「VR大好きなんですが超酔うんですが – VR酔いの研究(3) 自分の作っているコンテンツの酔いがなかなか無くなりません」~白井博士のVRおもしろ相談室 第5回~

さて、3回にわたってお伝えしてきた「VR酔い」です。

▼「VR大好きなんですが超酔うんですが – VR酔いの研究(1) VR酔いの意外な歴史」
http://www.moguravr.com/shiraihakase-vr-omoshirosoudan-3/
▼「VR大好きなんですが超酔うんですが – VR酔いの研究(2) 科学のチカラで酔いを覚ます!」
http://www.moguravr.com/shiraihakase-vr-omoshirosoudan-4/

映像酔い、シミュレータ酔い、3D酔いとの違い、その研究の歴史を紹介し、三半規管と平衡感覚、前庭感覚、深部感覚などの専門用語と生理現象としてのVR酔いを理解する仕組み、そして一般の体験者としてVRコンテンツを楽しむための酔いへの対策方法、を紹介してきました。

MoguraVRの読者には開発者も多いと聞きますので、今回のテーマはずばり、
「自分の作っているコンテンツの酔いがなかなか無くなりません」
というテーマでVRコンテンツ開発者向けの改善策をまとめ、コンテンツ制作者に役立つ最新の研究や事例を紹介していきたいと思います!

白井博士

・「個人の印象…」と軽んじるなかれ
・VR酔い対策技術はVR成長の基盤技術
・VRコンテンツ開発各社の工夫
・常識を学んでおこう
・科学の実験をする価値
・倫理観:酔わなければ良いコンテンツなのか?
・まとめにかえて:VR酔いから3D問題を再考する

「個人の印象…」と軽んじるなかれ

Googleで「VR酔い」を検索すると、この1ヶ月で実に様々な記事を見つけられるようになりました。
特に残念だな…と感じるのはこのような例です。とても典型的な展開です。

▼バイオハザード7 レジデント イービル ・「バイオハザード7」VRデモのインプレッション~VR酔いはひどいが世界観がいい。(IGN・2016年6月14日)
http://jp.ign.com/resident-evil-7/2818/preview/7vr

E3のプレスカンファレンスでのレポートのような場所で新しい挑戦とともに「VR酔い」のようなネガティブな要素を指摘されると、ネット掲示板等では大荒れの論戦が繰り広げられがちです。一般プレイヤーは期待や不安だけが先行してしまい(自分が体験した事がないにもかかわらず憶測で)「自分はVR酔いやすい…」という「自分中心の体験」を語りはじめることも……。しばらくすると逆に「俺は酔ったことがないぜ!」という個人の主観に基づく体験や特性を自慢する発言も現れます。さらに進むと、「だからVRはダメだ」という発言が現れ…。日本語で読める典型的な流れとしてはこんな感じ。もとのignの記事には「VR酔いがとにかくひどい」とは書かれていませんが、なぜか「VRによる新しい表現自体が微妙な雰囲気」になってしまいます。

一方、ゲーム業界の”作る側”にいると掲示板の投稿に対して、わざわざ弁護するような投稿をしたりはしないのが大人の常識になっています。だからこそこういった議論が白熱しているという情報が見えないこともあるので、ディスカッションの場としては、健康な状態とは言えないと思います。

しかし現在のVR流行はエンタテイメントVRコンテンツが牽引していることは間違いありません。

展示型のVRなら体験者の顔色をみたり、フィードバックをヒアリングして今後に生かしたりといったフォローをすることもできますが、コンシューマゲーム機におけるVR機器の場合は、一般ユーザのインプレッションに対して全くフォローすることができません。個々のゲームタイトルへの感想は個々のゲームタイトルの開発者が受け止めれば良いので「見て見ぬ振り」も一つの選択ですが、「酔った」などのようにフィードバックされない個々のVRタイトルの個人の印象が「声が大きい一部のユーザの印象」になり、その「個人的な常識」が「VR全体に対する常識」として、他のユーザーに誤って浸透することは避けたいものです。

特にネットワークゲームやソーシャルゲーム等であればプレイログからある程度の傾向を掴むことはできます。しかしVRとくにVR酔いの場合は、「プレイヤー個人がどのように感じたか?」を収集する方法がほとんどありません(「吐きそうになりましたボタン」があれば、まだフィードバックできるのかもしれないですけど)。

まずは「その個人的な常識」が支配しないうちに、メディアや一次ソースが正しい情報や常識、技術の積み上げといった情報発信をしていくことが重要でしょう。そして一般のVRユーザ、熱狂的なVRファンには高いリテラシーが浸透していくことが理想でしょう。そのためには今後のVRコンテンツ開発者は何を努力すればよいのでしょうか?

