Oculusの原点となった名作SF『スノウ・クラッシュ』-フィクションの中のVR【第4回】

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(ニール・スティーヴンスン/日暮雅通 訳/ハヤカワ文庫SF/原題 Snow Crash)

ニール・スティーヴンスンが1992年に発表した『スノウ・クラッシュ』は、電脳空間を舞台とした本格的SF小説です。

近未来、アメリカ連邦政府は既に機能しておらず、各地で都市国家がフランチャイズ経営されています。もはやアメリカが世界に誇れるのは「音楽、映画、マイクロコード(ソフトウェア)作り、高速ピザ配達」の4つだけ。そのためピザ配達人は特権階級で、ピザ配達人養成の専門大学まで存在しています。

そんな世界を駆け抜ける主人公ヒロは、最後のフリーランス・ハッカーにして世界最高の剣士、そしてピザの配達人なのです。

意表を突いた設定が象徴するように、この小説は全体的にドライなユーモアに満ちていますが、ストーリーには言語学、宗教、古代シュメール文明の歴史など膨大なアイデアが投入されており読み手を圧倒します。

ニューロマンサー』が巻き起こしたサイバーパンク運動がひと段落した90年代、この小説は「ポスト・サイバーパンク小説」と呼ばれました。無国籍な雰囲気で、日本のカルチャーも数多く登場します。

米国内でも高く評価され、「タイム」誌が2005年に発表した「1923年以降に英語で出版された小説ベスト100」にも選出されています。

本稿は2名によるリレー形式のレビューとなります。

Oculusの原動力とも言える『スノウ・クラッシュ』

この『スノウ・クラッシュ』は、SFとしての評価が高いだけでなく、現在VRの業界を牽引するOculus社に大きな影響を与えています。特に2人の中心人物が『スノウ・クラッシュ』に言及しています。

一人は創業者のパルマー・ラッキー氏。Oculusの最初のプロトタイプを制作し、Oculus社の創業者となったパルマー・ラッキー氏は、米タイム誌の取材の中で、少年時代の愛読書として『スノウ・クラッシュ』を挙げています。

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その後、ラッキー氏は、VRを実現するべくVRヘッドマウントディスプレイの開発に情熱を注ぎ続け、ついにOculus Riftのプロトタイプを完成させます。その後の流れはこれまでMogura VRでもご紹介してきた通りで、2014年にはFacebook社から20億ドルで買収、そして2016年にはいよいよ製品版のOculus Riftが発売されます。

そしてもう一人野重要人物は、Oculus社でR&D部門のリーダーを務めるチーフ・サイエンティストのマイケル・アブラッシュ氏。アブラッシュ氏は、伝説的なプログラマーとして知られています。Windows NTの開発に携わった後に、FPSというジャンルを作り上げた『QUAKE』の開発に携わりました。Oculusの前まで、アブラッシュ氏はValve社におり、ウェアラブルコンピューターを開発していました。

image201509300300122Oculus Connect 2でOculusが考える将来のVRについての講演を行うアブラッシュ氏

Valve社にいた2012年、アブラッシュ氏は、自身のブログにValve社、ウェアラブルコンピューティングについての記事を投稿しました。

その中で、彼は『スノウ・クラッシュ』との偶然の出会いが彼の原動力となり、大きな影響を与えたことを明記しています。そして、2014年ValveからVRの企業であるOculusに移籍しました。

アブラッシュ氏は常に、Oculusの見据えるVRの未来を語ります。人間の知覚をいかにVRにいると思わせ、そしてVRを実現するかを追求している、彼の姿勢はまさに『スノウ・クラッシュ』の世界を実際に実現しようとしているかのようです。

(すんくぼ)

疾走するリアリティ

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そこまでの影響を与える『スノウ・クラッシュ』。その中で一体何が描かれているのでしょうか。

本書に登場する「スノウ・クラッシュ」とは、電脳空間に現れた新種のコンピュータウィルスで、使用すると電脳空間内だけでなく現実世界での肉体にもダメージを与える危険なドラッグでもあります。

ある日ヒロは電脳空間で不気味な男に声を掛けられたことから、特急便屋の少女Y・Tと共にスノウ・クラッシュを巡る事件に巻き込まれていきます。

本筋とは関係無さそうな講釈が延々と続いたり(ちゃんと関係あります)独自の固有名詞がたくさん登場したりして、SFを読み慣れていない人はついていくのが大変だと思いますが、物語にはやがてマフィアや核爆弾、大型タンカーまで登場しどんどんスケールが広がっていきます。頑張ってストーリーを追いかけましょう。

作者本人によるとこの小説は元々グラフィックノベルとして書かれる予定だったそうで、確かにグラフィックで見てみたかったなと思わせる映像的でカッコいい場面が多く登場します。高速ピザ配達の描写や、電脳空間内で刀で対決する場面、バイクで疾走する場面なんかはシーンが頭に浮かぶようです。

この小説で重要な役割を担う電脳空間は、メインストリートの全長が地球の円周よりはるかに長い65,536kmもあり、「ニューヨークシティの倍」くらいの人口がアクセスしているとされています。そこに主人公らはゴーグルとイヤフォンを装着してアクセスするわけですが、この空間は作中では「メタヴァース」と呼ばれています。

