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業界動向 2020.01.09

パナソニックはVR市場に殴り込めるか? 眼鏡型VRデバイスから感じた期待と課題【CES2020】

ラスベガスで開催されているCES2020。パナソニックは小型・軽量なコンシューマー向けVRヘッドセットのプロトタイプを電撃発表しました。

国内メーカーからの発表もさることながら、何よりインパクトが大きかったのはそのビジュアルです。従来のVRヘッドセットと異なり、水泳ゴーグルや眼鏡のようなデザインを実現し、発表直後からSNS上で話題に。ディスプレイ面でも、VRデバイスとしては史上初のHDR(ハイダイナミックレンジ)1対応を謳い、性能面でも世界初の要素があることを強調していました。

本記事では、CES2020におけるこのVRデバイスの実機体験レポートをお届けします。現場では、開発に携わったパナソニックの小塚雅之氏(アプライアンス社技術本部、デジタルトランスフォーメーション戦略室 室長)から詳細な話を聴くことができました。

なお、このコンシューマー型のVRヘッドセットは2年ほど前からプロジェクトがスタートしており、現時点では「ようやく見せることができるプロトタイプ」とのこと。体験をした際に感じた様々な課題点に関しては、短期的に解決できるものもあり、単純にこのプロトタイプの体験だけで評価できるものではないことにご留意ください。

150gの軽量デバイスだがさらなる軽さを狙う

今回、パナソニックがこだわったのは「リアルとバーチャルの区別がつかなくなるくらい臨場感のある品質」と「毎日、直ぐに使いたくなるVR端末の形状と重量」です。市場に存在するVRヘッドセットの課題を解決したいとのこと。

まずは見た目ですが、これまでのVRヘッドセットと比べても非常にコンパクトです。従来の「箱状のデバイス」という印象ではなく、「VRメガネ」と呼べるほどのデザインになっていました。

眼鏡型になったことから、従来のメガネとの併用は不可。視力に合わせてレンズを装着します。ピントを合わせるための瞳孔間距離の調節機構も備わっています。

本体重量は150gとのことで、これまで体験したVRヘッドセットの中でも最軽量クラス(※)です。現時点のレンズはガラス製であり、プラスチック製に変更することでさらなる軽量化を狙っているとのこと。こちらは体験不可でしたが、120gに軽量化したモデルも展示されていました。

(※参考までに、フェイスブックの「Oculus Rift S」は470g、「Oculus Quest」は571g)

また、頭への装着方法が既存のVRヘッドセットと大きく異なります。従来はディスプレイを搭載している前方が重くなるため、ヘッドバンドなどを使って後頭部まで覆う、「かぶる」形状が一般的です。デバイスによっては後頭部におもりを入れ、全体での重量を重くしてまでバランスを取り、“体感上の軽さ”を実現しています。

一方、パナソニックのVRデバイスは眼鏡型。耳にかけるツルで重量を支えなければならず、150gといえどもやや「重い印象」があります。ディスプレイが小さくなったこともあり、VRをクリアに見れる範囲は狭くなります。筆者は体験中、手を添えてスイートスポットを維持しながら見ていました。

重心設計などのフィッティングに関して改善の見込みを訊いたところ、「これまでヘッドホンなどを作ってきた技術を応用していきたい」(小塚氏)とのこと。カスタマイズやパーソナライズに向けても意気込みが感じられました。

抜群の高精細と初のHDRでのVR

今回筆者が体験したのは、目の前に大画面が広がるバーチャルシアターでのコンサート鑑賞に加え、プロ向け360度カメラ「Insta360 Titan」で撮影された空撮映像、そして大日本印刷の提供による仁和寺の本殿内部を撮影したフォトグラメトリ作品の3種類です。

まず体験して感じるのは画質の高精細さ。パネルには、Kopin社製の片目UHD(2048×2048)のマイクロOLEDディスプレイを使用しているとのこと。ピクセルの密度を示す画素密度は2245ppi(※2)とのことで、圧倒的に高精細なVR体験でした。

