「今日という日が人生でちょっとでも忘れづらい日になったらいいなって思うんですけど、いけそうですか?」
赤いペンライトの波が揺れるJ:COMホール八王子の舞台で、月ノ美兎はファンに向かって、こう呼びかけた。
4月18日(金)にじさんじ所属VTuber月ノ美兎のワンマンライブ「Papaer Rabbit」が開催された。月ノ美兎にとっては、2度目のソロライブであり、新作Mini Album「310PHz」の楽曲初披露の場となった。
このライブは、これまで月ノ美兎の活動を長く追ってきたファンからすれば、忘れづらいどころか、頭から離れないほどの強烈なものであったことは間違いない。一体、どのような体験だったのか、ライブに至るまでの経緯を振り返りながら、ひとつひとつを掘り下げていく。
月ノ美兎が自腹を切ってでもファンに見せたかったもの
そもそも、月ノ美兎がライブまでに発表した作品の量は尋常なものではなかった。2月に 1st Mini Album「310PHz」をリリース後、収録曲7曲のMV+ゲーム化を発表(ライブ当日までに5曲公開)。さらに、ライブ告知用の特別動画2本、ショート動画7本を投稿。その間にも「降りられない百物語」という約10時間の生配信も実施している。特に音楽方面でのリリースが非常に多かった印象だ。
もちろん単に発表の量が多かっただけではない。MVのクオリティの高さは信じ難いものだった。映像監督UBUNA氏による実写MV「こころのアビッシー」、ボカロPいよわ氏による幻想的なアニメMV「寝言は寝て言え」、VTuber市松寿ゞ謡氏によるホラーテイストMV「百cd融怪点」、クリエイティブチームAC部による前衛的なアニメ「ルナティックウォーズ」と、現在各分野の前線で活躍している作家たちが制作に参加している。
驚くべきは、MVのどれひとつとして、普段の月ノ美兎のVTuber姿が使用されていないことだ。実写の大型ぬいぐるみ姿の「ミトちゃん」、おそらくUnreal Engineで制作されたと思われる和服姿、2D姿のVTuber姿をあえて解体して見せた怪物のような姿など、それぞれの作家の得意な表現が活かされたうえで様々な”月ノ美兎”像が描かれている。その結果、ひとつの作品としても、月ノ美兎の多面的な姿と表情を広く伝える宣伝媒体としても成功している。
さらに、Mini Album発表時に特典として発表されたゲーム「アルクマルチバース」についても触れなくてはならない。こちらは楽曲「アルクユニバース」に合わせて、ゲーム内に選択肢が表示され、その選択によって楽曲が自然と変化していくというMV風のゲームだ。プレイヤーの選択肢に合わせて曲が変化するということは、収録時にはその分さまざまな歌唱のパターンを追加しなければならない。実質10以上の楽曲を収録するボリュームと言っても過言ではないだろう。
本人が生配信で語ったところによれば、この「アルクマルチバース」の制作は想像以上に困難で、一度頓挫しかけたそうだ。しかし、月ノ美兎自身がほかの楽曲のMV制作にかかる予算を自身のポケットマネーから出し、本来のMVの予算をゲームに注ぐことに決定したことで実現したらしい。このエピソードだけでも、個々のプロジェクトにどれだけの心血が注がれているのかが察せられてしまう。
もう一つ注目すべきは、ライブまでのスケジュールだろう。アルバムとライブの告知がはじまったのが2024年12月3日だが、この次点ではアルバムの収録は完了していなかったという。そのためライブが開催されるまでの約5ヶ月間の間に、楽曲収録、ライブ用のダンス練習、舞台での演出の打ち合わせ、ライブを実施するまでに発表するMVに関するクリエイターとの相談……。そこに普段の生配信や動画投稿という活動も入ってくるわけで、本人も「絶望」と漏らすようなスケジュールとなっていたのだ。
ここまでを振り返って考える。なぜ、月ノ美兎は、ライブに至るまでにこれだけの活動を積み重ねてきたのだろうか?