そう、2000年代初頭に登場したオンライン空間「セカンドライフ」で話題になった「メタヴァース」という言葉はこの小説で初めて登場しました。セカンドライフの創設者であるフィリップ・ローズデールはこの小説に影響を受けてセカンドライフの構想を練ったと言われています。セカンドライフはオンラインゲームと違い、何らかの目的を持ってアクセスするのではなく、ユーザー同士で交流したり生活する場としてのVR空間である事が特徴的でした。また、合わせてメタヴァースの中でのプレイヤーは「アヴァター」と呼ばれる外見も全く異なるバーチャルな自分を作り、操作します。このいわゆる「アバター」の概念が最初に登場したのものこの『スノウ・クラッシュ』です。

作中のメタヴァ―ス内には様々な情報を取捨選択し主人公に提示する「ライブラリアン」というAI(人工知能)が登場します。モニター上で文字を打ち込んでただネットを検索するのではなく、VR空間内でAIと先生と生徒のようにディスカッションしながら知識を得ていく描写はスリリングで、VRの可能性を感じさせます。

スノウ・クラッシュからメタヴァースを守るため、ヒロは世界を駆け巡ります。本書はそれまでのサイバーパンク小説とはやや趣が異なり、荒廃した世界観の中に皮肉や諧謔を織り交ぜた軽やかな文体が特徴的です。

目まぐるしい展開にワケが分からないまま終盤まで連れていかれる読者も多いと思いますが、何故か余韻のあるラストシーンは胸に残ります。

(k42u)

『スノウ・クラッシュ』が原点になっているワケ

では、なぜこの『スノウ・クラッシュ』はVRに情熱を傾ける2人に影響を与えてきたのでしょうか。

それは、『スノウ・クラッシュ』が、「メタヴァース」や「アヴァター」といった概念をただ提示しているだけではなく、VRの世界が活き活きと魅力的に描かれているからだと筆者は考えています。メタヴァースには機械的な要素は一切なく、現実と同じようにメタヴァースの中の役割・生活が行われています。そして、現実の事件の謎を解く鍵も担っているという点で、ただの現実逃避のための空間ではなく意味のあるものとして描かれています。

なおかつ、それらが実現可能なものとして提示されていることも重要なポイントです。『スノウ・クラッシュ』では、ウェアラブルなデバイスを頭にかぶるという設定や、PCやネットワークに接続するといった技術的な話もふんだんに盛り込まれており、突拍子もないSFというよりは「技術的に進歩すれば手が届きそうな」VRの姿を提示しています。実際に、アブラッシュ氏はこの作品を読んだ後に、ゲームの世界でメタヴァースを実現するべく『QUAKE』の構想に取り掛かったと伸べています。

Oculus社が手に装着するOculus Touchのデモとして作った「Toybox」はまさに『スノウ・クラッシュ』で描かれたメタヴァースへの第一歩と言えます。Oculus Riftを被り、実際に手を動かしながら、アバター同士で遊んだり話してコミュニケーションをとる。まさに原始的なメタヴァースの原型がそこにあります。

https://www.youtube.com/watch?v=iFEMiyGMa58

『スノウ・クラッシュ』は以降のVRを題材にした小説にも影響を与えています。

2011年以降、VRをテーマにし、アメリカで注目を集めた小説『Ready Player One』(邦題:ゲームウォーズ)という小説がアメリカで話題になり、2017年にはスティーブン・スピルバーグにより映画化します。この作品は、『スノウ・クラッシュ』で提示された概念を現代風に味付けしています。例えば、ストーリーや設定にギーク・カルチャーをふんだんに散りばめているほか、オンライン通貨の仕組みなどより現代的な世界観が特徴です。

また、日本のVRをテーマにしたライトノベル・アニメ作品『ソードアート・オンライン』はメタヴァースやアヴァターといった概念にさらにMMORPGや、脳神経に直接作用するようなVRマシンを使います。メタヴァースを単一な大きな社会として描かず、相互に繋がる複数のオンラインゲームとそれらのネットワークとして描かれている点は、新鮮です。

『Ready Player One』も『ソードアート・オンライン』も、ラッキー氏やアブラッシュ氏からしばしば言及される作品です。『Ready Player One』に至っては2015年9月に開催されたOculus社の公式開発者会議Oculus Connect 2で参加者全員に配布されています。

筆者は全ての作品を読みましたが、現在黎明期を迎えつつあるVRの今後の姿を描いたフィクションとして、3作品は非常に興味深いものです。その原点となっているのが『スノウ・クラッシュ』です。

一連のVRをテーマにしたフィクションの原点でもあり、VRに情熱を向ける人々を魅了し続ける世界観の始まりともなっている作品でした。VRの未来を想像するためにも、ぜひ読んでおきたい作品です。
(すんくぼ)

本連載「フィクションの中のVR」のバックナンバーはこちら

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サイバーパンクの世界はここから始まった『ニューロマンサー』-フィクションの中のVR【第3回】

少年と宇宙戦争とシミュレーション『エンダーのゲーム』-フィクションの中のVR【第2回】

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この記事を書いた人

  • hyoshiki

    会社員です。SF小説や映画が好きです。フィクションにおけるVRの扱われ方なんかに興味があります。

    Twitter:@southern_kugua

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  • KFtb1VIM

    慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、環境省に入省。環境白書の作成等に携わる。ECベンチャー勤務を経て、現Mogura VR編集長、株式会社Mogura代表取締役社長。
    現実を進化させることができるVRに無限の可能性を感じ、身も心も捧げている。これまでに体験したVRコンテンツは展示、配信合わせて500作品以上。現在ももちろんコンテンツを体験し続けており、VR業界の情報集約と提供、コンサルティングに強みがある。また、海外の主要なVRイベントでは必ず現地に足を運び、取材やネットワーク構築を行っている。2016年は6回渡米。

    Twitter:@tyranusii

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