これまで筆者が体験したVRヘッドセットの中で、最も高精細だったのはVarjoの「VR-2」。中心部分が3000ppiを超えている、という規格外のものです。しかしVR-2は中心部分のみが高精細だったため、全体的な解像度の高さはパナソニックのプロトタイプに軍配が上がります。

(※ppi……pixel per inchの略。数値が高いほど高精細な描画が可能。参考数値として、VIVE Proは615ppi、Varjo VR-2は中心部3000ppi、周辺部615ppi)

高性能な360度カメラ「Insta360 Titan」で撮影された11Kの空撮映像も、細部に至るまで非常にクリアに見ることができました。「既存のVRHMDは全てSDR(スタンダードダイナミックレンジ)で限界がある。現実に近い見た目を実現するためにはHDRが必要だと考えた」とのことで、パナソニックはテレビやモニターなどでは登場しているHDRをVRヘッドセットにも持ち込んでいます。信号技術にはテレビやブルーレイプレイヤーを作ってきた技術を使っているのだとか。

HDRが実現することで明るさの幅が広がり、明るい部分も暗い部分も鮮明に描画されます。仁和寺の本殿内部を撮影したCGコンテンツでは、仏像の金色の輝きや本殿奥の廊下の暗い雰囲気なども克明に映し出されています。筆者も「VR×HDR」は初。ここまで“リアルになる”のかと驚かされました。

なお、デバイスのパネルサイズは1インチのものを使用しており、視野角は77度。Oculus Riftを始めとする現行のVRヘッドセットが100〜120度を実現していることを考えると、視野角はやや狭さを感じます。なお小塚氏によれば、「解像度2560× 2560の1.3インチサイズのパネルを使うことで100度程度まで視野角が広げることができる。非球面レンズにすれば120度までいける」とのこと。視野角を広げる可能性を示しました。

音へのこだわり

なお、今回パナソニックはTechnicsブランドのオーディオ環境で高品質なVR体験を実現しています。PCからはアンプを通し、ヘッドセットと一体になったTechnicsのイヤホンへと信号が送られます。

体験中の音は確かに空間における音場の広がりが感じられ、いわゆる10万円以上の“高級ヘッドホン・イヤホンで聴こえる音”が実現されています。VRでは立体音響などは非常に重要になりますが、このデバイスから聞こえる音は自然で、とても心地よいものでした。

プロトタイプから製品へどう変わっていくのか

パナソニックは3年前のCES2017で広視野角VRヘッドセットのプロトタイプを発表し話題を集めましたが、主に法人向けの展開をするとのことで、その後大きな動きはありませんでした。


(2017年のCESでパナソニックが展示していた法人向けVRヘッドセットのプロタイプ。当時のレポートはこちら

今回のコンシューマー向けデバイスは、部署も異なり「製品化前提」で開発を進めているとのこと。小塚氏は、「2021年のCESには製品に近づけたものを見せたい」としています。

6DoF、コントローラー、スマホ接続、一体型、道は様々

今後、どのようにして製品化に繋がる開発を進めていくのか、またパナソニックがどのようなポジションを狙っていくのか、そしてエコシステムの構築が注目点になります。

例えば機能。発表では「5G時代を意識したデバイス」とされていましたが、今回のプロトタイプはスマートフォンではなくPC接続型。トラッキングは頭の回転だけを認識する3DoFのみです。

デモで使われていたPCにはNVIDIAのRTX 2080 Superを使用しており、VRを動かすPCの中でもかなりパワフルな性能です。それでも一部のデモでは若干の遅延も発生しており、高解像度なVRを実現しようとした際に生じる「ハイエンドPCを使わないと実現できない」トレードオフを感じさせます。

今後は5Gを見据えて「スマートフォンとの有線接続や一体型も模索」(小塚氏)とのことですが、PCと比べて大きく性能差のあるスマートフォンや一体型で今回徹底的に追求した品質をどの程度まで共存もしくは妥協できるのでしょうか。フェイスブックは一体型のOculus Questで、PC並のクオリティをできるだけ実現すべくレンダリング技術(Fixed Forbeaded Rendering)の開発やリフレッシュレートの妥協(90Hz→72Gz)などを経て、性能差ほどは体験の質の違いが感じられないデバイスを開発しました。

