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イベント情報 2022.02.02

古典芸能の新スタイル「META歌舞伎 Genji Memories」現実を“超越”する挑戦とは?

1月25日(火)にオンライン開催された「META歌舞伎 Genji Memories」。歌舞伎俳優の中村壱太郎と中村隼人の2名が出演する舞台で、現実の歌舞伎俳優とバーチャル的な演出を組み合わせた歌舞伎史上初となる試みだそうだ。

昨今、歌舞伎はマンガと融合した演目をお披露目するなど、自由な想像で表現の幅を広げつつ有るが、今回の主題は「META」とのこと。

「META」と言われると、話題になっている「メタバース」やVR技術のことを連想してしまうが、そういう意味合いは少し有るものの、正確には違う。ここでいう「META」は、「超越する」という本来の意味だ。今までの歌舞伎の常識を超越する。表現の幅を超越する。そして時代と空間と美の表現を超越する。

題材は「源氏物語」。飛んだり跳ねたりしない落ち着きのある題材だが、このチョイスはばっちりだった。現実から超越した表現で見せるのは、心情の部分だ。

ネタバレは避けつつ、今回の「META歌舞伎」の挑戦と課題について書いていこうと思う。「歌舞伎ってわからないし…」という人でも、セリフは口語でわかりやすいため気楽に楽しめる。一応、原作となる「源氏物語」の登場人物名、せめて光源氏だけでも知っておくとベターだが、難しい舞台ではないので気にしなくても鑑賞できる。

現実の舞台の広さを感じさせないバーチャル演出

舞台芸術で考えねばならない制約の一つが、舞台の幅だ。どう頑張っても端から端までの大きさは変えられない。その幅が役者の演技を規定させ、うまく活用するように仕向けるという意味ではいいところでもあるのだが、観客に直感的に空間の広がりを伝えようとすると、どうしても役者の負担が大きくなってしまう。

「META歌舞伎」では合成技術を使うことで、登場人物のいる空間の広がりを自由に変化させることができるようになった。ものすごく狭い場所も、広大な敷地も表現できる。なにより場面転換が簡単だ。

この合成技術自体は目新しいというほどではない。今までも人とCGの合成は映画やテレビなどで用いられてきていた。ただ歌舞伎という芸術においてはこの技術を使いこなすのはかなり技術が問われる。演じている場所には目印が存在しないので、役者側は演技や舞を見せる際に合成時の距離感・配置感をイメージしないといけないからだ。

そこが今回の見せ所。意識しながら見ると、その演技の技術力に圧倒される。全てが終わって魔法が解けた緑の部屋が映された時「こんな狭いところだったのか!」と驚かされるほど、空間の広がりを演技で伝える役者の技能が高かった。

見えない空間を、役者である中村壱太郎と中村隼人が常に認識し、その上でいかに美男美女を描くか腕を振るう。観客側からは役者の演技が自然に感じられると同時に「自由な空間ゆえの表現」を見ることができる。これまでにない空間の作り方を行っているという点で、今までの歌舞伎をひとつ飛び超えた。

現実離れした小物の利用方法

あるアイテムが出てきた時、視聴者のコメントがざわついた。「そういうのもありか!」となった時にこの「META歌舞伎」は、視聴者を一気に現実離れした、超越した世界に引っ張り上げた。結局それに関しては何の説明もないのがニクい。

この小物と、その後に入る映像表現による怪しさで、「源氏物語」の常識は一気に超越されてしまう。そこから先は全部“METAしっぱなし”。最序盤は丁寧な人物の関わり合いを会話劇で表現していたものの、途中からなんでもありになったことで、より大胆に心情が表現できるようになった。

心情描写をより深くするための工夫

「源氏物語」は光源氏と女達の恋と恨みの物語。これを美しく哀しく見せるのは演技力が問われるもので、光源氏役の中村隼人の純粋な愛と、複数人を演じる女方・中村壱太郎の苦悩の姿は非常に美しかった。

これをより一層ブーストさせるための超越(META)演出だ。凛々しいというよりは無邪気な恋愛をしているようにも見える中村隼人版の光源氏。心の痛みの中にありながらたおやかで美しく有り続ける中村壱太郎の演じる女性たち。CGならではのぎょっとするような幻想的な表現も入ることで、舞台の上でも十分映えるであろう演技や舞が、現実では見られない心の中を描くという「超越」した表現になった。