※注:まずは変な情報を見つけたら、遠慮なくMoguraVRや「白井博士のVRおもしろ相談室」の記事を引用してあげてくださいね!

VR酔い対策技術はVR成長の基盤技術

今後、VR酔い対策技術はVR成長の基盤技術となることは間違いないでしょう。
先日、このような報道がありました。

▼「VR酔い」700人で検査 イー・ガーディアン(日経新聞2016/6/27)
http://www.nikkei.com/article/DGXMZO0402947024062016X1A000/
▼イー・ガーディアン、VR酔い対策サービスの提供を開始(MoguraVR・2016/6/28)
http://www.moguravr.com/e-guardian-vr/
▼イー・ガーディアン(同社プレスリリース・2016/6/27)
http://www.e-guardian.co.jp/info/2016/0627

ブログやSNS、掲示板といったネットのリアルタイム投稿監視業務を行う総合ネットセキュリティ企業イー・ガーディアンが、VR対策専門部隊「チームVRガーディアン」を発足させたというものです。このVR対策専門部隊はコンテンツの“酔い対策”から脆弱性診断までトータルサポートを行うとあります。同社はスマホアプリのデバッグ事業専門の子会社「トラネル株式会社」を保有しており、カスタマーサポートとデバッグサービスを提供していますので、この「700人で検査」という事業はアプリ開発のテスト工程からカスタマーサポートにおける品質保証・改善調査であることが推測できます。

VRコンテンツ開発各社ができる工夫

もちろんイー・ガーディアン社のような大規模な人員を導入したテストは今後必要になってくると思います。

しかしながら開発者が設計・開発の段階でやれることも多くあるのではないでしょうか?

最近VR技術やコンテンツが急速に発展している影響もあって「VR酔いの原因と対策」に関連する研究や情報は沢山出てきていますし、Mogura VRでも以下のような記事を過去に紹介しています。

▼VR酔いをなくすための冴えた方法は「鼻を描き込むこと」(2015/6/7)
http://wired.jp/2015/06/07/how-to-reduce-vr-sickness/
▼VR酔い防止に向けて。これまで登場したVRでの酔わない移動方法のアイデアまとめ。(2015.12.13)
http://www.moguravr.com/against-vr-nausea/
▼移動時に視野を狭めるVR酔い軽減技術の研究結果が報告(2016.6.23)
http://www.moguravr.com/vr-yoi-combated/

簡単に紹介すると、フェードイン・フェードアウト、視界を狭くする、遠景に加えて近景を描く、ターゲットを描く、床を描く、予測しやすくするため視線を誘導させるような効果を入れる、といったテクニックです。

覚えやすいよう、いくつか主要なテクニックに名前をつけて紹介したいと思います。

移動時の「フェード」

▼Cloudhead Games、VRゲームで酔いにくい移動を実現するノウハウ「Blink」を公開(2015.08.13)
http://www.moguravr.com/blink/

The Gallery』というVRゲームコンテンツを開発するCloudhead Games社は「Blink」という技術ノウハウをまとめています。Blinkは、Cinematic Blink, Precision Blink、Volume Blinkと呼ばれる3つのテクニックがあります。Cinematic Blinkは、移動先の地点を目線で見てコントローラーのボタンを押して決定すると現在の光景がフェードアウトし、新しい地点の光景がフェードインします。Precision BlinkはCinematic Blinkをよりゆっくりにしたモードで、移動先をじっくりと選択して移動することができます。Volume Blinkは体を動かして移動できる範囲を表示します。HTC Viveでは、実際に体を動かして移動できる範囲が4.5m四方と広いため、その境界線も表示しています。

<動画:Blinkの技術説明>
https://www.youtube.com/watch?v=DwZt2jRE8PY&t=1m10s

https://www.youtube.com/watch?v=DwZt2jRE8PY&t=1m10s

自由に移動させない「ワープ」

移動させると酔うという点に目をつけた改善が「ワープ系」です。
Epic GamesのOculus Touch向けFPSデモ『Bullet Train』は、フォトリアリスティックなシューティングゲームですが、ゲームデザイン上に「teleport」という瞬間移動するポイントを用意しています。デモを見る限りでは、プレイヤーは一歩も動かないままテレポートを使って移動しています。

