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Magic Leap 2018.09.02

Oculus創業者パルマー・ラッキーが考察するMagic Leap One

発売以来、様々な意見が登場しているデバイスMagic Leap One。アメリカのメディアはこれまで集めてきた投資額に比較して批判的な意見が多くなっていますが、開発者からはハードウェアの評価としては肯定的な意見も聴かれます。

Oculus Riftの生みの親であり、現在のVRのトレンドを作るきっかけを生み出したパルマー・ラッキー氏は、8月27日自身のブログに「Magic Leap is a Tragic Heap(Magic Leapは悲劇のかたまり)」というタイトルで記事を投稿しました。Magic Leap社が発売したデバイスMagic Leap Oneの開発者版を実際に体験して同氏が感じたことをしたためたものです。

2015年に20億ドルでFacebookに自身が創業したOculus社は買収されました。同氏は2017年にOculus社を去った今も依然VR、ARに関して強いビジョンと想いを持っています。

以下は本人の許可を得て当該投稿を翻訳したものです。

Magic Leap is a Tragic Heap(Magic Leapは悲劇のかたまり)

このレビューのタイトル「Magic Leap is a Tragic Heap(Magic Leapは悲劇のかたまり)」は、慎重に選んで付けたものです。なんとなく付けたわけではありません。私はVRをはじめReality–Virtuality Continuum(※訳注1)に関するその他全ての技術にとって、ベストな物を望んでいます。Magic Leapに対しても同様です。

※訳注1:Reality–Virtuality Continuumは、 実環境からVR環境までが連続したものであるという概念。AR、VR、Augmented Virtuality、MRなどを全て内包する。参考:用語集

残念ながら、現在販売されているMagic Leapのデバイスは、伝統的な見方に立って言えば悲劇的な製品です。同社がこれまで莫大な額の資金調達を行い、慎重に練られた広告戦略でAR業界を盛り上げてきたことを考えるとなおさらです。Magic Leapのデバイスは、機能的な開発者向けキットというよりは、意味のある使い方が出来るユーザーはほとんどいないでしょう。デバイスの設計に関する判断の多くも、この実態に基づき行われたように思われます。これまでAR業界の投資を独占できた背景ともなった同社の描いた約束はほとんど実現できていません。

Magic Leap Oneについてはすでに多くのレビューが出ていますので、今回はまだあまり取り上げられていないいくつかポイントに絞って論じたいと思います。もし読者の方が全体像をとらえた概説を知りたいと思ったら、Testedが公開するこの動画を見ると良いでしょう。デバイスの構造や仕組を知りたい場合は、iFixitの分解レポートが役に立ちます。

コントローラー

(コントローラーの)トラッキング性能は悪いです、他に評価のしようがありません。コントローラーの反応は遅く、スペース内でドリフトし、特に大きな鋼鉄の物のそばでは機能しなくなります。木造の家ならうまく動くでしょうが、いかなる工業環境では使えません。磁気センサを使ったトラッキングの効果を得るのは、ベストの条件下であっても困難です。これまで私が見た中で、一般公開されたものとしては最悪の実装かもしれません。Polhemus(OG磁気トラッキング)やRazer Hydra、とらえどころのないSixense STEMといったコントローラーシステムに詳しいVRファンであれば、何が制約になるかよく分かるでしょう。Magic Leapの開発者向けマニュアルには次のように書かれています。「6DoFのトラッキングは、ゆっくり落ち着いた動きのときは安定します。素早く、急な動き(例えばボクシングや釣りのような動き)のときは、素早くもとに戻り、位置を変えます」

私は、Magic Leapはヘッドセットとの間を結ぶ直線や、位置情報を伝えるための膨らんだ突起部分が必要ないコントローラーを作りたかったのだと理解しています(※訳注2)。しかしこの考えは、特にただ正しく機能するだけのコントローラーを望んでいる開発者にとって、ひどいトレードオフを引き起こします。今までにどのメーカーもMagic Leapのような考え方をしてこなかったのには、正当な理由があるのです。隠し芸のようにコントローラーを背中に隠すのは面白いでしょう(※訳注3)。しかし、Magic Leap Oneはもっと基本的なトラッキングシステムを用いることが出来たはずですし、またそうするべきでした。他の多くの企業は、インサイドアウト方式の光学トラッキングを、Magic Leapのような莫大な資金調達なしに、なんとか実現してきました。そして、万一うまくいかない場合でも、社外と協力してシステムを用いて実行しました。現時点で、Magic Leapのソフトウェアやユーザーインターフェースの多くの限界は、このコントローラーのせいで引き起こされているように思えます。