特に全体の色味は、こういう舞台でしか出せないものだっただろう。歌舞伎において色の使い方は非常に重要だと言われているが、光の角度や背景の使い方をCGならより理想に近づけることができる。この繊細な計算は、心情描写をより深めるものになっているので注目してほしい。

意欲的な試みに高まる次への期待

30分と短めの時間だったが、リアルタイムでふたりが演じる中、技術班が全力で空間を表現し続けているのが伝わる、かなり濃度の高い内容だった。物語が凝縮され、演技と映像演出が登場人物の心を表現することに徹していたため、見終わった後の人物たちへの思い入れ度や満足度はかなり高い。「源氏物語」に詳しい人なら、今回の独特な解釈について考えるのも面白いはずだ。

終わった後の安堵感も、普通の演劇とちょっと違うものだった。通常であれば歌舞伎には黒衣が出てくるが、今回はクロマキー合成なので「緑衣」だ。Twitterでのファンは珍しい光景に大喜び。新しい技術だけれども、ちゃんと文化は引き継がれているのが嬉しい。

とはいえ正直、課題点はまだまだ山盛りだ。ふたりの演技自体は圧倒されるものだったが、「META」の部分はもっと超えられるように思えた。

まず背景だ。人物とCGの重ね方、建築物の描写、影つけなど、VR技術による映像表現を見慣れている人からするとちょっと物足りないかもしれない。かなり頑張ってはいるのだが、どうしても「あっ、これCGだ」と意識が引っ張られてしまう部分があって、少々没入しづらい。ここは技術面の話なので、回を重ねればいくらでも洗練されていくだろう。

「リアルにする」のが正解ではない、というのが大事だと思う。歌舞伎として「超越(META)」するのであれば、生々しい木々や建築物を再現する努力をするよりも、心情や空気感を表現するような書き割り的、抽象的な背景に注力するほうがより、演出の意図にあったものになるだろう。なんせ「あんな小物」が出てくるくらいの舞台なのだから。ここは役者やスタッフの腕の見せ所だ。

カメラワークはリアルタイムだと難しいところだと思うが、ここも進化できる部分だ。演技を撮影する際、その魅力を最大限出すにはどうすればいいかが、今回はまだ手探りだったように見えた。CGと重ねることで空気感は表現できていたものの、少しペタッとした見え方になってしまっていたのは惜しい。むしろ撮影部分は技術の手を入れられる「現実を超えやすい」部分なので、演技を邪魔しないで観客側の心を掴む表現を見つけられそうだ。

もっともスタッフはこんなことは百も承知だろう。なにせ今回の「META歌舞伎」は中村壱太郎・中村隼人とスタッフのやる気がものすごいビリビリ伝わってくる意欲作だ。今回も全力投球だが「次はもっとすごいものを作るぞ」「METAしていくぞ」という情熱が随所に観られる。こんな伸びしろしか無い歌舞伎なら、観客が期待している点なんて遥かに超越してくれるに違いない。

わがままをいえば、将来は色んな角度から、近くから役者を観てみたい、なんて思いもある。カメラの配置の問題はあるとしても、もし実現したらファンにとって何度も観たいものになるはずだ。

さらにいえばVR空間で歌舞伎ができたら、どんなに楽しいだろう。もうちょっとテクノロジーが進んでからの話かもしれないが、今回の「META歌舞伎」は、そういう夢を見てもいいんじゃないか? と希望を持たせてくれるものだった。

高い水準の歌舞伎の技術を、映像技術の進歩でより多くの人に伝えられるであろう可能性を感じた今回の「META歌舞伎」。ここで満足せず、それを毎回超えていく「META」であってほしい、と思わせてくれる、ワクワクが高まる舞台だった。緑色の狭い空間が、無限にイメージの可能性を広げていってくれる場所になることに期待したい。

「META歌舞伎 Genji Memories」

■出演:中村壱太郎、中村隼人​
■総合演出:春虹(中村壱太郎)​
■脚本:横手美智子​
■演出:西澤千恵​、株式会社HERE.
■制作協力:株式会社アロープロモーション​、カディンチェ株式会社
■制作:ミエクル株式会社​
■製作:松竹株式会社​
■公演詳細:歌舞伎美人HP(https://www.kabuki-bito.jp/news/7235

MIRAIL (ミレール)でアーカイブ配信中


・配信日:2022年2月2日 22時22分 配信予定
・配信期限:2022年2月8日 23:59:59まで販売(購入後7日間のレンタル)
・価格:3,000円
・視聴サイト:https://mirail.video/title/4810161

©松竹株式会社
執筆:たまごまご
(参考)公式Instagram


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