2026年2月、ホロライブ所属のVTuber儒烏風亭らでんさんが3度目となる生誕ライブ配信「静岡トリエンらーでん2026」を行った。自身が音声ガイドを務める静岡県立美術館を巡りつつ、ライブパフォーマンスを披露した。実際に行うには難しいであろう美術館内外でのライブ演出は、まさにリアルとバーチャルの融合がなせる業であった。
注目したいのが、実在する美術館にVTuberが違和感なく「存在」していたこと。館内を歩く姿や歌って踊るライブシーンでは、リアルとバーチャルの隔たりを限りなく感じさせない工夫がなされている。この高度な映像表現が実現した背景には「3D Gaussian Splatting(3DGS)」という技術がある。
制作を手掛けたのは、3Dモーションキャプチャースタジオのスタジオ Soup.だ。VTuberのライブ映像において3DGSを活用した例はほとんどなく、挑戦的な制作であった。美術館におけるロケ撮影やライブ制作の中で、いかにして3DGSが活用されたのか。その他にも数々のVTuberとの制作実績を掲げるスタジオが、どのようにして現在に至ったのだろうか。
今回、スタジオへの現地取材とともに、代表である安井治次郎氏にお話を伺った。「静岡トリエンらーでん2026」の制作秘話に迫るとともに、スタジオ Soup.の設立に至るまでの変遷、制作への熱量を垣間見ることとなった。VTuberがバーチャルから飛び出し、リアルに実在する世界が作り出される貴重な裏側を知るきっかけとなれば幸いだ。
参考:
代表・安井治次郎氏の歩みが繋いだ、スタジオ設立までの変遷
スタジオSoup.は、3DCG制作や生配信・収録を主としたモーションキャプチャースタジオだ。数々の制作実績を持つスタジオであるが、VTuber領域を得意とした現在の体制は、設立当初より想定されたものではなかった。代表の安井氏は、VTuberの誕生以前より、初音ミクをはじめとした3Dキャラクターの映像制作に携わってきた。その中で積み上げてきたキャリアが、VTuberの発展とともに現在の体制を作り上げた。
現在のスタジオ Soup.が設立したのは2023年。その前身となる制作会社が生まれたのは、2013年まで遡る。NHKでの番組制作をはじめ、TVCM、初音ミクなどの3Dキャラクター映像制作にも携わっていたことから、3Dキャラクターを活用した制作技術が培われた。当時は様々な制作を手掛ける中のひとつでもあったが、初音ミクで培った3Dキャラクターへの知見は次第にVTuberへ活かされるようになった。
多岐にわたる安井氏のキャリアは、訪問したスタジオ内部にも色濃く表れていた。渋谷区代々木に構えるスタジオSoup.のスタジオは、モーションキャプチャーだけでなく、ムービーやスチール撮影も行える。かつて役者として演劇の道にも通じていたという安井氏ならではの点として、イベントを行う場所としても活用できるそうだ。
これまでの制作経験から、配信・生放送まわりの機材も充実している。モーションキャプキャーのみを想定していた場合、現在のようなスタジオは完成していなかっただろう。撮影や収録にとどまらず、様々な制作シーンで活躍するスタジオは、スタジオ Soup.の大きな特徴と言えよう。
天井高は約6m!スタジオ Soup.が備える設備・機材の強み
スタジオ Soup.が備えるスタジオ設備を、より詳しく紹介していこう。
メインとなるスタジオエリアは、7×9mの撮影エリアに加えて天井高は5.8m。注目すべきは天井の高さで、高い位置からのライティング(階段の昇降)や、小道具を投げるといったパフォーマンスが可能だ。モーションキャプチャーの有効エリアは5.8×8mと、広さもさることながら、キャプキャー機材も充実している。
位置測定精度の高いVICON(V5~V16)を50台備え、広さに対してVICONの設置台数が多いのが特徴だ。トラッキング機材の密度が高く、同時収録で10名程度の10本指トラッキングを可能にした。ひな壇のような大道具を使っても、トラッキングが飛びにくい環境にもなっている。
これらを見ると、「静岡トリエンらーでん2026」にもスタジオ Soup.ならではの演出が盛り込まれていることが伺える。階段を下りるシーンは、広さと天井高を活かした階段の大道具が活用されている。魅力的に映るVTuberの姿は、演者の繊細な動きを3Dキャラクターへ反映する高精度トラッキングによって実現しているのだ。
中には、珍しい機材も見られた。スタジオに入るとすぐ目に飛び込んでくるのが、アーケードゲームの筐体だ。一見するとゲームのようにしか見えないが、実はフェイシャルPCだ。3Dキャラクターの表情を操作する機材であるが、アーケードゲームの筐体を採用しているものは他に類を見ないだろう。
2台並べられた筐体は、1人でも同時に操作しやすいボタン配置になっている。ゲームコントローラーを外付けすることも可能で、最大6名でのフェイシャル操作が可能という優れもの。安井氏のユニークな発想による、スタジオSoup.独自の機材であった。

Unity・Unreal Engine PC(4090)11台などを備えた副調整室
初の試みとなった「3D Gaussian Splatting」への挑戦
「静岡トリエンらーでん2026」のロケ撮影・ライブ映像を手掛けたスタジオSoup.であるが、制作の根幹を支えた「3D Gaussian Splatting(3DGS)」の導入は意外にも初だったという。話を伺うほど、蓄積した経験や偶然が相まって実現したとも言える今回の制作。その裏側で、どのような歩みがあったのだろうか。