彼女が多くのにじさんじVTuberとは違って生放送主体ではなく動画投稿主体で活動するスタイルであるがゆえに、普段以上に動画投稿に注力してライブまでの露出を増やさなければならなかったという事情もあるかもしれない。あるいは、2024年のソニーミュージックから脱退して以来初のセルフプロデュースでの音楽活動となることから、相応のプレッシャーがかかっている故の必死の活動であったのかもしれない。
しかし、こうも思うのだ。月ノ美兎が本気じゃなかった活動など、この7年間で無かったのではないか、と。自分のやりたいこと、出したいものがあるのなら、自腹を切ることも、無理なスケジュールをこなすことも、最初から覚悟の上のことだったのではないか、と。
万華鏡のように映し出される月ノ美兎
そろそろライブの話に移ろう。今記事では、個々の歌唱やダンスのクオリティについては、「非常に満足のいくものであった」という一言に留め、ライブでの演出の部分を中心に触れたい。なぜなら、今ライブは細部まで工夫の凝らされた演出に、彼女のこだわりを強く感じられたからである(全曲解説ではないことはご容赦いただきたい)。
開演後、出だしから一般的なVTuberの音楽ライブとは大きく異なっていた。本人が舞台に不在のまま「アルクユニバース」の曲が流れ出し、スクリーンには、東急の多摩川駅西口を歩く月ノ美兎の姿。
切符を購入し階段を登り、電車に乗り込むと、次のシーンでは、J:COMホール八王子の最寄り駅に。普段から実写の景色の中を3Dアバターの姿で散歩する動画を多く投稿しているが故の、粋な演出だ。歌詞まで今回のライブ用の特別仕様になっていたのだから凄まじいとしか言えない。
「みとらじギャラクティカ」では、曲間に洗濯機が出現→爆発するというおなじみの展開から、月ノ美兎の髪型が変わるというサプライズも。ファンからのどよめきの声が上がったのも印象的だ。
特殊な演出は続く。「恋星ペリコ」ではスクリーン全体が白いシャワーカーテンに覆われ、月ノ美兎はシルエット姿でお風呂に入浴。かと思いきや頭にベールをかぶると、途端に結婚式会場のような雰囲気に。シルエットをうまく利用した巧みさが目を引く一方で、影絵のままの状態でも彼女本人がこの舞台にいると思わせる存在感があったことも興味深いところだ。
今ライブの中でも最もショッキングな絵面となったのは「こころのアビッシー」から「ルナティックウォーズ」までの流れだろう。きぐるみ姿のミトちゃんと、サプライズゲストのピーナッツくん&ぽんぽこの2人が並び、子ども向けのきぐるみショーのようなライブになったのだが、突然「謎ノ美兎(※月ノ美兎の動画シリーズに登場する謎の存在)」が暴れはじめ、混沌とした雰囲気に。ピーナッツくんの様子も次第におかしくなり、曲の最後にはピーナッツくんの着ぐるみの中から、謎ノ美兎が這い出てくるという衝撃の展開がはじまった。
二次元空間にいる月ノ美兎と、現実にいる謎ノ美兎のアクションシーンが差し込まれ、巨大化した謎ノ美兎に敗北した彼女は、足に踏まれてペラペラの姿(普段配信で用いられる2Dアバターの姿)に。一般的に大舞台では2DモデルのVTuber姿を利用する機会はほとんど無いはずだが、このような演出で差し込んでくるのは、月ノ美兎らしい仕掛け方だ。結果的に、私たちは、これまでの月ノ美兎、ひいては彼女が活動を開始してきてから様々に生み出されてきた様々なVTuberの表現をこの舞台で目にしている。
「てんやわんや、夏。」では、MVに登場した月ノ美兎、椎名唯華、笹木咲3名の“レゲェの姿”と言われる男性3名が登場(※正確には、椎名唯華を模した男性はMVとは別人)。舞台には、作曲者のひとり弦月藤士郎を含むVTuber4名と男性3名が登壇するという異例の事態だが、会場は沸きに沸いた。「女性のVTuberを男性が演じ、その男性とともに舞台で踊る」など、VTuber文化を知らない者(いや、知っている者でさえも)大混乱するものだが、その場の絵面のインパクトの強さ、何より面白さで、従来の価値観を突破してしまう。
