本編に入る前に。この記事では、11月23日に開催されたピーナッツくんのバーチャルライブ『PQ』を取り扱う。もし未視聴であるなら、すぐにでもアーカイブ視聴を勧める。
演出のメタ的な話をするから、あるいはネタバレ注意だからだけではない。観たほうが絶対に良いからだ。
特にVTuberカルチャーの中で仕事をしてきた方や、VTuberを長く追ってきたと自負する方であれば、何としても期限内に観て欲しい。著者も、ぽんぽこさんとピーナッツくんのライブ直前のPodcastを聴き、視聴を決意した人間だったが、ぽんぽこさんの「VTuber界に向けたライブ」という言葉は嘘では無かった。
できれば、下記のPodcastを聴いたうえで、本編に入るのがベストだ。そして、ライブ本編で何かを受け取ったのであれば、それを何かの形にして出すべきである。今回のライブは、そういうものだから。
本稿で書くことは実はそれだけで十分なのかもしれない。だが、あらためて「PQ」のバーチャルライブについて触れながら、一体「何が凄かったのか?」を考えていきたい。そして、このライブが後世にどのような影響を与えるのかについても、出来る限り想像してみる。すでに観賞済みであれば、当たり前のことしか言っていないと感じるだろうが、ご容赦願いたい。
アーカイブはHuluライブチケット購入で鑑賞可能:https://www.hulu.jp/static/pq/
事前収録では出せない“生”の迫力、そのこだわり

(※今ライブの画像については、ピーナッツくんチャンネルの【冒頭無料配信】PQより引用)
内容に入るより前に、VTuberのバーチャルライブの“形式”について触れておこう。
いわゆる一般的なVTuberのライブは、大型スクリーンにVTuber自身の姿が映し出され、彼ら彼女らがリアルタイムに動き回る姿を観賞できる形式となっている。その際、観客の反応に声や手振りで答えたり、リアルタイムに流れるチャットを読み上げたりすることによって、観客は「VTuberと今ここで会っている」という気持ちを得られる。ただし、このライブ形式は“生”である故に予期せぬトラブルが多く、現在の技術であってもまだまだ不安定だ。そのため、よほどの大手企業で無ければ凝った演出をあまり追加できないし、バーチャルライブの“形”というものもある程度決まってしまうため、すでに目の肥えてしまった観客に驚きを与えるのは難しい。
あるいは、VTuberのリアルタイムな部分を切り捨てて、映画やアニメーションのようにクオリティの高い映像によって説得力を出すタイプのバーチャルライブもある。このケースでは、バーチャルな空間全体に特殊な演出を行ったり、ストーリーを重視していたりといった「映像作品としてのクオリティ」を保っているものが多い。これはこれで価値があり、生放送ではなく動画投稿をメインに活動するタイプのVTuberには非常に相性が良いものと言える。ただし、「VTuberと今ここで会っている」という感覚は当然薄くなるし「それは果たしてアニメ作品と何が違うのか?」というジャンル定義問題のような、ややこしい議論も呼び寄せることになる。
VTuberのリアルタイム性を重視したライブ感を重視するか、それとも映像的にクオリティの高いドラマを見せるのか、その答えについては、これまでのVTuberのライブ形式でさまざまなかたちで模索されてきたし、それぞれに正解があったと言える。しかし、これまでは「その両方を実現させる」という“無茶”は滅多に見られるものではなかった。
『PQ』は、まさかの両方。つまり「VTuberとしてのリアルタイム性も諦めない。そして映像コンテンツとしてのクオリティも諦めない」という方向性に打って出たライブだった。
冒頭、ピーナッツくんの部屋から始まり、視聴者に挨拶。「生で話してますよ」と語るピーナッツ君だが、その姿はヌルヌルと動く3Dアニメキャラクター的な姿。これまでのピーナッツくんのMVなどでよく見られた造形ではあるが、それがリアルタイムで動いているのには驚きがあった。これまでピーナッツくんに触れたことのない視聴者であれば「アニメキャラクターがこちらに話しかけてきている」と思うかもしれない。
ライブパートになると部屋の照明が変わり、カメラも自由に移動しはじめ、ピーナッツくんの部屋をさまざまな角度で捉え続ける。その映像のあまりのクオリティの高さに、一瞬「MCと映像を分離させて、ライブパートのみを事前収録したのだろうか?」と邪推するが、ライブの声が明らかに事前収録したものではないことに気づいた時点で、その考えも払拭された。開いた口が塞がらなかった。
それだけではない。当初この部屋の中だけで完結するかに思われたバーチャルライブだったが、途中から部屋が崩壊し、外側の世界、つまりピーナッツくんのアニメーション作品の世界へと接続することになり、キャラクターやゲストが一気に増え「ピーナッツくんの物語」として展開されていくのである。
