体験を語る時に欠かせないのが、没入感や実在感と呼ばれている感覚だ。
VRヘッドセットを被れば視界が覆われ、現実と遮断された世界に体験者は引き込まれていく……。
登場以来、VRヘッドセットは没入できるデバイスとして知られているし、携わる制作者は「いかに体験者を没入させるか」に苦心してきた。
本記事で紹介するのは2023年に結成されたアーティストユニット「Believe us not」だ。Believe us notは。chiepomme氏とRacufee氏の2名組。空間ディスプレイと背景はフォトグラメトリ、インタラクションをとるためにモーターなど様々な仕掛けを組み合わせて、体験者が物語の世界観に引き込まれる作品を生み出した。

(Believe us notの作品「Lulu & Lara」)
デザインフェスタなど、デモ展示の体験者からは驚きの声がSNSでも相次いだ。そしてBelieve us notは一連の作品群「Tokyo Fairies」で2024年に開催されたXRクリエイティブアワードで大賞を受賞。現デジタルハリウッド大学学長の藤井直敬氏、メディアアーティストの落合陽一氏ら審査員からも絶賛のコメントが挙がった。その後、個展の開催など経て、2025年12月に活動を休止している。
バーチャルが当たり前になりつつある今の世に、感動させる作品を作り続けられた秘訣を聴いてみたい。休止中ではあるがBelieve us notの2人にインタビューを行った。
「いつかゲームに入りたい」からOculus Rift DK1へ
ーーBelieve us notのお二人の活動のきっかけからまずは伺いたいと思います。chiepommeさんはずっとVRに関わってきたんですよね?
chiepomme氏:私自身はゲームがすごく好きで、子供の頃から特にMMORPGが好きでした。そのため、ゲームの中に入ることを夢のように感じていました。なので就職先はゲーム会社で、ずっとエンジニアをしていました。今もフリーランスとしてゲーム会社でエンジニアをしています。
一方で、2007年頃から、当時はまだ学生でしたが、初音ミクを題材にした活動を始めていました。初音ミクを使った楽曲制作をして、ニコニコ動画などに投稿していたんです。「UTAU」と呼ばれる個人でボーカロイドを作れるような音源などにも手を出しながらやっていました。
就職してからも個人制作は続けていて。そんな時にOculus RiftがKickstarterで発表されたんです。

(2012年にパルマー・ラッキーが始めたVRヘッドセットOculus Riftのクラウドファンディング)
ーー2012年ですね。
chiepomme氏: さっそくプレオーダーをして到着したのが2013年の10月頃でさっそく触り始めました。
最初はUTAUのキャラクターの3DモデルをVRに出すといったところから始めました。そこからとにかく3Dモデルを出してみたり、いろんな人に被せてジェットコースターのコンテンツなどを体験させたりしていました。
引き続き仕事ではゲーム制作をして、個人制作で音楽を作るというのをやっていましたが、VRにすごく興味がありました。ちょうど仕事でもプロジェクトが終わったタイミングで、他のことにチャレンジしてみようかなと思って、転職しようかなとTwitterで言ったら、株式会社ハシラス(※1)の代表の安藤さんに声をかけていただきました。
※1 株式会社ハシラス:XRを使ったロケーション向けのゲーム・エンタメコンテンツを企画・開発・製造・運用している企業
そのままハシラスでVRコンテンツを作り始めることになったんです。アドアーズさんの「VR PARK TOKYO」など色々な場所で展開するVRアトラクションの制作に携わりました。仕事でVRアトラクションを作りながら、個人でのVRコンテンツ制作も続けていました。
本場ディズニーのライドで受けた衝撃
ーー受賞作品はVRゴーグルではなく空間ディスプレイを使ったものです。VRゴーグル以外にも取り組み始めたのはいつ頃だったのでしょうか?
