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業界動向 2021.03.14

SFのような未来を具現化する マイクロソフトの「複合現実」は次のフェーズへ

基調講演のスピーカーが、CEOのサティア・ナデラから交代する。先ほどまでの実写映像から、アバターのオーディエンスが並ぶバーチャル会場へとシーンが切り替わる。スクリーンに映像やグラフが映し出されるだけの、いわゆる「Zoom会議」的なプレゼンテーションではなく、例えば海洋保全の話題であれば会場は海の中に没し、魚に囲まれてスピーカーが語り始める……。

これはMicrosoftが日本時間3月3日に行った開発者向けイベント、Microsoft Igniteの基調講演の様子だ。ナデラのスピーチ以外はすべてバーチャル会場から中継、登壇者はみなMRデバイス「HoloLens 2」を装着、ARで見えている会場に向かって話をしていたし、オーディエンスの一部はPCやVRヘッドセットを使って会場にアクセスしていた。

基調講演の目玉は明らかにこのバーチャル空間で発表された新たなフレームワーク「Mesh」だった。Kinectの開発をリードし、2010年からMRデバイス「HoloLens」も手がけているアレックス・キップマンが熱を込めて語ったこの「Mesh」は、HoloLensに並ぶほどのポテンシャルがあると信じて送り出したもののように思える。今回はそんな「Mesh」について語ってみたい。

「Mesh」の何がすごいのか?

「Mesh」はVRやARでアクセスするバーチャルな世界と、物理的な現実世界を繋げる一連の技術である。先に言葉の定義を整理しておこう。VRはバーチャルな世界に没入させる技術、ARはバーチャルな世界を現実空間に顕現させる技術だ。いずれもバーチャルな世界へアクセスする共通点がある。しかし、しばしば「VR“と”AR」と並列されるように、この2つは別物として語られることが多い。

Microsoftはこの2つを別とは捉えず、共通点に着目し続けている。いずれにせよ現実世界とバーチャルな世界を繋ぐ技術、MR(Mixed Reality/ミクスト・リアリティ)であると。それゆえHoloLensはARデバイスであるはずなのに「MRデバイス」とされるし、同社が提供しているVRヘッドセットの規格は「Windows Mixed Reality Headset」と呼ばれる。

ちなみに、このMRという単語はHoloLensが登場した際に明確な説明がされなかったがゆえに、MRは「現実によりフィットした、ARの上位概念」だと思われるようになってしまった。以下はマイクロソフトによる図だ。

さて、「Mesh」はクラウドサービス「Azure」と個別のアプリケーションの中間に位置するフレームワークとなる。ユーザーはVRデバイスでもARデバイスでもスマホでも、シームレスに同じバーチャル世界にアクセスできるようになる。バーチャル世界で人はアバターで表示され、距離を超越して体験を共有できる。

注意しなければいけないことは、「Mesh」の動画を見ると全く等価な体験をしているように見えるが、VRとARでデバイスによる見え方やインタラクションの取り方など差異は当然あるだろう。ただ「Mesh」の特筆すべきポイントは、少なくとも目の前に自動車の3Dモデルを出現させるとしたら、VRでもARでも見えるし、アバターコミュニケーションもできるし、その全てが同期している、ということだ。

VRで使えるマルチプレイのプラグインはこれまでもあったが、VR/ARに特化し、さらに両対応のフレームワークは存在しなかった。すでにHoloLensに向けてデモアプリが配布されているが、体験は良好なようだ。

コラボラティブコンピューティングを実現するための鍵

この「Mesh」は突然出てきたものではない。Microsoftは、アレックス・キップマンの下、6年にわたりHoloLensの開発を本社の地下施設で進めてきた企業だ。いわゆるXR(Microsoft流に言えばMR)分野に関しては、ロングスパンで取り組んでいる。

(2016年に公開された「Windows Mixed Realityの未来を想像する(Envisioning the Future with Windows Mixed Reality)」という題の動画)

HoloLensの初期の動画では、Meshの動画と同じような世界観が表現されてきた。そして、「Mesh」の原型となるビジョンが具体的に示されたのは実は日本でのことである。2017年に東京で開催された開発者向けイベントDecodeで登壇したアレックス・キップマンはMRで実現する未来「コラボラティブ・コンピューティング」について語った。

その際に使った図が、これである。

図では、その場にいる人たちはARデバイスで、遠隔からはVRデバイスやPCでアバターとして会議にアクセスしている、そんな未来を、この手描き風の絵を見せながら語ったのだ。

Microsoftはリアルとバーチャルの融合を掲げ、頑としてMRという言葉を使ってきた。2017年時点では数年以内と言われていた、コラボラティブ・コンピューティングの世界は「Mesh」というデバイスにて2021年に実装されることになったというわけだ。

筆者は2018年春にMicrosoft本社にてキップマンから話を聴く機会があったが、コラボラティブ・コンピューティングの実現に向けて欠けている「最も鍵になるもの(Missing Link)は何か」という質問に対してキップマンは「体験を共有するMRクラウド」と答えた。振り返ってみると、このMeshこそがそのMissing Linkなのではないだろうか。

MRの社会実装

Meshの登場によって、ハードウェアであるHoloLensに次いでシステムが揃ったことにより、MicrosoftのMRの取組は本格的な社会実装へと向かうだろう。その予兆とも言えるのが、Meshの発表時に紹介された取組である。

「Mesh」の発表では、エンターテイメントに関わる事例が多く紹介された。まず登場したのは「ポケモンGO」を開発するナイアンティックのCEOジョン・ハンケで、2社はARの未来に向けてのコラボレーションを発表した。次には海洋研究機関が登場し堅めの話題があったかと思えば、その後で登場したのは映画監督のジェームズ・キャメロン、最後にはシルク・ドