【VR映画ガイド第71回】ISISと戦う女性戦闘部隊を取材したVRドキュメンタリー

単なる情報で済ますのではなく、共感を通して物語に引き込む

今回は2014年にISIS（イスラム過激派組織）に対抗した女性だけの戦闘部隊のVRドキュメンタリー「The Sun Ladies VR」を取り上げます。大虐殺と性的奴隷化を目の当たりにしたヤジディ教徒の女性たちの結成した“Sun Ladies”という部隊に焦点が当たっています。

この作品が制作された2017年の時点で、すでに“Sun Ladies”はテレビやネットのニュースでは話題になっていました。しかし、彼女たちの物語を単なる情報で済ますのではなく、“共感を通して物語に引き込みたい”ということで、改めてVRで作品を制作する決断をしたそうです。

“Sun Ladies”の隊長であるXate Shingali氏の視点で語られています。クルドで有名な歌手としてのキャリアから、自国の姉妹を守るために女性だけの戦闘部隊“Sun Ladies”を結成し、隊長になるまでのXate氏の劇的な人生を取り上げています。

「The Sun Ladies VR」は、第76回ベネツィア国際映画祭のVR部門Venice VRでグランプリを受賞した「The Key」のCeline Tricart監督と、戦争写真家・映像作家のChristian Stephen監督の共同監督で制作されています。

オススメのポイント

1. 3つの映像表現を組み合わせ

今回の作品は、Xate氏のナレーションをはじめ、紛争に関する報道映像や、OculusのVRペイントツール「Quill」で制作されたアニメーション、女性兵士たちのキャンプでの日常生活を撮影した360度映像と、それぞれが組み合わせられています。報道映像は実際にあった事件を冷静に、客観的に伝えるために使用されています。

アニメーションは「Dear Angelica」の制作に携わったVRアーティストのWesley Allsbrook氏が担当し、VRカメラが入れない戦地の状況を伝えたり、実際には見えない心情の部分を表現するのに使われています。

またVRカメラを戦場に持って行こうとした時に、VRカメラ自体が爆弾と勘違いされやすいという理由から、最前線の映像をVRで撮影するのは断念し、アニメーションで伝えるという判断にもなったとCeline Tricart監督がインタビューで答えています。

360度の実写映像はイラクにある“Sun Ladies”たちのキャンプ地の中での日常を記録しています。和やかな雰囲気でもあるのですが、いつ敵が来るのか分からない状況での生活を記録した360度実写映像は緊張感が伝わってきます。

2. “共感を通して物語に引き込む”意味

ポイント1で伝えたように3つの映像表現を組み合わせることによって、なぜVRでこの事実を伝えたかったのかがよくわかりました。報道の映像は事実をわかりやすく情報として伝えることは得意だと思います。しかし平穏な日常から戦場の最前線に立つ彼女たちの緊張感を体験者に体感させることができるのは、VRが最も適しているでしょう。

そしてこの作品の演出が上手なのは、さまざまなタイプの映像の組み合わせ方にあります。
事実をわかりやすく伝えるフレームの報道映像、感情部分を伝えるアニメーション、彼女たちの緊張感を体感させる360度実写映像、それぞれを巧みに使い、ナレーションの語りと共に彼女たちの平穏な日常や戦地の異常な状況を伝え、作品世界に引き込んでいきます。

3. 作品体験後のアクション

「The Sun Ladies VR」はVR作品を体験して終了というわけではありません。2017年に行われたSundance Film Festivalでは作品を体験後、ユーザーはブースに入って“Sun Ladies”への支援の手紙を書くことになっていました。手紙はインスタレーションの外のボードに貼られ、映画祭が終了すると最終的に“Sun Ladies”に送られるようになっていました。

またこの作品の体験を通して、性的暴力や抑圧に対して、体験者たちやその周辺の人たちがどのような行動を起こすべきかをSNS（#howifightback）などを使って議論に繋げたいということが目的になっています。今まで女性を被害者としてだけ描く物語や映画はたくさんありました。しかし“Sun Ladies”たちは被害者ではありますが、彼女たちの大切なものを守るために戦闘部隊を作って敵と戦うという選択をしました。

この作品を体験した私たちは、その後どのような行動を起こせるのか、考えさせられます。

作品データ

Trailer

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