chiepomme氏:実は、個人的に転機になった出来事がありました。私自身の目標として、非現実に自分が入りたい、ファンタジーの世界に入りたいという思いがずっとあったんです。現実から抜け出したいという願望があって、そのためにVRが一番だと思っていました。
ーー被ったらもう没入できますもんね。
chiepomme氏:空想のキャラクターと会うのもVRが一番いいと思っていました。
そんな時に、アメリカのフロリダにあるウォルト・ディズニー・ワールドに行く機会があったんです。「ちいさなプリンセス ソフィア」が好きだったので、そのキャラクターに会いに行きたいと思って1人で行ってきました。アトラクションを作っているので、本場のアトラクションも体験したいという思いもありました。
エプコットというテーマパークで、アナと雪の女王の「フローズン・エバー・アフター」(※2)というライドに乗ったんです。いわゆるディズニーのアニマトロニクス(※3)を駆使したライドで、キャラクターの表情はリアプロジェクション(※4)で映像として作られていました。

(Disney World公式サイトの「Frozen Ever After」の紹介)
※2 フローズン・エバー・アフター:「アナと雪の女王」をテーマにしたライドアトラクション。東京ディズニーシーにも「フローズンジャーニー」として展開しているが、表現がリアプロジェクションではないなど、フロリダのものと全く同じではない。
※3 アニマトロニクス:生物を模したロボットを使い、リアルで滑らかな生物の演出に用いられる技術。ディズニーのアトラクションではオーディオ・アニマトロニクスという音と連動する仕組みが採用されており、キャラクターに命が宿っているかのような感情豊かな動きを再現する。
※4 リアプロジェクション:背後からプロジェクターで映像を投写する投影方式。より立体感のある表現が可能。
その体験があまりに素晴らしくて、VRゴーグルで体験するときより非現実を体験しているというか、そこにキャラクターがいて生きている感をすごく強く感じてしまったんです。 私としてはVRゴーグルを被るVRが一番没入できると思って何年も作ってきて……ショックでした。
ディズニーは、制作や開発の中でVRゴーグルを使うことはあっても、お客さんにゴーグルを被せるようなアトラクションはありません。私はキャパシティや回転率が一番大きい理由だと思っていたんです。実際体験すると、それだけではないと思いました。非現実の世界に入ることや、非現実のキャラクターがそこに生きて存在しているという感覚に対して、VRよりこっちの手法の方がいいんじゃないかと思ってしまったんです。
自分が今までやってきたことが否定されたような感覚でした。自分がバーチャルな世界に入るよりも、空想の存在が現実の方に出てくるような体験の方が良いのだと気づいた瞬間でした。
ゴーグルを被るタイプのものは全てがバーチャルだと分かっている状態なので、バーチャル度を高めてリアルに近づけていかないといけません。 それより、すでに100%現実だと分かっている世界の方に、現実じゃないものが出てくる方が、実在感を感じやすいんじゃないかと思ったんですよね。
嘘の情報が多いほど難しくなる
ーー確かにVRはゴーグルによる視聴覚を初めどんどん五感をジャックしていけば没入感が上がっていきそうですが、体験するためにゴーグルを被った瞬間から嘘だと分かっているから脳を騙しきれない。
chiepomme氏:例えば壁の向こうにアニメの声優さんがいて、その人がアニメの声で喋っていたら、キャラクターがそこにいると実在を感じられると思うんです。でも視覚情報が入ってきた瞬間に、本当はいないと分かっちゃいますよね。 嘘をつかないといけない情報が多いほど、難しくなってしまうんです。
アニメの世界においては声優さんが声を入れているから声は本物なわけで、姿が見えない状態で本物の声だけ聞こえている方が、よりリアリティがある。VR体験を作っていても、自由に歩き回れるフリーローム型よりも、『Allumette(アリュメット)』(※)のような、自分は動かないけど少し見回せるみたいな作品の方が、自分の身体性がないので本当に入った感が感じられたんですよね。
※Allumette(アリュメット):2016年に配信されたマッチ売の少女をテーマにしたVRアニメーション映画。ジオラマのように広がる街で物語が進行していく。体験者はその様子を好きな角度から覗き込みながら物語を体験する。
VRゴーグルを被って自分の体が自由に動かせて入れたら、世界に入った感やキャラクターがいる感があるというのは、多分違うと思ってしまったんです。 究極的には、自分の肉体がある限りは絶対に入り込めないわけですから。
動くと自分の身体性や肉体性みたいなものを感覚として感じてしまいます。自分の身体からのフィードバックが返ってくる以上は、どんなに五感をごまかしたとしても、そこは現実じゃないと感じてしまう気がしました。
それなら現実に連れてくる方が楽だし、納得感があるのではないか、と思ったんですよね。