<動画:Introducing Bullet Train by Epic Games>
https://www.youtube.com/watch?v=su1w54WA3tE

https://www.youtube.com/watch?v=su1w54WA3tE

同様の手法は日本のビジュアルノベル「マブラヴ オルタネイティヴ」の世界観をHTV Viveで体験できる『マブラヴVR』にも実装されています。『Bullet Train』よりも、さらに巨大ロボット特有の演出上の迫力や見栄えをよく考えてカメラが配置されています。

▼【体験レポ】マブラヴVRで一般兵になってBETAに襲われる絶望感と希望を体験(MoguraVR・2016/4/4)
http://www.moguravr.com/htcvive-muv-luv/

視界の周囲を固定する「コックピット」

Oculus Rift向けSTG『EVE:Valkyrie』や、GearVRアプリ『GUNJACK』、VRZONE『アーガイルシフト』などで採用されている方法で、コクピットや運転席、自分の体の一部など固定されたものが表示されているとベクションが発生しなくなるという手法です。

<動画:EVE: Valkyrie – Pre-Alpha Game Capture – December 2015>
https://www.youtube.com/watch?v=amtBUkmHS0w&t=0m35s

https://www.youtube.com/watch?v=amtBUkmHS0w&t=0m35s

<動画:Samsung Gear VR – Gunjack Reveal Trailer>
https://www.youtube.com/watch?v=JF2aruO5jAY&t=0m15s

https://www.youtube.com/watch?v=JF2aruO5jAY&t=0m15s

▼お台場のVRアトラクション体験施設「VR ZONE」体験ガイド&レポート(MoguraVR・2016/4/15)
http://www.moguravr.com/vrzone-repo/

白井博士

白井博士

<「アーガイルシフト」:女性キャラクターに目が行きがちだが、巨大ロボットのコックピット内部からみた描写、という点でも細かな配慮が多い>

コックピット技法は実は視覚工学的にも興味深い手法で、動きに敏感で低解像度な周辺視と、高解像度な中央視をうまく活用した方法と言えるかもしれません。

このような技術は単にシーンやUIの作り、というだけでなく、NVIDIAや視線トラッキングVRHMD「FOVE」が研究している「中心窩レンダリング(Foveated Rendering)」(視線の中心に高解像度を割り振る技術)とも連携してより研究されるべきと考えます。

▼VRでの感情表現とその未来について、FOVEの小島由香氏が語った「VRCクリエイターズトーク」レポート(MoguraVR・2015.08.14)
http://www.moguravr.com/vrctalk-1st/

▼第2世代のVRHMDの鍵?250Hzの視線追跡を公開したSMIが狙うフォービエイテッド・レンダリング(MoguraVR・2016.01.19)
http://www.moguravr.com/smi-250hz/

視界を狭くする「トンネル」技法

上記のコックピット技法は「周辺視」にオプティカルフロー(optical flow;オプティカルフロー,動きベクトルのある動的な画像)を与えない、という手法としても説明できます。これをさらに進めると「動いているときは周辺視のオプティカルフローを減らす」という手法につながります。

この手法は「トンネル」と呼ばれており、学術研究をはじめ実際にVRゲーム製品にも組み込まれている好例として話題になっています。

▼移動時に視野を狭めるVR酔い軽減技術の研究結果が報告(MoguraVR・2016/6/23)
http://www.moguravr.com/vr-yoi-combated/

<動画:Combating VR Sickness through Subtle Dynamic Field-Of-View Modification>
https://www.youtube.com/watch?v=lHzCmfuJYa4&t=0m30s

https://www.youtube.com/watch?v=lHzCmfuJYa4&t=0m30s

この論文で報告されている手法・知見はUbisoftが開発中の鷲になってパリ上空を飛び回るゲーム『Eagle Flight』での視界の制御使われているそうです。

▼そうか自分は鳥なのか…。Ubitsoft初のVRゲーム。鷲になってパリの街を飛び回る『Eagle Flight』(2016.03.18)
http://www.moguravr.com/eagle-fight/

