サイバーパンクの世界はここから始まった『ニューロマンサー』-フィクションの中のVR【第3回】

『ニューロマンサー』(ウィリアム・ギブスン/黒丸尚 訳/ハヤカワ文庫SF/原題 Neuromancer)

<港の空の色は、空きチャンネルに合わせたTVの色だった>

という印象的な書き出しから始まる小説『ニューロマンサー』は、1984年に出版されたウィリアム・ギブスンの長編デビュー作です。発表されるや世界中でセンセーションを巻き起こし、その熱狂は「サイバーパンク」というムーブメントに発展しました。

千葉市が主な舞台の1つという事もあり、日本人にとっても興味深い作品です。

コンピュータ・カウボーイ(ハッカー)のケイスは、かつてやらかした依頼主への裏切行為の代償として仕事を失い、今は千葉市でチンピラ同然に暮らしています。しかしそんなある日、彼のもとにアーミテジと名乗る男から危険な仕事の依頼が舞い込みます。

謎めいたAI(人工知能)や巨大企業の思惑が絡み合う中、ケイスは報酬のため数人の仲間と共に再びカウボーイとして活動を開始します。

主人公らは額に電極を貼り付けて「マトリックス」と呼ばれる電脳空間(サイバースペース)に精神を没入(ジャック・イン)します。

電脳空間とは電子的に作り出されたデータ空間のことで、感覚的にはインターネットを3次元的に捉えた表現と言えそうです。

ギブスンが考え出した「電脳空間」や、そこに精神ごとダイブする「没入」という概念の斬新さは多くの読者に支持され、今日のVRのイメージにも大きな影響を与えています。

Oculus Riftでは『ニューロマンサー』の世界を再現するプロジェクトなんてのもありました。

ちなみに映画『マトリックス』も元々はこの小説の映画化企画でした。実は本書はこれまで何度か映画化の話が出ているのですが、あまりにも視覚的な小説であるため逆に映像化が困難なのかそのたびに立ち消えています。

造語が多く情報が凝縮された文体は読み手にかなりの想像力を求め、正直かなり読み辛いと思います。Googleで「ニューロマンサー」と検索すると入力予測で「読みにくい」と出てくるくらいです。

しかも書かれたのはインターネットという言葉すらほとんど知られていなかった時代ですから、当時の読者はストーリーを把握するのも一苦労だったと思われます。

しかしクールで刺激的な作品世界はそれまでのSF観を一変させました。これ以後、高度な科学技術、発達したネットワーク、退廃的、反体制的なスタイルが特徴的な作風は「サイバーパンク」と呼ばれ(恐らく最もカッコいいSF用語だと思います)、世界中のカルチャーに影響を及ぼしていくことになります。

「おなじみの、古くさい未来とはおさらばだ」(SF作家ブルース・スターリングのコメント)と評された本書は各国で多くの賞を受賞し、現在ではSF小説の傑作として評価が定着しています。

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インターネットが生活に欠かせないインフラとなり、VR技術も普及目前という今、ネットワーク内で冒険を繰り広げるストーリーに目新しさは感じられないかも知れません。ギブスン自身「サイバー」という言葉は古臭いものになっていくだろう、と繰り返し述べています。

海外SF小説の解説本『海外SFハンドブック』には次のように記されています。

<固有名とジャーゴン(※)に満ちたハードボイルド風断片的文体で描写される新しい世界は(中略)「攻殻機動隊」や「マトリックス」を経た今なら、既視感さえ覚えるかも知れないが、それは、当時の未来的ビジョンが現実に実装された結果だ>

※ ジャーゴン(jargon)…隠語、専門用語、業界用語。

難易度の高い作品ですが、ギブスンの描いた未来が実装された今こそ読む価値はあるのかも知れません。

物語の終盤、唐突に「ニューロマンサー」は姿を現します。「ニューロマンサー」の正体とは何か、ぜひご自身の目で確かめてみて下さい。この小説は「neuron(神経)」の物語であり「romancer(夢想家)」の物語であり「necromancer(魔道師)」の物語です。そして何よりも「new romance(ニュー・ロマンス)」でもあるのです。

◆参考文献
『海外SFハンドブック』(早川書房編集部 編/ハヤカワ文庫SF)

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Oculusの原点となった名作SF『スノウ・クラッシュ』-フィクションの中のVR【第4回】

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