また、頭の回転だけでなく、プレイヤーの位置や手の動きを取得する6DoFはPC接続型のVRヘッドセットでは今やスタンダードになっています。これはVRの体験の質を大幅に向上させるプレゼンス(VRに自分がいる感覚)が大幅に向上するためです。一体型でもOculus Questが違和感のない6DoFを実現しています。

パナソニックは、「技術将来性、製造コスト、ライセンスコスト、用途を含めて鋭意検討中」として6DoF対応もありうることを示しています。インタラクションが重要になるため、コントローラーの開発も気になるところです。

狙うマーケットと価格帯は?

このデバイスの位置づけと方向性も気になるところです。コンシューマー向けにはOculusが5万円を切るPC接続型、一体型VRヘッドセットを投入しています。また品質を求めるハイエンドゲーマー向けには5万円〜15万円の価格帯でVIVE CosmosとVALVE INDEXが展開、さらに価格を意識したいエンタープライズ向けにVarjo VR-2などが数十万円のVRヘッドセットを展開しています。

パナソニックのVRヘッドセットがプレミアムなVR体験を体験するものになるとすると、価格は10万円前後、ターゲットは必然的に(現時点では)ややニッチなコンシューマー層となります。普及を前提として、よりカジュアルな利用を想定するとさらなる低価格帯、モバイル化(一体型を含む)を狙わければならず、性能とのバランスが重要になりそうです。

高品質なハードウェアには高品質なコンテンツが必須

なによりVRにおける「質の高さ」は単純なハードウェアの性能の高さではなく、そのハードウェアと適切なソフトウェアで実現する「体験の質の高さ」が評価軸となります。

ハードウェアメーカーがどのようにコンテンツ開発に関わっていくか。フェイスブックはコンテンツ開発スタジオに資金を配り、Valveは自社開発のデバイスだけでなく、様々なデバイスでコンテンツを等しく体験できるようにするSteamVRを提供しています。

「この画質に負けないコンテンツを探すのが難しかった」と小塚氏が話すように、現在市場に出回っているコンテンツは、パナソニックのVRヘッドセットよりも画質が低くとも十分な体験ができるようなばかり。高価で高性能なデバイスだったとしても、コンテンツ側がその能力を十分に引き出すことができていない状態です。

このデバイスが真価を発揮するコンテンツは、現時点はまだ多くはありません。次世代(=第2世代)のVRヘッドセットが登場する頃には、各社のVRヘッドセットの性能は画質を含めて、現在よりも大幅に向上していると考えられます。そのためのさらに高品質なコンテンツ開発が徐々に始まっていくことでしょうし、その時期が狙い目であるとも考えられます。

国産VRヘッドセットへの期待

プロトタイプということでデバイスそのものの課題は多くありましたが、筆者は今回のプロトタイプを、「次世代VRヘッドセットのプロトタイプとして、初めて体験できる形で世に出てきたもの」だと考えています。これまでになかったデザイン、そしてHDRを始めとするビジュアルの追求は十分に評価できるものでしょう。

これに加え、パナソニックへの今回の取材を通して感じられたのは、小塚氏を含む開発チームが改善点に真摯に向き合い、製品化に向かっていこうとする姿勢でした。

2016年、筆者は後のOculus Quest(2019年発売)となる、Oculusの一体型VRヘッドセットのプロトタイプを体験しました。当時はOculus Riftにバッテリーとプロセッサを貼り付けただけという、製品とは程遠い粗削りなものでしたが、改善点に向き合い、製品化していこうという意志は明確に表れていました。彼らはその後3年をかけてこのプロトタイプを洗練ささせ、磨き上げ、今のOculus Questに至ったのです。

次世代のVRヘッドセットが登場するタイミングで、パナソニックが日本発のデバイスとして存在感を放てるのか。そしてハードウェアだけではない「総合力」をどこまで高めることができるのか、注目したいところです。


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