<動画:PlayStation Experience 2015: Eagle Flight – Reveal Trailer>
https://www.youtube.com/watch?v=q8GwRiTTO3o

https://www.youtube.com/watch?v=q8GwRiTTO3o

トレイラー中では明確に確認できる箇所はあまり多くはありませんが、翼から出るリボンのような効果は、美的効果と酔いづらくなる工夫の一環と見ます。E3で体験した人々からは「鷲(時機)がダッシュ移動できる時に、視界が狭くなる」とのことです。鷲の視力は人間の8倍ほどあり、眼球機構も形状も異なりますので何がリアリティかは難しいところですが(鳥の眼球について知りたい人はこちら)、イメージとしては「ダッシュすると視界が狭くなる」という感覚はわかりやすいですね。

さて、このトンネル技法は様々なコンテンツで使えそうです。もともとはコロンビア大学の「微少・動的な視界調整によるVR酔いの比較検討」という論文で、2016年3月19~20日に開催された、IEEE Symposium on 3D User Interface (3DUI 2016)のベストペーパー賞に選ばれており、日本VR研究者の間でも話題になっておりました。研究者としての評価の高さは、個別の技法だけでなく、従来提案されてきた様々なVR酔いの視覚補正方式を、それぞれ実装して実験して提案手法であるトンネル技法の効果があることを示した点です。論文の原本が公開されていますのでご参考まで。

▼ Combating VR Sickness through Subtle Dynamic Field-Of-View Modification, Ajoy S Fernandes, Steven K. Feiner (Columbia University)
http://www.cs.columbia.edu/2016/combating-vr-sickness/images/combating-vr-sickness.pdf
▼日本VR学会「3DUI2016参加報告」(浦西友樹/大阪大学・2016/4/25)
http://www.vrsj.org/report/7658/

日本からもこんな研究や企業とのコラボが出てくると良いですね!ワクワクします。

日本の開発者の工夫

日本の開発者も頑張っています。

以下は先日開催されたコンテンツ東京2016で、椅子型モーションライド「SimVR」にて体験させていただいたWizapply x 積木製作の「BLAST X BLASTについての筆者のつぶやきです。

…とのことですので、「ガイドパーティクル」についてはまた情報が出てくることでしょう。

また、「 #白井博士のVRおもしろ相談室 」タグでは以下のような情報もいただきました。

▼【拡散希望】VRHMDのVR酔い防止カメラ『Grid』の紹介【アンケート集計中】(2016-05-29)
http://n-mattun.hatenablog.com/entry/2016/05/29/000642

<動画:VR酔い防止カメラ『Grid』操作プレビュー>
https://www.youtube.com/watch?v=F5y57qkbjT4

https://www.youtube.com/watch?v=F5y57qkbjT4

まっつんさんの『Grid』の特徴を説明すると以下のようになります。景色以外に注視するオブジェクトとして、カメラ操作中に視線中央に赤線が固定表示して、カメラ移動発生の瞬間を確実にユーザに把握させています。グリッドの形状が表示され『カメラ前面に黒メッシュを配置しておくと酔い防止になる』という近景効果が表示されています。景色の回転は瞬間的に行われ、グリッドは公園の地球ゴマのように極に向かって集中しているので、球の正面よりも球の天面の方が密集して表示されています。

メリットとしては、トンネル方式のような一人称視点だけに適用可能な手法ではなく、TPS視点のゲームへも応用可能な方法である点、(見た目の黒線は邪魔で没入感を下げるデメリットに見えるかもしれませんが)表示/非表示や、密集度など個々のユーザーの体調や酔いにくさに応じて柔軟に調整・対応ができる点が評価できます。

なんといっても まっつんさん の以下の記述が重要だと思います。

ここまで、GridがVR酔いに効くことを前提に話を進めてきていますが、OculusベストプラクティクスガイドのP17あたりに「アプリ開発者自身のVR酔い防止経験談はアテにしてはいけない(意訳)」と書いてある通り、このカメラが本当に効果があるかどうかは、他の方の体験&感想があって初めて立証されます。ので、ぜひ皆さん体験+アンケートへのご協力、よろしくお願いいたします!