本作の構成は(即興要素のある)ミュージカルに近いかもしれない。途中で多くのゲストに出会いながら、自身のアイデンティティを探っていくといった大筋があり、その物語に合わせるように音楽ライブが行われる。とは言え、ゲストとの掛け合いも決まった脚本を読み上げる感じではなく、エチュードの様なアドリブも入っていたりと、ひとつの映像作品のように筋書き通りにはなっていない。それによって、いつどのように転ぶか分からないという、事前収録の映像作品では出せない“生”の迫力、緊張感が生み出されているのである。
著者にとっては、この緊張感こそが、これまでのVTuberのライブではとても体感できないものだった。何よりピーナッツくん自身への負担が尋常ではないはずだ。物語へのリアクション、音楽パート、ゲストとの掛け合い、それらを次々とこなしながら、大枠の筋を外さずに“生”の表現にこだわることになるのだから。正直、いつどこでトラブルが起きて失敗してもおかしくないという薄氷の上を渡るようなパフォーマンスという意味での緊迫感もあったと思う。
また、目に映るバーチャルな空間自体の見せ方が素晴らしい。ピーナッツくんの部屋や街は、細部まで丁寧に作り込まれている3Dオブジェクトが並んでおり「映像に映り込む可能性のないところまで作成していないか?」と思ってしまうほどのクオリティだ。『PQ』というロゴが浮かび上がるシーンで、遠景に見える汽車が静かに進んでいるのを見て、このライブの世界観の壮大さに興奮させられた。そうした確固たるバーチャル空間を土台にしながら展開されるドラマには説得感が生まれていて、形式的にはVTuberの音楽ライブであるはずなのに、バーチャルな世界の中に没入させられる感覚もあった。
まさしく、決められた筋の上を歩くわけでも、かといって途中からキャラクターやストーリーを放棄して好き勝手する訳でもない「VTuber」ならではの表現を活かしたライブになっていたと言えるだろう。個人的に、このライブの白眉は『Drippin’ Life』のピアノ演奏シーンだと思っているが、このシーンの美しさと緊張感は体感したことのないものだった。
「ピーナッツくん」だからこそ実現できた表現
今回のライブは、ピーナッツくんでなければ成功しなかったのではないか? というのも、ピーナッツくんのこれまでの多種多様な活動スタイルでの表現が反映されたライブとなっていたからだ。
そもそもピーナッツくんは、YouTubeで連載形式で投稿されていたアニメーション作品の主人公というところから始まっている。チャンチョやオレンジ博士という様々なキャラクターたちが登場し、可愛らしくも毒気と皮肉の効いた魅力的な作品だ。今回のライブでも、ピーナッツくんの脇を固めるキャラクターたちは、このアニメーション作品から生まれたものばかりで、ピーナッツくんの物語の世界観のベースとなっているのである。
そのうえで、今回壇上に立つピーナッツくんの立ち振る舞いは、上述したようにアニメキャラクターというよりも、VTuberの方に重きを置いたものとなっている。ゲストにダルがらみしたり、相棒のぽんぽこさんに突っ込みを入れたりといった姿は、動画や生放送で見せるいつものピーナッツくんだ。アニメの世界からピーナッツくんだけが浮いてしまい、そのことに戸惑っているように見えるのも、ライブの物語上では非常に面白いポイントと言えるだろう。
そして、ラッパーとしてのピーナッツくんの存在も欠かせない。今回のライブは新アルバム「Tele倶楽部II」の収録曲が数多く採用されているが、そのアルバムの質の高さについては今更言うまでもない。漢 a.k.a. GAMI氏やPUNPEE氏といったヒップホップ界の重鎮と並び立っても存在感が薄まらず、幾多りら氏やDaoko氏といった歌手とも違和感なくデュエットできる実力であることが、今回のライブの成功の大きな要因となっている。
余談だが、それぞれのゲストとピーナッツくんのアドリブ的な絡みはとても印象深い。漢 a.k.a. GAMI氏がピーナッツくんの小さい身体に合わせて抱きしめるシーンなどは、ゲストのVTuberへの理解度の高さが伺えるし、PUNPEE氏のサイボーグ的な身体を振り回すようにして踊る様はとても見応えがある。そもそも、VTuberのライブのためにリアルな身体を持つアーティスト用の3Dアバターを用意する時点で非常に手が込んでおり、制作陣の苦労が偲(しの)ばれるが「ピーナッツくんと同じ世界に立っている」という感動が強まっているため、表現的には大正解だった。
話を戻せば、アニメキャラ、VTuber、ラッパーと、様々な活動スタイル、ひいてはアイデンティティを持つピーナッツくんだからこそ、音楽パートもMCもストーリーも全てを違和感なく統合しながら、最後まで走り抜けられたと言えるだろう(それら複数のアイデンティティが今回のライブのストーリーにも大きく絡んでいるのではないか……と観賞できる点も興味深い)。
また、ピーナッツくんとぽんぽこさんが活動を継続していく中で生まれた様々なクリエイターとの交流も、このライブに大きな影響を与えていることは間違いない。それはライブのラストのクレジットされているライブ制作の関係者陣の中に、これまでぽこピーのコンテンツに深く関わってきたクリエイターたち(音楽制作陣はもちろん、VRChat「ぽこピーランド」制作の狸豆建設のクリエイターや、2人のモデルデザインを手掛けたVTuberなど)の名が数多く掲載されていることからもうかがい知れる。