依頼が舞い込んだのは、2025年秋頃のこと。そこから本格的に制作が動き出すのは、2025年末だった。当初の想定になかった3DGSを取り入れた理由は、ちょうどその頃、安井氏が同業者と交わしていた会話にあったという。
そもそも3DGSが一体何なのかと言えば、空間の3Dスキャン技術である。この技術でスキャンすると、立体物だけでなく、空気感といった微細な空間再現が行える。3DGSはAIとの親和性も高く、スキャンデータを読み込ませて質の高い3D空間を手軽に再現できるのだ。
安井氏は「静岡トリエンらーでん2026」において、美術館の空間再現に3DGSが活用できるのではと考え、必要な撮影機材の調達から制作をスタートした。
まず、1眼レフで美術館を撮影し、そのデータを元に3DGS化を試みたが、大きな問題があった。ロダン館の壁はシンプルな装飾となっており、特異点が無かったため、出来上がった3DGSデータが滅茶苦茶なものになっていたという。
頭を抱えていたところ、出会ったのが、XGRIDSのライダー付きカメラ「PortalCam」だ。3Dスキャン機器の中では比較的安価なものだが、メリットは価格だけではない。3D化する工程が短時間で行えるほか、軽量ゆえ手軽に撮影できる。さらに、赤外線で今撮影している位置を把握するため、1眼レフでは出来なかった同じ模様の壁でも問題なく3DGS化してくれる。つまり、ロダン館のような撮影場所でも、位置を把握して組み上げるので3DGS化が可能だったのである。
実際に「PortalCam」を見せてもらうと、片手で持てるサイズで扱いやすい印象だった。画質についても、高級なデバイスより良いという。
現場でのスキャン時にも工夫が必要だった。3DGSは手軽に高精度な3Dスキャンが行える一方で、向かない場面もある。影が落ちる強い日光や風が吹く環境での撮影だ。風で揺れる木の葉をスキャンすると、テクスチャが白っぽくなってしまう。そのため、美術館を囲む木々はなるべく映さないよう工夫しつつ、映像を完成させたそうだ。

左:明るい環境で撮影 右:暗い環境で撮影
(それぞれにCG照明を当てた際、暗い環境で撮影したものの方がよりライブシーンとして映えるものに)
こうして実際に3DGSを活用する中で、様々な試行錯誤が行われた。中でも、美術館での撮影は2回を要したという。1回目は明るい環境で、2回目は暗い環境での撮影だ。ライブ特有のライティングが映えるよう、あえて暗い環境の空間再現を行う必要があったのだ。明るい空間にライトを当てる想像をしてみると分かりやすいが、光は明るい環境では視認しにくい。制作に使用される「Unity」といったゲームエンジン系のソフト上では、3DGSにライティングの影響を与える事が難しく、ならばいっその事スキャンする環境自体を暗くすることでこの問題を解決したのだ。
VTuberへの深い理解が生んだ、キャラクターを現実に馴染ませる工夫
「静岡トリエンらーでん2026」の中で目を引くのが、やはりリアルな情景に違和感なく溶け込むVTuberの姿だ。静岡県立美術館を背景に、儒烏風亭らでんさんが歌い踊る様子には、きっと多くの方が魅了されたことだろう。3DGSを活用して再現した実写空間に、3Dキャラクターを馴染ませるための工夫を伺った。
今回の制作においては、あえてセルルックな見た目の3Dキャラクターにこだわったという。CG制作者の視点からすれば、キャラクターをリアルな背景に寄せたフォトリアルにした方がリッチ感が出るように思えるが、VTuberの場合は逆だと安井氏は話す。YouTube上で視聴者が目にするVTuberの姿はセルルックに近い。安井氏は、この慣れ親しんだ見た目を守ることが優先だと考えたのだ。
CG制作者とVTuber視聴者の視点を融合することで、今回のような実写とキャラクターが馴染む映像が生み出された。キャラクターをセルルックにしたまま、微細なシェーダーやライティングの調整で程よくなじませるという工夫だったのだ。
ダイレクトに届く視聴者からの反応が「やりがい」へ
設立から3年が経つスタジオSoup.は、今も尚、新しい技術へ前向きな姿勢で制作に取り組んでいる。3DGSのみならず、トラッカーレスのモーションキャプチャーへの関心も高く、挑戦的な制作を行っていく期待を感じる取材であった。
何より印象的だったのは、VTuberとの取り組みが「とてもやりがいがある」と話す安井氏の言葉だ。様々な現場を渡り歩いてきた上で、VTuberの映像制作に重点を置く理由は「やりがい」なのだという。VTuber本人の演出希望を汲み取ってそれ以上に仕上げる事が出来た時の充実感や、何よりも視聴者からダイレクトな反応をもらうことができる所にTVやCM制作では味わえないやりがいを感じると語る。YouTubeのチャットやコメント、SNSに投稿される感想は、VTuberだけでなく制作陣にもしっかりと届いているのだ。
安井氏は、この反応こそ力になっていると語る。大きなプレッシャーを感じることもある一方で、それを上回るモチベーションとなっているそうだ。VTuberを取り巻く技術の発展は目覚ましく、常に情報収集と挑戦が求められる環境でもある。そういった中でも、高いモチベーションで制作に取り組む姿勢は、まさにVTuber文化に支えられているように感じられた。
今回の取材で取り上げた3DGSの技術は、これから様々なVTuberシーンを彩ることが予想される。AIの発展や機材の手軽さとの相乗効果も期待できる。その中で、VTuberが現実に「存在」していると感じさせる映像表現は、一体どのような発展を遂げていくのか。発展の最前線で私たちを魅了する作品を作り出す、スタジオ Soup.の今後にも注目していきたい。


