※訳注2、3:ヘッドセットに搭載されたセンサーでコントローラーの位置や回転を認識するインサイドアウト式のコントローラーでは、ヘッドセットの前面にあるカメラの画角範囲内で障害物がない場合にしかコントローラーを認識することができない。また、コントローラーの回転などを認識するためにPCメーカー各社のWindows MRヘッドセットやOculus社のSanta Cruzのコントローラーなどではコントローラーの先端が大きなリング状の形状になっている。

もう1点、競合製品との奇妙な相違点として、コントローラーのトラックパッドをクリックできないという点が挙げられます。Steamコントローラー、HTC Viveのコントローラー、Oculus Go、Lenovo Mirage Solo等々、これらのコントローラーは全てクリック可能なトラックパッドを備えています。また設計者がこの特徴に依存する部分も非常に大きいです。Playstation 4のコントローラーにさえ同様のトラックパッドがあります!実際にこの事実が何を意味するかと言えば、(Magic Leap Oneのコントローラー)のタッチパッドを使った操作では、指を持ち上げ、タップする動作(精度は非常に悪いです)またはトラックパッドをおさえたままトリガーをクリックする(同様に精度は非常に悪いです)という動作が必要です。また、クリックできないということは、つまりトラックパッドをボタンのように使用したり、その他何かを選択するためには使えないということを意味しています。
VR/AR業界の企業は皆アルプス電気(素晴らしい企業です)の部品を使っています。Magic Leapもアルプスに相談し、RGBのLEDがついたカスタムのトラックパッドがほしいと言えば良かっただけではないでしょうか。

コントローラーについて最後に。多くの磁気トラッキングシステムと異なり、Magic Leap Oneのトランスミッターはコントローラー内部にあります。これはつまり、トリガーボタンのちょうど上の部分に、銅ワイヤで巻かれた巨大な鉄製のコイルがある、ということです。重量のバランスをとるために、Magic Leapはコントローラーの底部に金属製のおもりを使わなければなりませんでした。最初に持ったときにはコントローラーが”特別だ”と感じさせる重さですが、長期にわたるエルゴノミクスの観点からは、よろしくないです。

コンピューター

Magic Leapはこの機器を “Lightpack”と呼んでいます。基本的な構造は、タブレットコンピューターの心臓部分を大きめのホッケー用パックに詰めて、ベルトに装着する、というものです。この機器は、Magic Leapの中でダントツで最高の部分です。A+評価です!私は、Magic Leapはファッショナブルな選択をし、見た目を良くするためにハードウェアやその他バッテリーなどを全てヘッドセットに格納すると思っていました。しかしどうやら、まっとうな考えを持った開発者らは、デバイスを常に身につけてほしいのに、一番重い部品を身体の中で最も重さに敏感な部分につけるのは良いアイディアではない、と気づいたようです。―この話は長くなるのでまた改めてしますが、ヘッドマウントディスプレイを軽量化するということに関しては“厳しく”なければならない、とデータが示しています。このアプローチ方法のおかげで、Magic Leapは頭部に装着するデバイスよりも、ずっと能力の高いチップを搭載することができました。

ケーブルはしっかりしており、後頭部を引っ張られる重みが多少バランスを取る助けになります。バッテリー交換が出来る構造にすべきだったと思いますが、交換が必要になるほどMagic Leap Oneを長時間使う人はいないでしょう。AR/VRの歴史を保存しようとするコレクターくらいです。

ヘッドセット

Magic Leapはこの機器を “Lightwear”と呼んでいます。この部分こそが、これまで何年にもわたって興奮の渦を引き起こしてきたものです。「Photonic Lightfield Chips」だとか、「Fiber Scanning Laser Displays」だとか、「デジタルのライトフィールドをユーザーの目に映す」といった噂が絶えませんでした。そして、「輻輳調節矛盾の解決」という聖杯のような約束。これはヘッドマウントディスプレイを何十年も悩ませてきた問題です。「輻輳調節矛盾の解決」は、ユーザーの目の焦点と輻輳を常に一致させる、というもので、Magic Leap自身も「恒久的な神経障害(※訳注4)」や脳へのダメージを防ぐために重要だとしていました。また、この問題はVRよりもARにおいてより重要です。なぜならARでは、ユーザーは常にデジタル映像と、確固とした現実世界の景色をミックスして見ることになるからです。

