サマーレッスンはなぜVRをより身近にするのか?SIE吉田修平氏とBNE原田勝弘氏の語るPS VRの未来(前編)

ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)のPlayStation®4(PS4)向けVRシステムであるPlayStation®VR(PS VR)。2016年10月13日に発売となったPS VRは、消費者・開発者の両サイドで関心が高まりつつあります。

本企画は、そんなPS VRの開発のキーパーソンの一人、SIEワールドワイド・スタジオ(WWS)プレジデントの吉田修平氏が国内のディベロッパーの方々と対談、VRに関する想いや開発舞台裏などをお話していくというもの。連載記事となる予定です。

初回となる今回は、株式会社バンダイナムコエンターテインメントにて「鉄拳」シリーズのチーフプロデューサーを務め、現在ではVR内で女性キャラクターとコミュニケーションをとる『サマーレッスン』のクリエイティブプロデューサーなどを務め同社でVRコンテンツの開発に尽力している原田勝弘氏との対談となります。

SIE吉田修平氏 BNE原田勝弘氏
株式会社バンダイナムコエンターテインメント
『サマーレッスン』クリエイティブプロデューサー原田勝弘氏(左)

ソニー・インタラクティブエンタテインメント
ワールドワイド・スタジオ プレジデント吉田修平氏(右)(以下、敬称略)

「独りでやっていては夢が叶えられない」他社と協力するVR黎明期

https://www.youtube.com/watch?v=Q0ohMDvQKlA

吉田
私は最近、PS VRについて質問された際、ことあるごとに話していることがあります。一昨年2014年の夏に『サマーレッスン』のデモが発表されたわけですが、そのデモがクリエイターに与えたインパクトの大きさです。『サマーレッスン』は、VRに関心があった人にも無かった人にも、「VRではこんなこともできるのか! ならば我々も何かやってやろう」という創作意欲に火をつけ、彼らを強くモチベートしてくれました。このことは日本のVR業界に素晴らしい貢献をしていると思います。その意味で『サマーレッスン』には本当に感謝しているのです。
原田
ありがとうございます。
吉田
今日に至るまで様々な試行錯誤を繰り返してきたようですが、ここへ来ていよいよ正式な商品として、しかもPS VRローンチタイトルとして発売できると聞いて感無量です。
原田
初代PlayStation®(PS)、PlayStation®2(PS2)などの初期のころは、技術の革新が沢山あり、とにかくいろんなジャンルに開拓の余地がありました。そこでは競合相手をどれだけ「出し抜けるか」というような競争精神が強くあったように思います。競合製品を出しては出されての繰り返し。それゆえに自社のノウハウや人材は出来るだけ秘密に、外部へ出さない風潮がありました。
吉田
確かに、そうですね。
原田
僕は最初、VRも他社と競うあのワクワク感があると思っていたんです。けれどあの時とのそれとは違うなあと思ったのは、VRをやって一番最初にときめいた時。確かに「これを使って他より先に、色んな新しいことをやりたい、先に全部やって皆を驚かせてやりたい」という気持ちもありました。ホラーをやったら面白いに決まっている。『バイオハザード』相手でも、VRを使えばもしかしたら……と。
吉田
今まで世の中に無かった新しい技術が登場した時こそ、有名タイトルの牙城を崩せる可能性がありますしね。
原田
その通りです。ホラータイトルで『バイオハザード』を超えてカプコンに「やられた!」と思わせることができるかもしれないとも思いました。VRの着手は明らかに日本では我々が一番最初でしたからね(笑)。他にも海外のミリタリー物とか。「色んなジャンルで新しいことをやりたい、先に全部やって皆を驚かせてやりたい」という気持ちも確かに沸き起こったんです。

しかし、その時「VRの興奮は、それを体験していない人には一切伝わらない」というひとつの壁に直面しました。

吉田
なるほど。
原田
PS、PS2などの場合は、社内で企画が立ち上がった時に、描画性能を見るための四角いポリゴンを画面に映し、皆でひとつの画面を囲んでそれを眺めているだけで、全員がなにか未来を感じていたんですよね。「こんな未来が来るんだ!」という想像ができたんです。

けれどVRは当時、ハードやノウハウがほとんど手に入らない、デモを作るお金もないからデモも存在しない。つまりほとんどの人が「見られない」状況でした。企画書を書いても通用しない、じゃあ「企画より先に試作だ」となりました。けれど試作では動かせる手が限られている。その時です。その時初めて「これは自分1人では戦えない」と思いました。