というわけで、現在、Oculus Rift DK2+SDK0.8系と、Oculus Rift CV1+SDK1.3系の実験アプリが配布されています。HTC viveは現在未対応ですがバイナリ公開は公開予定とのこと。

▼サンプルプログラム本体とアンケートフォーム
VR酔い防止カメラ「Grid」体験ソフト
VR酔い防止カメラ「Grid」体験アンケートGoogleフォーム)

なお、同様の水平方向の回転に対するステップ動作はMinecraft Windows 10 VR版にも実装されていますが、やはり実際にテストできる仕組みは大事ですね。

<動画:Minecraft Windows 10 edition VR gameplay and first impressions>
https://www.youtube.com/watch?v=g7amAOFAZbA&t=3m20s

https://www.youtube.com/watch?v=g7amAOFAZbA&t=3m20s

VRライドでの工夫

VRコンテンツだけでなく、ライド系のVRにも上記の知見は生かされていくとみています。日本のユニバーサルスタジオジャパン「Universal Cool Japan 2016」で公開されたライド『きゃりーぱみゅぱみゅ XRライド』(公開終了)では、ライドに乗った状態でVRゴーグルを装着しますが、床面に赤い絨毯が常に描かれており、いちおうジェットコースターという設計です。

<動画:USJ きゃりーぱみゅぱみゅXRライド 体験・大興奮! ユニバーサル・クール・ジャパン2016>
https://www.youtube.com/watch?v=Fci6mxcm5Sc&t=0m50s

https://www.youtube.com/watch?v=Fci6mxcm5Sc&t=0m50s

残念ながら筆者は体験できませんでした(今度こういう機会があったら呼んで下さい!>関係者)。レポートや動画、体験した人の話では、体験そのものも「割としゃれにならないレベルで怖い」らしいのですが、さらに体験中にVRゴーグルを外してXRライドに乗った某VR開発者さんに聞いた話では「HMD外した方が予測できなくて酔う!」らしいです。おもしろい実験ですね。

常識を学んでおこう

先述のまっつんさんの実験にも言及があったとおり、現在のVR、HMDブームの先行者であるOculusが「ベストプラクティス集」をまとめ、関連論文とともに公開しています。40ページほどのドキュメントですが、日本語化もされています。

▼Oculus VR、コンテンツ開発のポイントをまとめたベストプラクティス集の日本語版を公開(MoguraVR・2015.08.26)
http://www.moguravr.com/oculus-vr-best-practice/
▼Oculus best practices (Version 310-30000-02)
http://static.oculus.com/documentation/pdfs/intro-vr/latest/bp.pdf
▼上記HTML版
https://developer.oculus.com/documentation/intro-vr/latest/concepts/bp_intro/
▼上記日本語版
http://static.oculus.com/documentation/pdfs/ja-jp/intro-vr/latest/bp.pdf

ベストプラクティス集の項目は以下のようになっており、いずれもVRコンテンツを制作するにあたって、欠かせないポイントばかりです。また英語版と日本語版を比べて読むことで、今後登場する新しい技術や論文、用語についても勉強できることが多いです。

●両眼視、ステレオ画像、および奥⾏き⼿がかり
●視野⾓とスケール
●レンダリング技法
●動き
●トラッキング
●シミュレーター酔い
●ユーザーインタフェース
●ユーザー⼊⼒とナビゲーション
●効果的なVRについての考察
●健康と安全のための警告

VR酔いについての項目もありますが、並んで3D映像のためのノウハウや、眼間距離について軍を使ったデータ、13歳未満禁止についての警告などもあり、全体的に細かい項目まで何度も読み直した方がよい「VR開発者の常識」もしくは「HMD界の憲法」のようなドキュメントになっています。VR酔い関連の科学についても論文や深い情報がありますので需要があれば「VRおもしろ相談室」でも再考再読してもよいと思います。

科学の実験をする価値

上記のベストプラクティスに大変重要な記述があります。

結論として、開発者は新たなコントロール⽅式を評価して、初⼼者のユーザーに意図せずにストレスや不快感を与えないようにする必要があります。(中略)このように、新しい⼊⼒⽅法には知らないうちに意図しない効果は⼊り込んでいることがあり、ユーザーテストの必要性を浮き彫りにしています。

Oculusは開発者やUI/UXデザイナーは上記のような不快感を改善するためのユーザテストも込みで開発していく必要があることを明言しています。

つまりVRコンテンツの開発者は、「VR酔いはどうにもできないから諦める」といった研究開発姿勢をとるべきではなく、特にタイトルを開発する部門とは別に、研究部門を持っている企業であれば、先行してVRUXを向上させる「人間の研究」を映像効果や演出手法、新たなUIとともに開発していく必要があるということを示唆しています。

開発者側からすれば「面倒臭いことこの上ない」という印象があるかもしれません、また人間をつかった実験が必要となると、ノウハウもなく、また秘密主義が多い従来のゲーム開発のワークフローとは合わない面もあるかもしれません。