※訳注4:Magic Leap社のCEOが掲示板Redditで質問に回答したときのもの。

要点を述べると、「Photonic Lightfield Chips」と考えられていた物は、ただのフィールドシーケンシャルカラー(FSC)方式のLCOSディスプレイとLEDを組み合わせた導波路でした。マイクロソフトのHoloLensといった、他のデバイスで何年も前から使われてきた技術です。Magic Leap Oneは、「ライトフィールド・プロジェクター」でもないですし、どんなに定義を広く考えても当てはまるものではありません。2焦点面のディスプレイとして輻輳調節矛盾を解決できるのは、全てのユーザーインターフェースと空間内の構成要素を、決められた2つの焦点のどちらかと合う場所に設置した、工夫されたデモの時だけです。他の深度ではミスマッチが生じます。壊れた時計でも1日に2回は正しい時間を示せるのと同じ原理です。

さらに詳しく説明すると、Magic Leap Oneは6つの導波路を使っています。それぞれお互いの上に重なり、RGB3層がそれぞれ2つの異なる焦点面に割り当てられています。Magic Leap Oneは2焦点面(Bi-Focal)のディスプレイと考えられます。つまり、ディスプレイの焦点をアイトラッキングに基づいて2つの異なる位置の間で動かせる物です。ただしOculusのHalf-DomeNVIDIAの本物のライトフィールドディスプレイのように、可変的に焦点を動かす(vari-focal)ことはできません。私はまだ正確な数値を把握していませんが、近距離は0.75メートル、遠距離は5メートルに焦点が合っているようです。もしMagic Leapがこの技術を使い続けるのであれば(そして実際、同社が他の技術、特に散々宣伝されたファイバーディスプレイを使えると示すものを見たことがありません)、他の焦点を設定するためにはさらに多くの導波路と、実行不可能なレベルの高いフレームレートが必要です(逆算すると、焦点面1つに対して最低60hz必要になります)。納得のいく重さ、画質を実現し、さらにコストの制約がある中で、この仕組みが実現するとは思えません。

誤解のないように!焦点が複数あるのは良いことです。それによって開発者が非常に近い物体や、逆に非常に遠くの物体に焦点を合わせてしまうという極端なミスマッチを避けることが出来ます。とは言え、興奮を巻き起こし、実現しない約束で投資を独占してきたという事実は、Magic LeapのみならずXR産業全体にとって良くないことです。ハードウェアメーカーは、自社のデバイスの性能について開発者と明確にコミュニケーションを取る責任があります。その性能が、自社の目指すものに満たない場合であっても、です。

ヘッドセットの他の部分について触れます。トラッキング性能は、AR/VR業界の大半のメーカーに比較すると良いです。但しHoloLensのようなビッグプレイヤーには劣ります。理想的な環境で使用しても映像の乱れは生じます。例えるならば、PSVRとOculus Riftの中間を想像すると良いでしょう。メッシュ・システムは良いですが、HoloLensの速さには及びません。Stereolabsのような、あまり投資は集められなかった企業のデバイスにちょっと似ています。

2焦点面表示を別にして、画質は許容範囲です。HoloLensを使ったことはありますか?その時と同じ見え方で、若干視野角が広くなったものを想像してみてください。カラーの物の見え方は、何枚もの導波路が重なっているせいで若干良くなく、黒色のレベルは若干良いですが、他のメーカーとどっこいどっこいです。ヘッドセット自体を使いやすいレベルの熱さに保つのに、十分な処理能力を引き出しているにもかかわらず(真面目な話、暖かい室内ではマグネシウム製のシェル部分は触れません)、ディスプレイがぼんやりし過ぎているため、屋外で使うことはできません。透過性は暗いサングラスとほぼ同じというのに(つまり室内向けにぴったりの製品ではありません)、残念なことです。では、アイトラッキングはどうでしょう。これを評価することは不可能です。なぜなら、この機能は使われていないからです。優れた指標ではありません。