これまでの『ぽんぽこ24』企画などでも目にした名前も多く、ぽこピーを長く追っているファンであれば、今回のライブに活動の集大成といった感覚を持った方もいるだろう。そういった点でも、ピーナッツくんにしかできないライブであったと言える。
大幅に上がった水準 もう生半可なVTuberライブは見られない
今回のライブは非常に語りたいところや、気になるポイントが多い。例えば『PQ』のバーチャル空間は、おそらくUnreal Engineをベースにしているはずだが、具体的にどのような方法でリアルタイムなバーチャルライブを実現したのか? また、ライブにアドリブが差し込まれる以上、音と映像の同期をどのように工夫したのか? また轟はじめさんの鮮烈なダンスシーンなどで見られた、あの巧みなカメラワークはどこまで計算されたものだったのか? 等、技術的な点でも、これまでに聞いたことのないような挑戦的なことを仕掛けているはずだ(後日談のPodcastを聴くと、やはり直前まで相当なトラブルや変更があったようだが、こんな“無茶”をするのだから、ある意味では当然だろう)。
しかし、技術的な凄さ=このライブの価値そのものではない。上述したように様々な演出とリアルタイムのパフォーマンスが組み合わさったことで実現できたライブだからだ。問題なのは、それを実現するために突破しなければならない壁の多さと大きさについては、外野からではとても想像がつかない点である。一体、なぜこのような途方もない“無茶”を、ピーナッツくんはやろうとしたのだろうか?
ピーナッツくんが過去の動画や配信などで、度々話している目標がある。それは「エヴァ(※エヴァンゲリオン)に勝ちたい」というものだ。もちろん、この目標は収益や経済効果の面での勝利というわけではなく、あくまでVTuberカルチャーならではの金字塔を打ち立てたい、アニメカルチャーと肩を並べられるような文化にしたいといったニュアンスが強いものである。そこにはピーナッツくんのVTuberカルチャーへの愛着やこだわり、拠り所としてのアイデンティティなど、様々な想いが感じられる。
この記事では『PQ』と『エヴァンゲリオン』それぞれの違いを比較して、どちらが優れているかといった話はしない。ただ『PQ』と『エヴァンゲリオン』を並べた際、不思議と共通する感想があるように思えた。
それは「こんなものを目撃してしまったら、この後どうすればいいのだ?」という当惑だ。
今回のライブは、間違いなくVTuberのバーチャルライブのクオリティの水準をグッと押し上げるような「金字塔」的なものとなった。それは間違いない。それゆえに、生半可なバーチャルライブでは驚けない、感心できない身体になってしまったかもしれないのだ。
もちろん、個々のVTuberに、それぞれの魅力、それぞれのドラマ性があり、それがバーチャルライブというスタイルをとったときに、独自の感動を生み出すことはあるはずだ……しかし、それでも、やはり観賞するとき、どうしても『PQ』が頭をもたげてしまうだろう。それは、強烈なインパクトを残すアニメ作品が登場する度、『エヴァンゲリオン』と比較されて語られてしまうことと似ているのではないか?
著者はこれまで様々なVTuberのバーチャルライブを見てきて、このような感想を抱いたことは何度かある。例えば、VTuberのAR/MR演出のクオリティを大幅に向上させた2021年8月の「にじさんじ AR STAGE “LIGHT UP TONES”」や、現行のバーチャル空間で可能な表現を突き詰めた「SANRIO Virtual FES」のキヌ氏のライブ、VTuberのアイデンティティの変化をライブの中で表現として昇華してみせた2023年3月の「さなのばくたん。 -ハロー・マイ・バースデイ-」など……。しかし、このピーナッツくんの『PQ』は、それらとはまた別のベクトルでの回答を出したのではないかと思う。それが後々どのような言葉でジャンル的に区分されるのかはまだ分からないが「VTuberにはこうした表現もできる」という選択肢を広げたのは間違いない。
このライブを見て、頭を抱えたVTuber関係者はさぞ多いことだろう。バーチャルライブ自体の技術的なクオリティを高めるだけでは、この金字塔はたやすく突破できないからだ。この金字塔を迂回して違う道を模索するのか、あるいは超えようとするのか、そこは各VTuberの戦略によるが、もはや視聴者はこの体験を無かったことにはできない。
いや、おそらく、すでに考えはじめ、静かに手を動かしているクリエイターはきっといる。
今回の『PQ』を見て、何も動かないなんて現実は絶対に無いのだから。
アーカイブはHuluライブチケット購入で鑑賞可能:https://www.hulu.jp/static/pq/
(見逃し配信の期限は2026年1月12日(月・祝)23:59まで)