ーーVRゴーグルからの変遷の話はすごく興味深いです。ゴーグルが究極系ではなく通過点であり、現実の方にキャラクターや世界観が来ている方が表現の形態として良い、と。その気づきがあったから、ソニーの空間ディスプレイ「ELF-SR1」で作品を作り始めたのですね。
chiepomme氏:ARグラスやスマートフォンを使ったARも試していました。立体視できるディスプレイのジャンルでは、Looking Glassなども試してみました。でも、どれも解像度が足りなかったり、体験してものめりこめなかったんです。
その後たまたまELF-SR1が出て、体験しに行って「これだ」と思いました。解像度が高いのと、アイトラッキングでパチッと立体感があるというのが大きく、「本当に現実にあるじゃん」と。これだったら作りたいものが作れると思い、55万円もするんですが見に行った数日後に買ってしまいました。
信頼してるからこそできた「完成品はイベント当日に初めて見る」展開
ーーそして、ELF-SR1を使った作品づくりということで、Racufeeさんとユニットを組んでの活動が始まるのですね。
chiepomme氏:最初の作品が2023年の11月でした。Racufeeーさんとは、これまでも一緒に制作はしたことがあり、XRに対して理解があり、私の拙い3Dでも大丈夫と受け入れてくれるような信頼関係がありました。
ELF-SR1で映す時に重要なのが陰影です。いわゆるアニメっぽい絵だと陰影はありません。立体視する時に陰影がないと立体に見えづらいんですよね。影がちゃんと出ているキャラクターの方がいいと思っていました。ラキュフィーさんの描く絵はいわゆるアニメの絵ではなく、厚塗りでそういった立体感がしっかり出るんです。
やりたいこととも合うし、人形的なアートスタイルを持っているので、立体にした時に違和感がなさそうだと感じたんです。裸眼立体視のディスプレイは小さくて人間の等身大にはできないので、小さい人形のスケールに耐えられるデザインが良いと思っていました。
人間の等身で作ってしまうと頭が小さくて顔がよく見えなくなってしまうんですよね。そういった絵のスタイルがとにかくぴったりだったのと、そして何より単純に私がラキュフィーさんの絵が好きだったということもあり、声をかけました(笑)
ーーchiepommeさんは長らくVRなどの技術に慣れきっている印象ですが、Racufeeさんは逆にこういったイマーシブな技術をどんな風に思っているのでしょうか?
Racufee氏:私は正直、本当に知識もなく全然こういったものに触れずに生きてきた人間でした。でも、VRゴーグルの制作を初めて体験した時に…こんなに面白い世界があるんだと知りました。
その後、chiepommeさんがELF-SR1を使った作品に取り組んでいるのは見て知っていましたが、VRゴーグルのときと同じで実物は見たことがありませんでした。
作品の絵を描いてほしいと言われた時はとても光栄でした。私たちは普段は遠隔でやりとりをしていて、実際にELF-SR1で動いているものを見たのは最初の作品をデザインフェスタで展示した日でした。制作している時に画像を送ってもらったり進捗を見たりはしていましたが、実物は分からないまま色々描いて共有していました。
ーー完成イメージを共有して都度実機で確かめるというよりは、Racufeeさんはご自身の画風で絵作りをして、それをchiepommeさんがいい感じに実装したからこそ上手くいったのですね。そうでないと差し戻しばかりに……(笑)
Racufee氏:以前VRのコンテンツを一緒に作ったときも同じ感じでした。依頼された絵を描き、実際にVRヘッドセットを被ってどんなコンテンツになったのか体験したのは展示の前日だったという。
chiepomme氏:よく知っている相手で、信頼しているこの人なら大丈夫という人でないとお願いできません。
元々Racufeeさんと知り合ったのは、イベントに作家として出ているのを見て、その本がめちゃくちゃ可愛くて友達になりたいと思ったのが始まりでした。ただのファンなので、ラキュフィさんが何を出してきても世界観が丸ごと好きだから大丈夫だと思っています。
Racufee氏:ELF-SR1で実際に動いているものを見た時、実在感というか、本当に手が触れられそうなぐらいそこにいることに単純に感動しました。見に来てくれた方たちもすごくびっくりしていて、私も同じ一人の一般人として単純にすごいなと思いました。
私の絵でこんなことができるんだなって。私はモデリングもできないですし三面図を描いたりしたぐらいですが、chiepommeさんが実装してくれると本当に目の前に小人や妖精がいるものが出来上がってくるんです。
自分で描いた絵なんですけど、すごく可愛いなと思って見ていました。目の前に出てくるとしたらそうなるだろうという想像を上回るぐらいのものがそこにいた、という。洋服も布っぽい質感になっていて、まさにという感じでした。chiepommeさんが作るものは可愛くて夢があるのですよね。
大人が本気で妖精を信じる「イマジナリー」な体験を
ーー作品では単にディスプレイとしてELF-SR1を使っただけでなく、モーターや木琴、ベルを鳴らす仕組みなど本当に色々なものを組み合わせて作られています。どんなところから企画がスタートしたのでしょうか?