しかしこれは科学の研究者としてVRを研究する、VR分野の研究者とのコラボレーションのチャンスかもしれません。

先のコロンビア大学のビデオの後半は「実験手法の解説」になっています。

<動画:Combating VR Sickness through Subtle Dynamic Field-Of-View Modification>
https://www.youtube.com/watch?v=lHzCmfuJYa4&t=2m10s

https://www.youtube.com/watch?v=lHzCmfuJYa4&t=2m10s

30名の被験者を使って15名づつの被験者に分けて複数の日に提案手法を入れ替えて実験するといった手法は、VR関係の研究者では一般的な手法ですし、学生さんたちも協力的です。また人体を使用した実験、特に不快感や侵襲(生体を傷つけること)や後遺症などの可能性がある実験についてはコンプライアンスに触れるため、私企業や小規模開発者では品質保証上大変難しいのですが、医学や薬学などの学部を持つ大学では日常的に「ヒトを対象とした研究に関する倫理規定」といったルールに基づいて申請と方法さえ正しく行えば実施できますので、信頼性の高いデータを取得することができる可能性がありますので、国内でも積極的に産学連携などの共同研究コラボレーションを進めるべきと考えます。

倫理観:酔わなければ良いコンテンツなのか?

さて冒頭に『バイオハザード7』のネットでの噂を紹介させていただきましたが、一方で同じE3レポートでこのようなインタビューも見つけました。

▼『バットマン:アーカム VR』クリエイティブ・ディレクターのセフトン・ヒル氏に聞く バットマンになるという、究極の夢が叶うゲーム【E3 2016】(ファミ通・2016/6/17)
http://www.famitsu.com/news/201606/17108610.html

「VR酔いには最大限の注意を払った」という書き出しから始まるこの記事は、筆者とも旧知で「しらいはかせの未来ゲーム研究所」でお世話になったファミ通編集部 古屋さんによる記事です。こんな一説がインタビューされています。

――たしかに、『バットマン:アーカム VR』は一切のモーションシックネス(VR酔い)がありませんね。
セフトン ありがとう! モーションシックネスに関しては、どの動きがよくて、どの動きがダメかということをさんざん実験しました。人によってVR酔いをする時間が違うんですね。何をやってもダメな人もいれば、しばらくしてからなる人もいます。いろんな人で検証しました。それで、すぐに酔ってしまう人を対象に徹底的にテストして、これなら大丈夫という動きを選んでいます。
――「ここをこうすれば酔わない」みたいなノウハウが得られたのですね。
セフトン そうですね。自分の動きとゲーム内の動きがずれると気持ち悪くなってしまいますね。コントローラを操作して何かのアクションを起こしたときに、自分が「こう動いているはず」と思っているのと、VR空間の状態が違うと酔います。ただ、上下動は人間はわりと大丈夫なので、エレベーターに乗っても、最初は「あ!」と思いますが、耐えやすい。横のずれに弱いんですね。

ライターやインタビューアー自身が、このような高度なディスカッションを突っ込んでくれることは大変価値があります。

テクニカルな話に入りすぎることを嫌う製作者もいますが、VR酔いはVRのエクスペリエンスや今後の市場を大きく揺さぶる要素ですから、いわゆる「野蛮なプレイヤー」にもしっかりと「酔わない理由が伝わるジャーナリズム」も重要ですね。

しかし「酔わない、苦痛のないコンテンツを出す事」、つまり「気持ち悪くならないように配慮すること」はエンタテイメントとして「重要」ではありますが、「目的」ではないのではないでしょうか。先の研究者の「倫理観」にも近い考え方なのですが「人体実験はいけないこと→だからやってはいけない」と考えてしまうと、新しい研究や挑戦はその枠組みでしかできないということになります。実際には知恵と発想と着眼と情熱で挑戦もできるのですが、一度ガイドラインが作られ「常識化」して「倫理観が固定」してしまうと、コストも含めていろいろ大変です。たとえば「3D映像」にも製作者向けのガイドラインがあり、確かに論理的で無難なのですが、ガイドラインを絶対神格化して製作してしまうと、全く否定できないままヒトも育たず、実験手法も育たず、体験者も飽きがちな「没個性的なコンテンツ」が作られる傾向に陥ります。ガイドラインは重要ですが、エンタテイメントの目的ではないのです。

別の視点では読者さんから「 #白井博士のVRおもしろ相談室 」あてに、こんなご質問もいただきましたので紹介します。

これは難しいけれども興味深い問題ですね、推測の範囲ですが「長時間プレイ」となると1−2時間ではないでしょうね。神経の可塑性がFPS世界にあわせて構築されてしまっている可能性があるということで、「逆さ眼鏡の連続使用実験」を思い出します。

