Oculusが開発者イベントで配布したSF『ゲームウォーズ』-フィクションの中のVR【第7回】

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(アーネスト・クライン/池田真紀子 訳/SB文庫NV/原題 Ready Player One)

2015年9月に開催されたOculusの公式開発者会議Oculus Connect 2では、参加者全員に1冊のSF小説が配布されました。

それが今回紹介するアーネスト・クラインの『ゲームウォーズ』です。

第4回で取り上げた『スノウ・クラッシュ』と並んで、OculusのR&D部門トップでチーフ・サイエンティスト、マイケル・アブラッシュ氏も取り上げている本書。Oculusは新入社員に推薦しており、Oculusのビジョンと近い内容が本書で示されていると言えそうです。

2011年にアメリカで刊行された『ゲームウォーズ』は、オンラインゲームの世界を舞台に、人と関わる事が苦手な18歳のギーク(オタク)少年が活躍するSF小説です。全米で話題となりニューヨークタイムズのベストセラーリストにも載りました。米国Amazonでは本稿執筆時点で8700件以上のレビューが投稿されており、その74%が5つ星という高評価です。

また、Mogura VRでも既報ですが、昨年にはスティーブン・スピルバーグが本書の映画版を監督する事が発表されています。

さっそく本書を紹介していきましょう。

ストーリーは以下の通り。

近未来、誰でも無料で利用できる多人数参加型オンラインゲーム「OASIS(存在論的人間中心感覚没入型仮想環境)」は地球上のほぼ全員が日常的に利用するネットワーク型バーチャルリアリティ空間に成長し、ほぼインターネットと同義となっていました。
トレーラーハウスに暮らす高校生ウェイドも、ノートPCとヘッドマウントディスプレイ、触覚フィードバックグローブでOASISにアクセスする一人です。彼は幼い頃からOASISに親しんでおり、足し算や引き算、読み書きもOASIS内で覚えたくらいです。
そして2041年のある日、OASISの開発者ジェームズ・ハリデー死去の一報が全世界を駆け巡ります。そのニュースが人々に衝撃を与えたのは、ハリデーがOASISのどこかに「イースターエッグ(隠しコマンド)」を忍ばせており、それを発見した者に全財産とOASISの経営権を相続すると遺言していたからでした。
かくしてOASIS内で宝探しが始まります。エッグはどこに隠されているのでしょうか。ヒントはハリデーが青春時代を過ごした1980年代のポップカルチャー。様々な勢力がお宝を巡って争奪戦を繰り広げます。

SFアクションとして書かれていますがテイストはライトノベル的。スピード感のある文章なので上・下巻も一気に読めてしまいます。
何といっても本書の最大の特徴はストーリーにぎっしりと詰め込まれた作者のオタク文化への愛情でしょう。実在の小説や映画、音楽等について数多く言及されますが、特に特撮やアニメ、ゲームといった日本のカルチャーは作中でも重要な要素として登場するので、日本の読者にはまた特別な感慨があると思います。

著者紹介によると作者のアーネスト・クラインは、「前途有望なキャリアをすべて投げ打ってギーク活動に専念することを決意。以来、ポップカルチャーへの愛を文字と映像に注ぎ続けている」そうで、映像作品の制作に携わったりしている人だそう。

作中、ハリデーが残した謎を解くには80年代カルチャーを中心とした膨大な知識が必要となります。Wikipedia英語版によるとクラインは1972年生まれらしいので、そこに描かれるオタク文化はきっと作者自身がかつて夢中になったものなのでしょう。以前、本連載でも取り上げたウィリアム・ギブスン(『ニューロマンサー』)オースン・スコット・カード(『エンダーのゲーム』)ニール・スティーヴンスン(『スノウ・クラッシュ』)の名前も登場します。大量に投入されるマニアックなネタと、それに対する作者の愛に読者は圧倒されますが、きちんと解説もなされているので若い読者でも戸惑う事は無いと思います。

SF&ファンタジー評論家の小谷真理は日本経済新聞の書評で「80年代日本がグローバルSFに欠かせない時代が到来した」と評しています。これら日本のカルチャーは今後VR業界においても重要なコンテンツとなっていくのではないでしょうか。