SIE吉田修平氏 BNE原田勝弘氏

吉田
昔はアーケードの3Dではセガさんとナムコさんの両雄があって、皆が注目していて、全体として流れのようなものがあったけど、VRではその流れに気づいている人が少なくて。
原田
少なすぎたんですよね。価値観の共有がまず先だと思いました。これは『サマーレッスン』の玉置ディレクターともよく話したことですが、VRというものは「アイディアを自分だけで全部カバーし、市場も先に全て取ってしまう」という考え方では、我々の夢自体が叶わないと気づいたんです。ここでいう夢っていうのは「VRの素晴らしさを皆で共有し、大騒ぎする」ということです。けれど当時はハードは普及していない、ノウハウもない、作れる人間もいない。大騒ぎするまでには色々な条件揃っておらず、1人では太刀打ちできない状況でした。

その時初めて、色々な会社の人に声をかけ始めたんです。ホラーは『バイオハザード』のカプコンさんを焚きつけようとか。それと当時は三上真司さんがディレクターを務めていた『サイコブレイク』が丁度出ていて、製品化しなくていいから、デモだけいいからVRでやってみてほしいと思いました。そんな風にいろんな人をVR分野へ焚きつけるという方向へシフトしていきました。SIE(当時SCE)さんにもお世話になりました。一緒に組んでやりましょうということで、PS VRのSDKに我々のノウハウを提供したりなど、関わらせていただきました。

吉田
そうですね。うちのWWSの内部チームがハードの開発に関わるのは、いつもできかけのソフト・SDKをもらってからですが、PS VRの時は『サマーレッスン』チームもそこに参入されていましたよね。
原田
この流れでちょっとでも刺激される人がいたら、きっとみんなやってくれるに違いないと思ってのことでした。プレイステーション初期のころのワクワク感がありながらも、けれどかつてとは異なるものなので、業界全体で盛り上げていきましょうよ、という想いでしたね。

あえてアニメ路線を外し、一般普及を意識した『サマーレッスン』

吉田
それに関しては私も驚いたことがあります。2014年11月に開催された黒川塾でVRをテーマにしたとき、原田さんと現Oculus VR日本チームの近藤義仁さんとお話する機会がありましたが、そのときから原田さんは、『サマーレッスン』のキャラクターデザインひとつとっても、「いかにVRを一般に普及させるかを考えてプロデュースしています」と仰っていました。その時から既に「これが作りたい!」という想いを超えたところにあったんですよね。ハードも試作品で、発売もきちんと決まっていない。そんなまだ世に出てすらいない段階のころから、「これを一般化させたい」という想いを持っておられた。本当にすごいと思いました。
原田
楽しいことや自分が面白いものを見つけたとき、身近な人、例えば子供とか恋人とか友達とかに共感してもらいたい、シェアしたい、という気持ちになりますよね。
吉田
例えば、アニメキャラでは、サブカルチャーに強い関心を持っていない周りの人には自信を持ってオススメ出来ないと。
原田
そうですね。それだと、コンテンツを見た時の最初の一言が「あ、アニメだ」になってしまいます。これはアニメがダメという意味ではなく、あくまで僕は「アニメはとても高いレベルの、つまり高次元の産業であり、その価値観が理解できる価値観の持ち主には届く」と言っているのです。高次の産業というのはなかなか理解されにくい特性を持ってるんですよ。
吉田
そんなふうに仰っていましたね。近藤さんが作った”初音ミクと握手ができるコンテンツ”は、あまりにも高度すぎて分かる人にしか分からないものだったとか。
原田
そうなんです。世界中の人があれを理解できるまでにはものすごく時間がかかります。さきほど説明したようにアニメなどは二次元で作られるけれど非常に高次な産業です。そこで僕らは『サマーレッスン』である意味でワンランク落とす、つまりより「身近にする」ということを考えました。そういうわけで『サマーレッスン』では身近にいそうな人をテーマにしようということになりました。
吉田
初音ミクをはじめとしたバーチャルアイドルとか、想像力豊かな若い世代が盛り上がっているところを見てしまいがちだけど、あえてそこじゃなくて、もっと外側にいる人たちを巻き込みたかったということですね。
原田
極端な話、うちの母親に見せても「あっ!これは」と言ってもらえるようなものを作りたいとはずっと思っていました。ディレクターの玉置は人より何歩か先のものを作ろうとしていたので、たびたび「こっちへ戻って来い」と言い聞かせていましたね。 