▼「上下・左右逆転眼鏡順応事態での種々の遂行行動の変容」林部敬吉,横山義昭(静岡大学教養部研究報告・1990/9/1)
http://doi.org/10.14945/00002240
https://ir.lib.shizuoka.ac.jp/bitstream/10297/2240/1/080609001.pdf

鏡を使って上下逆転、左右反転する眼鏡を7日間継続着用した人体実験です(いまでは倫理面をさしおいてもこんな根性のいる実験はなかなかできないです)。4日目ごろから、運動や文字を書いたり、日常生活にそれほどの不便も感じないレベルまで順応します。初期に強く感じられた不快感、吐き気、めまい、頭痛、身体の不安定感、視野の動揺なども消失していくことが確かめられています。ちなみに視覚は上下、あるいは左右は逆転または反転したままで、右や左といった言葉には反応しますが、興味深いのは「テレビの映像は逆さまであるが、テレビ画面の中の自画像は正立して見える」といった現象も起きるそうです。

フル実写、体性感覚あり、重力有り、という条件なので、現在のVR、特に動的な環境でのインタラクションにそのままその知見が使えるかどうかは実験の必要性がありますが、きちんと被験者の同意に基づき、コントロールされた条件での科学データは今後も調査されるべきかと思います。

まとめにかえて:VR酔いから3D問題を再考する

さて、3回にわたってお伝えしてきたテーマ「VR酔い」ですが、「VRは人間の研究」であることが明確になり、読者の皆さんにとって有益な常識の底上げにつながったようであれば幸いです。特に最後に扱ったOculus文書「ベストプラクティス集」にあるようなVR酔いの周辺、具体的には3D映像の知覚上の品質向上や、ベストな体験のためのパラメータ、ノウハウ、そして家族連れマーケットに対して大きな制約となっている「13歳以下」も今後は、十分な信頼性の高いデータとともに研究・検証されていくべきと考えます。

▼なぜ13歳未満の子供は、Oculus Riftを使用してはいけないのか?医学的な見地からの警鐘(MoguraVR・2015/11/11)
http://www.moguravr.com/13yearsold-limitation/

<動画:03 HMDガイドライン 大阪大学大学院 不二門尚 氏>
https://www.youtube.com/watch?v=8wtgCiJ2nKk&t=15m08s

https://www.youtube.com/watch?v=8wtgCiJ2nKk&t=15m08s

白井博士

不二門尚氏による講演「小児の輻湊・調節、眼球運動の発達から見る年齢制限」より:ショッキングであるが、この1981年生まれの少年はその後どうなったのだろう?>

大阪大学医学部付属病院 小児眼科 神経眼科、3Dコンソーシアムで3Dテレビなどのレギュレーションに関わってきた大阪大学不二門尚氏による講演「小児の輻湊・調節、眼球運動の発達から見る年齢制限」ではOculusの「13歳制限」について、講演されています。フランスの厚生労働省にあたるANSESのレポートを引用し「6歳以下の小児は視覚系が未熟なので、3Dは視聴不可。13歳以下は身長に視聴すること」としています。

▼3D technologies and eyesight: Use not recommended for children under the age of six, moderate use only for those under the age of 13
https://www.anses.fr/en/content/3d-technologies-and-eyesight-0

とかく、このあたりの話は安全方向にふってしまいがちで、開発者としてはガッカリすることもあろ多いでしょう。ゲームボーイもスマートフォンも斜視や視力低下の原因になるじゃないか!という意見もあるでしょう。少なくとも製品を作る上では「無視してよい」という話ではありません。しかし長期的に継続的なデータが必要なのは間違いありません(それも科学的に正しい方法で)。

このあたりは石原茂和先生(@shigekzishihara)もまとまった情報ご指摘をされています。

▼「VRと年齢制限について」(Oculus Rift Advent Calendar 2014, 20日目)石原茂和
http://qiita.com/shigekzishihara/items/040ff975a91d31e8837a