静凛と樋口楓がゲスト参加「NEVER GLOW UP」でも、VTuberという枠そのものを崩すような一幕が。曲の合間に、ゲスト2人の身体があらぬ方向へと徐々に傾き、グチャグチャに。VRユーザーであれば、3Dアバターのトラッキングが崩れたこの状態に見覚えがある者もいただろう。舞台にPCのブルースクリーンが映し出され、(アーカイブ映像ではほぼ一瞬のみでしか映らないが)両手を横に伸ばしたTポーズ姿の3名が復帰。これは、月ノ美兎と樋口楓が一時期ハマっていたというVRChatアバターのモノマネというネタの流れを汲んだものだろう。いずれにせよ、こうしたVTuberの3D姿が表舞台で破綻する姿は、一般的に「大失敗」を示すものだ。しかし、その表現をわざわざライブの中に仕込んでいる時点で、観客の常識をあえて揺らしにかかっていることは間違いない。
「贋ト旧称」にも触れておく必要があるだろう。原口沙輔氏作曲の今作はアルバムには未収録。なんとライブ当日にリリースされている。「当然、ライブ当日まで月ノ美兎の情報をおっているよな?」というファンへの信頼のもとに出されたサプライズと言って過言では無いだろう。しかし、制作から発表までのタイミングを考えれば、パフォーマンスの練習時間などほぼ無かったことが察せられる(事後の振り返り配信でも、ギリギリまで曲順が入れ替えられていたと語られていた)。
長くVTuberを追っている人間にとってのサプライズは、電脳少女シロとの共演だったろう。月ノ美兎は電脳少女シロの活動をみてVTuberをはじめたことを度々口にしており、2020年前後は共演回数が多かったものの、最近ではあまり対面する機会が無かったように思う。この日、電脳少女シロは、月ノ美兎とのコラボ機会も合った頃の、懐かしい衣装(旧3Dモデル)で登場。そのこともファンには特別な感慨を抱かせるに十分だった。
曲は「あいがたりない」。TVアニメ『バーチャルさんはみている』のOP楽曲として採用されていたものだ。2019年の放映当時『バーチャルさんはみている』は、内容のクオリティ面で必ずしも評価の高かった番組ではなく、月ノ美兎本人も度々生配信でその頃に味わった苦悩の収録をネタにしていたが、年月が経ち、あらためて2人がこの曲を歌うことによって、懐かしさも加味され、より響く曲になっていたように感じた。
ゲスト全員参加の「一千光年」。月ノ美兎が少し高い台の上に位置し、指揮者のようにゲストと向き合うかたちに。この構図にVTuber黎明期を先導してきた月ノ美兎の姿を重ねてみたファンも多かったはずだ。しかし台から降りる際に、彼女は転んでしまう。それを真っ先に支えようとしたのが電脳少女シロだった。このシーンにも、当時ふたりの関係性を重ねて見てしまうのは妄想の広がりすぎだろうか?
アンコール前までの一連のプログラムを振り返ると、このライブには月ノ美兎のこれまでの歩みと、彼女によって生まれた様々なVTuberたちとのつながり、彼女の編み出した「VTuberを活かした表現」が、一挙に舞台上で“再現”されるものとなっている。ある意味で、総決算的なライブだったと言える。
先述したが、2Dから3D、着ぐるみ、謎ノ、レゲェと、自由自在にスタイルを変更しながらも、一貫して、このライブが「月ノ美兎のライブ」であることが揺るがない点も驚くべきところだ。思えば、月ノ美兎はVTuberの黎明期から、視聴者の「VTuberはこうあるべき」という固定観念や一般常識を打ち崩した立役者である。VTuberという枠の破壊、それはひるがえって「VTuberだから出来ること」の表現の幅を大きく広げることにも貢献した。
単に革新的だっただけではない。彼女のクリエイティブに対する真摯な姿勢、視聴者を楽しませようとする心意気があったからこそ、視聴者も付いてきた。彼女の創作精神に影響を受けてVTuberを始めたという者は多く、ファンアートを描くために絵を描き始めた、応援したくて音楽をはじめたといった者なども数え切れない(かくいう著者も、月ノ美兎を見てから本格的にVTuberを追いたくなり、現在MoguraVRの編集者となっている)。さらに、クイズゲーム、謎解きサイト、雑誌風デザインのHPなど、彼女の創作活動に刺激されたクリエイターによる遊び心に満ちたコンテンツが数多く登場している。彼女の活動は、インターネットで活動しているクリエイターやユーザー全体にもポジティブな影響を与えていると言って良いはずだ。
これまで、視聴者は万華鏡を覗き込むように、月ノ美兎が次々と何かに変わりゆく様をエンタメとして享受してきた。どこへ行くとも知れないその小さな背中から、約7年間も目が離せなかったのだ。しかし、まさか私たちが月ノ美兎から見られていたとは思わずにいたのである。
月ノ美兎はインターネット越しに我々を見ている
