VR空間構築の現場を描いた『仮想空間計画』-フィクションの中のVR【第5回】

『仮想空間計画』
(ジェイムズ・P・ホーガン/大島豊 訳/創元SF文庫/原題 Realtime Interrupt)

VRが小道具として登場するSF小説はよく見かけますが、VRの開発現場やその過程を描いた小説は案外少ないように思えます。
そんな訳で今回はVRを利用してVR空間を作り上げるプロジェクトを描いた1995年の本格SF小説、その名もズバリ『仮想空間計画』をご紹介します。

アメリカの大企業サイバネティクス・ロジック・コーポレーションでAI(人工知能)の研究をしていたジョー・コリガンは、AIの進化にVRを活用しようと考えていました。その計画はオズ計画と名付けられましたが、計画の実験段階で何らかの事故に巻き込まれたコリガンは精神に重い障害を負ってしまいます。オズ計画は中止され、事故の影響で過去の記憶を失ってしまった彼は研究を離れ、静養しながらこれまでとはまったく違った生活を送っていました。

そして事故から12年もの歳月が流れたある日、コリガンはバーで出会った女性リリィから意外な話を聞かされます。何とオズ計画は現在も進行しており、コリガンはVRによる仮想空間に未だ閉じ込められていて、周囲にいる人たちはAIなのだと言うのです。

そこからコリガンがVR空間を脱出するための奮闘が始まる訳ですが、作中ではその様子と並行して、彼がオズ計画でVR開発を推進していた時の様子が交互に描かれていきます。

作者のJ・P・ホーガンはイギリス生まれのSF作家で、その作品中で本格的な科学技術理論を構築する事を得意としています。

 本作ではVRの技術開発の現場の描写に比重が置かれているため、中盤までは物語があまり進まずストーリー的には少し退屈かも知れません。ですが緻密に描かれるVR開発の現場は大きな荒唐無稽さは感じさせず、なるほどこういう手順を踏めばVR空間は実現可能かもと思わせる科学面の描写にはストーリー面の面白さとはまた別の興味深さがあります。

この辺の技術的説明はここには書きませんが、関心のある人はぜひ読んでみてください。専門的な突っ込み所は多いと思いますが、それでも、VR世界を構築するための膨大なデータ量をどうすれば処理できるか等、数多くの発想が披露されており読み手の想像力を刺激してくれます。

ある技術を開発するにはどうすれば合理的か、コリガンをはじめとする研究者たちは理屈を積み重ねて一歩ずつ目的に近づいていきます。

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オズ計画は視覚・聴覚ヘッドギアやシミュレーション・グラフィックス、直接神経刺激テクノロジー、個人属性ファイルシステム等の様々なプロジェクトが統合された計画です。これら別々に進められてきた研究が組み合わされてVR空間を作り上げるのです。被験者はリクライニングの姿勢で頭と首を固定し、ヘッドセットを装着の上、ケーブルで色々な機械に繋がれてVR空間にアクセスします

オズ計画の全貌が明らかになってからは、現実世界とVR空間の違いが読み手にとって面白みを持ってきます。例えば主人公らはVR空間で嗅覚を再現することができなかったため、VR空間には匂いがありません。

またVR空間の中は時間の流れが現実とは違うため、コリガンは主観では12年も閉じ込められていますが現実世界では実は3週間しか時間が経っていないのです。この時間の流れのギャップを扱ったネタもあります。

そして後半、VR空間に暮らすAIたちのとるある行動にはハッとさせられます。AIたちはVR空間では人間の思考パターンを真似するようにプログラムされており(そうすることでAIの精度を高めようとしている)、その結果VR世界にある変化がおきるのです。
この場面はVR世界と現実世界は「どちらが正しい世界なのだろう?」と少し考えさせられると思います。

ところで作中、オズ計画を推進していた企業はVR空間を利用してマーケティングやキャンペーン戦略のテストを行おうと画策します。いろいろあって事は上手く運ばないのですが、こういう観点でVRを応用する事も将来的には可能なのかも知れません。

自分がVR空間に閉じ込められている事に主人公が気づき、閉じ込めた相手に対して反撃するという物語の基本構造は1999年に公開された映画『マトリックス』とほとんど同じですが、本作はそれより前の1995年に発表されています。

ただ映像的に派手な『マトリックス』とは違い本作ではひたすら地味なシーンが続きます(自分の境遇に気づいたからといって魔法のような技も使えません)。しかし読者は、そこにじっくりと書き込まれたVR研究の現場を目の当たりにする事で別の昂揚感を得る事ができるのではないでしょうか。

ラストは作中の悪人たちが酷い目にあう爽快な直球の結末です。主人公はどのような方法でVR空間から脱出するのでしょうか。そして現実のVR技術はどこまで実現できるのでしょうか。読み手の好奇心は尽きません。

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