本当の意味で跳躍(Leap)と言えるのは、視野角かもしれません。使えるレベルまで広く、デバイスのサイズよりもユーザーエクスペリエンスを優先した結果、実現できたことかと考えられます。良い例として、視野角90度のDreamworldがあります。トラッキングは比べ物になりませんが、わくわくする体験であることは確かです。

オペレーティング・システム(OS)

Magic Leapは、同社が「全く新しいOSを構築した」としており、同社の「空間コンピューティングシステム」を活用するLuminOS、と呼んでいました。しかし実際は、ただ表面上カスタマイズしたAndroid OSでした。新しいOSを構築した、と主張したい時によくあるやり方でした。

このパートは短く終えましょう。将来的にはMagic Leapがクールなものになるといいと思っていますが、現在のユーザーインターフェースは、基本的にAndroid Wear スマートウォッチのメニューをベースに、目の前に浮かせています。メニューはフラットパネルで構成されており、前述のクリックできないトラックパッドを使って操作します。アイトラッキングや、コントローラーの回転・位置、ヘッドロック機能は無視されています。Windows8スタイルのアプリケーションウィンドーは空間のどこにでも設置可能で、浮かばせておくことも壁に貼り付けることも可能です!見た目は気が利いていますが、ほとんど役に立ちません。しかもマイクロソフトが約3年前に披露した機能と同じです。スマートフォンのユーザーインターフェースの中で最悪の部分が、VRのユーザーインターフェースの中で最も見掛け倒しになっています。近い将来に、開発者がより良いものを送り出してくれると願います。

売上データと開発者の採用状況

Magic Leapの受注システムは、リリース後の数日間は非常に分かりやすいものでした。私は知り合いから注文数の情報を集め、注文日のデータと比較し、自身の立てた最初の数週間の売上予測精度にはかなり自信が持てました。しかし残念ながら、私がこのことにツイッターで触れてすぐ、注文システムは変わってしまいました。私が知り得た情報に基づけば、最初の1週間で売れた数は2,000台です。売上開始後の48時間に大きく偏っています。強いて予測するのであれば、現時点での総売上数は3,000台以下でしょう。明らかな理由を元に、これは残念なことだと言えます―私はMagic Leap Oneを入手した人100人以上知っていますが、その中にAR開発者はほとんどいません。大半はハイテク企業の幹部、いわゆる”インフルエンサー”、または業界のアーリーアダプター、但し実際にARアプリを制作する予定はない人、といった人々です。これは初期のVRの業界に見られた大きな問題でした。何十万台もの開発者向けキットが売れた中、開発者の規模は何万人という単位だったのです!問題が倍に増え、Magic Leapにとって厳しいことになるでしょう。

総括

Magic Leapは過去数年間の行動を正当化するために、本当に人々を圧倒しなければいけません。発売された製品はそれなりにきちんとした物ですが、同社が宣伝してきたものとはかけ離れています。そして、ARアプリケーション開発に広く有効なツールとなり得ない、複数の欠点を抱えています。これは、XR産業にとって良いことではありません。
HoloLensと比較すると、ある点では幾分性能が良く、ある点では幾分劣っています。そして全般的に、3年前の最先端製品から少ししか進歩していません。“コンシューマーAR1.0”というよりは、むしろ“HoloLens1.1”です。コンシューマーARはさらなる技術の進歩なしにありえないもので、その進歩は他の企業から起こるかもしれません。もちろん、Magic Leapが私たちを出し抜こうとして、本当の製品は隠されているのかもしれません!ただ、これまでの経験からそれはないでしょう……。

上記の写真は、Magic Leapが2,3年前にメディアWIREDへ提供した物の1つです。まだ同社がファイバーディスプレイに関して噂を煽っていた頃です。このしゃれた、ハイテクな光線を見てください。この光には何の意味もありません。ただの電界発光ワイヤです。パッと見には素晴らしく見えますが、知見のある人の目には耐えられないでしょう。もしこんな光で自分の服装やゲーミングPC、何十億ドルを何度も煽る機器を飾ったりしたいなら、こちらから一式20ドルで購入できます。

編集部補足:パルマー・ラッキー氏は同記事の末尾に「アップデート」と称して、Magic Leap社のCEO Roni Avobitz氏がパルマー・ラッキー氏の記事投稿を受けてTVアニメに例えてラッキー氏を揶揄する一連のTwitter投稿を行ったことを皮肉を込めて追記しています。

(参考)THE BLOG OF PALMER LUCKEY


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