そもそも、現在、VRのデバイスを持っている人の多くは開発者もしくはVRの熱狂的ファンであることが多く、現在の家庭用ゲーム機なみに一般の家庭用に普及し「VRで子守り」するような環境まではイメージできない人も多いかもしれません。しかし現在のスマートフォンや携帯ゲーム機は、そのような注意事項を含めながら(実際にはあまりコントロールされない形で)使用されているのが現状です。特に3DSやスマートフォンは「疲れたらやめる」「ON/OFFを切り替えられ、同等の体験が可能である」という設計が重要であり、その設計こそが規制を超える上で重要であったと理解しておりますが、装着型のHMDによるVRコンテンツはそうはいかない、というデバイスの特性もあります。またOculusの警告文にあるような、斜視やてんかん、ベランダからの落下防止等の「絶対起きてはならない」という内容と「VR酔い」、つまり「吐き気がしたらやめてくださいね」という配慮は、コンテンツの設計や実装で解決できる可能性があるので、開発者の挑戦は続けていく必要があります。

だからこそ、新しい手法はどんどん試すべきです。例えばVR酔いを感じたら押す「吐きそうスイッチ」の実装とか、上記の子供や斜視の話も、きちんと一般ユーザに理解してもらえるように発信すれば「子供は眼機能の発達期から体験させたら危ない」とか、「6歳以下に輻輳つけたらアカン、というか3D見えてないよ!」といった理解につながるよう、体験公開の機会があるたびに一般向けに拡大していく必要があると考えます(Oculusは英語で表示していますが…)。

そして繰り返しになりますが、公開・非公開の開発にかかわらず、新しいUXを試して行く上で手法の開発と品質保証手法の開発は重要です。

もちろん企業の努力で特許やサービスなども出てくるとは思いますが、秘密中心主義で研究開発していても、個々のノウハウや技術が認知されるよりも先に、コントロールされていない環境で事故が起きてしまう可能性が高くなってしまいます。可能であればYouTubeやWebメディアを使って、どんどん発信して「新しいVRの常識」を構築していくべきです。被験者へのリスペクトや合意、データの取得方法や公開方法やその再現可能な方法の提供、インパクトなどを考えると、大学等の研究と協働することをおすすめします。

日本もフランスも3DやVRは大変数多くの研究者が取り組んでいます。
特に日本では毎年9月に開催される「日本VR学会大会」で直接研究者と会う機会があります。

 ▼第21回 日本バーチャルリアリティ学会大会(20周年記念大会)
 2016年9月14日(水)~9月16日(金) 会場:つくば国際会議場
 http://conference.vrsj.org/ac2016/

また近くなったら案内いたしますが、専門の研究者と出会う最大のチャンスです。

次回は「VR酔い(4)」に続く予定はまだありませんが、需要があればまたご質問下さい。次回は「ACM SIGGRAPH 2016特集」を予定しております!

そして、お知らせがあります。

本連載「白井博士のVRおもしろ相談室」が書籍になります!!
詳細はまた次回以降にお伝えできると思います。

ではまたね。

※編集部より。「白井博士に質問したい!」という方は、Mogura VRのTwitterアカウント(@MoguraVR)宛に 「#白井博士のVRおもしろ相談室」というタグをつけてリプライで質問をお願いします。VRに関する質問に白井博士が面白く、真面目に答えてくれると思います!

白井博士(しらいはかせ)/文・絵

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この記事を書いた人

  • 20160604_190011

    白井博士(しらいはかせ)

    1996年 東京工芸大学工学部写真工学科卒、1998年 東京工芸大学大学院工学研究科画像工学専攻修士課程修了。キヤノングループが開発した産業用ゲームエンジン「RenderWare」の日本事務所立ち上げを経て、2001年 東京工業大学大学院総合理工学研究科知能システム科学専攻博士後期課程に復学。2003年博士 (工学)の学位を取得。2003〜2004年に財団法人NHKエンジニアリングサービス・次世代コンテント研究室、2004年末にフランスに渡り、国立工芸大学(ENSAM/ParisTech)客員研究員。VRによる地域振興、国際VR作品公募展Laval Virtual ReVolutionを2006年より主催。2007年より帰国し、日本科学未来館科学コミュニケーターを経て、現在、神奈川県の大学でVRエンタテイメントシステムの開発者を育成しながらVR作家として活動。

    <著書等>
    「白井博士の未来のゲームデザイン -エンターテインメントシステムの科学」(単著)、「WiiRemoteプログラミング」(共著),日本科学未来館企画展 GameOn公式図録「ゲームってなんでおもしろい?」(インタビュー),「ゲームクリエイターが知るべき97のこと 2」(執筆協力)など。
    blog: http://aki.shirai.as/ Twitter: @o_ob

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    http://www.moguravr.com/writers/