『サマーレッスン』では、まずは目の前に「キャラクターがいる」ではなく「人がいる」と思わせるところから始めています。

ドーム型のアーケード企画から始まった『サマーレッスン』

吉田
『サマーレッスン』のアイディアは、ドーム型のコンテンツの企画募集を社内で行った時に、玉置さんの提案したものが元となっていると伺いました。

SIE吉田修平氏 BNE原田勝弘氏

原田
玉置の中では「ドームの中でアニメキャラに会える」という考えだったのだと思いますが、僕は初め「20代向けの企画ではなく、40歳くらいのオジサン向けのものにしよう」と思っていました(笑)。このときはまだ、このドーム筐体向け企画とヘッドマウントVR企画との接点はなかったですね。
吉田
バンダイナムコエンターテインメントさんにはアーケードがあるので、Oculus Riftなどが出てくる前からドーム型などの企画でVR的なものをやっておられたんですね。
原田
まさしく。そしてそれとはまた別に、DK1以前にあったソニーさんのヘッドマウントディスプレイHMZシリーズ(※)を使って、大きな画面でチャットをしたり、ゲームをしたりしていました。Oculus Rift DK1の話が出た時は「これはすごい時代がくる」と思いましたね。

※HMZシリーズ:ソニーから発売されていたHMD。現在のVRHMDとは異なりヘッドトラッキング機能は無く、映像視聴用として用いられた。

吉田
HMZにはトラッキング機能はありませんでしたよね。我々はDK1以前の時代には、PS MoveをHMZにつけてトラッキング機能を実現させて遊んだりしていました。是非それをやってほしかったですね。
原田
流石にそこまでは思いつきませんでした(笑)。
吉田
今回は三度目のVRブームということですが、二度目のブームの時の「リッジレーサー」(※)の宣伝文句が「究極のバーチャルリアリティ体験」だったんですよね。

※リッジレーサー:ナムコ(現バンダイナムコエンターテインメント)が開発するレースゲームシリーズ。1993年にアーケードゲームとして誕生

原田
現在からしてみると思わず笑ってしまいますね。あれ、バーチャルリアリティだったんですね。確かにそんな売り文句を入れていた気がします。
吉田
そういえば、私が最初に久夛良木(くたらぎ)さん(※)のチームに参加したとき、プレイステーションがまだ公式にGoサインが出ていない頃でしたが、その時の私の最初の仕事は、ソニー社内にプレイステーションをアピールするプレゼン資料を作ることでした。当時はソニーがゲーム機などを作るべきではない、と考える偉い方もいらっしゃいまして。

※久夛良木 健:PlayStationを生んだ人物であり、元SCEの社長

原田
大変だったと伺っております。
吉田
じゃあ「これはゲーム機じゃない、世界初のバーチャルリアリティ体験システムですといったらどうでしょうか」といって、そんな内容の資料を『リッジレーサー』とほぼ同時期に作ったことがあるんですよ(笑)
原田
その文言で当時のプレイステーションが出てたら結構危なかったですね(笑)
吉田
周りから「何が変わるの?」と訊かれても「まあゲーム機なんだけどね、社内用だよ」という具合でした。当時から「バーチャルリアリティ」という言葉は一般に使われていたんですね。
原田
言葉といえば、3Dという単語は、現在では「立体」の意味ですが、昔は「リアルタイムCGのポリゴン」が3Dというものでしたね。現代で3D格闘ゲームといったりすると「飛び出すんですか?立体視するんですか?」なんて誤解されてしまうんですよね。VRに関してもそうで、かつては四角い画面の中に3D座標を持っていることを指してバーチャルリアリティと呼んでいましたね。今のVRヘッドマウントディスプレイと比べてしまうと、あれはバーチャルではないですね(笑)

後編はこちらです。

※本記事はMogura VRにて責任編集を行ったものです

この記事を書いた人

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    工学専攻の大学生。好きな科目は国語。趣味は歌などの創作でボーカロイドも使います。SAOのような物語が引き起こす、自他の文脈や人と世界の関係の集積へダイブすることを切望して止みません。将来もVRの傍に立っていたいと思います。

    Twitter:@yunoLv3

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