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主人公は最初、お金がないのでヘッドマウントディスプレイ(バイザー)とグローブだけでOASISにアクセスしています。このバイザーは低出力のレーザーにより網膜に直接映像を描き、グローブはVR空間で触れたものの感触をフィードバックします。

やがて主人公はお金を稼いでOASISへの接続にも様々な付属デバイスを使用するようになりますが、それはアパートの一室をまるごと使う大がかりなもの。その頃の彼はどのような機器を駆使しているのでしょうか。
まずロボットアームに支えられたハプティックチェアは自由自在に回転。その真下の床にはランアラウンド全方位トレッドミルなる正方形の装置が取り付けられ、どの方向へも全力ダッシュできるようになっています。全身を包むハプティックスーツ、ブートスートは動きを感知して感覚刺激を皮膚に与えますが、痛みの感覚で実際に負傷したりしないようにそれは抑制されています。また主人公はスーツを完璧に使いこなすために全身を脱毛します。
天井に取り付けられた音響システムは360度サラウンドシステム。部屋の真ん中に設置されたオルファトリックス嗅覚タワーは二万種類以上の匂いを再現できます。これでVR空間に合わせて匂いを発生させる訳です。余談ですが前々回紹介した小説『仮想空間計画』(J・P・ホーガン)ではVR空間で匂いが再現出来なかった、という事がストーリーの鍵になっていました。
さらにVR空間での性行為用に非常にリアルなハプティックドール(男性版、女性版、両性版あり)なるものが開発されている、という設定が生々しいです。
これらの装備を揃えることで主人公はバイザーとグローブだけの時よりも各段に快適にアクセスできるようになっていきます。

作者は自らのオタク魂を表現する舞台としてVR世界を用意しました。現実世界が舞台だと空想のヒーローやロボット、怪獣を共演させる事は難しくなりますが、VR空間ならそういった設定も容易に実現できるからです。しかも主人公が言うことには「OASISでは、太っていても誰にもわからない。ニキビが満開だろうと、いつも同じ貧乏ったらしい服を着ていようと、わからない」のですから、容姿にコンプレックスがあろうと関係ありません。
このように思い描いていた夢の世界を体感として実現できる所がVRの持つ可能性の一つです。

一方で『ゲームウォーズ』の現実世界はエネルギー不足により深刻な格差社会となっており、労働問題や治安の悪化も目立っています。そんな社会でOASISは誰もが参加できる宝探しの場所として注目されるわけですが、実はOASISは利用こそ無料ですが遠くに移動したり使えるアイテムを揃えるにはお金がかかります。OASIS内通貨は世界で最も安定した通貨とされており、VR空間内にも経済格差がある訳です(といっても元々貧乏だった主人公は知識と機転でこのハンデを覆すのですが)。
またOASISは一企業によって運営されています。運営側は一貫して善人として描かれていますが、もし運営側が悪意ある経営をやりだしたらいくらでもアコギな商売ができてしまいます。VRの未来を考える上でここら辺の描写は非常に興味深いと思います。

オタク達が集結して悪徳企業と戦う圧巻のラストバトルには、日本でお馴染みのキャラもわんさか登場し手に汗にぎる激闘となります。ここまでくるとやや悪ノリ気味ですが、少年少女のマインドを持った大人なら大いに燃えると思います。台湾のイラストレーターが描いたというファンアート(公式ではありません)も熱いです。イメージが膨らみますね。

Ready Player One by SharksDen on DeviantArt
ラストにはVR空間もいいけど現実世界としっかり向き合う事も大切な事だよ、という作者のストレートなメッセージも込められています。

本連載「フィクションの中のVR」のバックナンバーはこちら

Oculusの原点となった名作SF『スノウ・クラッシュ』-フィクションの中のVR【第4回】

サイバーパンクの世界はここから始まった『ニューロマンサー』-フィクションの中のVR【第3回】

少年と宇宙戦争とシミュレーション『エンダーのゲーム』-フィクションの中のVR【第2回】

飽くなき世界創造への欲求『フェッセンデンの宇宙』-フィクションの中のVR【第1回】

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