アンコール後に公開された2曲に注目したい。ひとつは「みちくさイズム」、もうひとつは「コスモノート」だ。
「みちくさイズム」は、月ノ美兎自身が制作に関わった楽曲ではない。彼女の活動7周年目にファンが制作した二次創作的な楽曲である(作曲:篠沙季 ナユタ)。月ノ美兎のお散歩動画に着想を得たもののようで、リアルな現実の風景をバーチャルなカメラで切り取るかのような構図のMVとなっている。非常に手の込んだクオリティの高い楽曲で、月ノ美兎に対する想いの強さを非常に感じられるものだ。そんな楽曲が、ライブの場でオリジナルの振り付けをつけた上で披露されたことは、彼女がファンの創作物・制作物をしっかりと見ているというメッセージになっている。
振り返ってみると、月ノ美兎は自身の創作活動にファンをリアルタイムで巻き込む仕掛けをしたり、ファンが描いたインテリアや家具アイテムなどのアートをバーチャルな居住空間に設置してネタとして活用したりと、かなり視聴者の創作物、ひいては活動全般を“見ている”。現在は動画投稿のスタイルがメインで、生放送でのチャットでのコミュニケーションは少ない印象があるが、それでもやはり、視聴者のことを、(おそらくファンが考えている以上に)意識し、コミュニケーションのきっかけを探っているように思えるのだ。
最高の月ノ美兎2ndワンマンライブ「Paper Rabbit」にて、
「Moon!!」、「Jump!!」編曲、「コスモノート」(カバー)で携わらせていただきました!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「コスモノート」フルサイズボカロ版はこのあと0時公開 https://t.co/4FDfhiIyK5— iru (@iru_pop) April 18, 2025
ライブのラストを飾った「コスモノート」。これもiru氏の二次創作的な楽曲のカバーである。そもそもiru氏は、月ノ美兎の活動初期にイメージソング「Moon!!」を提供し、本人がそれを公式楽曲として採用。その後、重要なライブで数多く歌われてきたという経緯がある(今ライブでもアンコール前の最後の一曲として採用されている)。「コスモノート」はその歌詞の内容的にも「Moon!!」の実質続編的な立ち位置のものとなっていたが、ショート版が2024年2月に公開されて以降、フルサイズ版は未発表となっていた。
そんな状況下にあった楽曲、満を持してフルサイズで公開されたのが、このライブだったのである。あらためてフルサイズで楽曲を聞くと、歌詞には彼女のこれまで発表した曲名を思わせるフレーズが多く使われており、まさにライブの締めくくりに相応しいものになっている。どこまでも、これまでの歩みを大事にしているかが分かるプログラム構成である。
今回のライブだけでも、彼女のクリエイター・ファンに対する想いというのは十分に汲み取れる。我々が月ノ美兎を見ているとき、彼女もまたインターネット越しに我々を見ている。そうであるならば、彼女から受けたポジティブな影響を、何かしらのかたちでインターネットに放流していくことが(具体的にどうなるかは言い難いが)今後の良いことに繋がっていくはずである。それはクリエイティブな創作活動に限らず、月ノ美兎の歩いた散歩道を自分で辿ってみたり、図書館に行って前から気になっていたことを調べてみたりといったことでも良いのかもしれない。いずれにせよ、このライブで受け取った“なにか”を、形や行動にしていくことが、月ノ美兎を応援するうえでも大切なのだろう。
アンコールが終了し、月ノ美兎は閉場アナウンスで「がんばって」と言った。この「がんばって」が何を意味するのか、正確には分からない。しかし「がんばって」と言われたからには、次は私たちが、がんばる側であるはずだ。
アーカイブはこちら(5月9日まで)
https://live.nicovideo.jp/watch/lv347248473
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📡月ノ美兎 2ndワンマンライブ「Paper Rabbit」
セットリスト&ゲスト公開🎤
⋱今回のセットリストを公開!
また、本公演で登場したシークレットゲストを紹介!#電脳少女シロ(アップランド所属)#ピーナッツくん#ぽんぽこ#月ノ美兎PaperRabbit
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