chiepomme氏:バーチャルなキャラクターとは何かということを考えました。リアルとバーチャルという風に言わないようにしていて、「現実と空想」と呼んでいます。
妖精などの空想の存在は実在しないのに、そのバーチャルリアリティ(実質的な現実)とは何でしょうか。空想の存在は存在しないわけです。やるべきなのはイマジナリー(空想)なものをどうリアルに連れてくるかということだと思っています。
触れるとかハプティクスがあるといったインタラクションだけでは、イマジナリーな生物が生きていると感じるには足りません。
そこでコミュニケーションや感情的な繋がりみたいなものを作りたいと考えました。例えば「たまごっち」や「シーマン」のように、過去にあったイマジナリーな生き物を現実に連れてくるようなコンテンツからアイデアをもらったりしています。
どういうコミュニケーションを取らせるかが主軸にはあるのですが、体験が終わった後このキャラクターはどうなっちゃうんだろうとか、躾けられているのかなとか、存在がリアルになればなるほど色々なことを感じるはずなんですよね。 そういったある種のナラティブみたいなものを少し感じてもらえたら嬉しいなと思って作りました。
現実に妖精が捕まえられて見世物にされていたら可哀想だと思うはずです。見世物小屋やサーカスの動物に対するような気持ち、そこまで感じさせられないとリアルじゃないと思うんです。 少し影があるキービジュアルなどは、そういった影響もあるのかなと思います。
ーー作品を作り続けてきた中で、ご自身の中で何パーセントくらい実現できたと感じていますか?
chiepomme氏:元々の目標がディズニーなので、5パーセントくらいですかね(笑)そして、体験をトータルで考えたら、会場やスタッフなどから全部徹底的にやるべきだと本当は思っています。作品が置いてあっても違和感がないような場所でやるとか、そういう全体の観点からすると20パーセントくらいですかね。
ーー確かに、コンテンツそのものだけでなく全体の体験設計が重要というのは、長らく携わってこられたロケーションVRでも共通していますね。
chiepomme氏:コティングリー妖精事件(※5)という話があるのですが、一時期大人たちが本物に妖精がいるかもしれないと大きな騒ぎになったんですよね。大人が妖精がいるかもと言って思わず騒いじゃうのってすごくいいなと思うんです。お店に入って体験して出てきたら、あの中だけは妖精がいたよねと思えるようなものを作りたいと思っています。
※5 コティングリー妖精事件:20世紀初頭のイギリスでとある姉妹が撮ったという「妖精の写真」をめぐる論争や騒動
ーーイマジナリーなものが本当にリアルにあるように感じるというのが出発点だったという話もありました。スマホのARは、子供たちのほうが現実にないものがあるというのを信じ込みやすかったり、感じる度合いというのも体験する人によって異なるのかもしれません。
chiepomme氏:私が展示をやった時も、妖精に食べ物をあげる体験に子供がすごくハマってしまい、砂糖をあげ続けた結果、最終的に配線が焼き切れてしまったことがありました。
子供はすごく信じていて、体験が終わっていても、机の下に隠れて「まだ妖精がいる」と言ったりするんです。画面がなくても本当にそこにいると感じていて、すごく微笑ましかったです。
ただ少し視点が違うところもあって、子供は役割を演じるのが苦手だと思うんです。映画館で映画に没頭して楽しめるのも大人ですし、現実じゃないと分かりながらも楽しめるのは大人です。大道具がリアルじゃなくても信じてイマジナリーなものを見て楽しむのは大人の特権で、実は大人の方がいろいろなことを頭の中では分かった上であえて、そういったものを信じたいと思っているところがあるような気がします。
ーー2025年の12月に活動を一旦休止されたとのことですが、今後の活動やお2人がそれぞれどんなことをしていきたいですか?
chiepomme氏:お金もかかるし場所の問題もあって一旦休止という形にしていますが、裸眼立体視ディスプレイを使ったイマジナリーな存在を現実にいるように感じさせることには引き続き興味があります。作品自体の強度が足りない部分があると感じているので、最近は描画エンジンを自前で作ったり、筐体の木工をちゃんとやろうと考えています。
デジタルなものよりもアナログで実体があるものに惹かれるところがあり、日常の中にそういった魔法的なものやイマジナリーな存在がいる感覚を作りたいです。空想と繋がるようなものを、よりフィジカルなアプローチで追求していきたいと考えています。
Racufee氏:chiepommeさんがまた何かやるという時はもちろん協力したいと思っています。そして、個人的にはイマジナリーな存在を1枚のイラストに描いて、世界を作っていきたいと思っています。
ーー本日はありがとうございました!
Believe us notでは、体験したあとに見てほしいとの注釈付きで技術の実装やアートなど制作の裏側を「グリモワール」(魔導書、占星術などの手引書の総称)として、Webサイトで公開している。
また、現在、都内の株式会社ハシラスのオフィスに筐体が置いてあり、企業限定にはなるが事前に連絡の上で体験できるとのことだ。体験すると分かる、圧倒的に引き込まれる没入体験をぜひ体験してみていただきたい。


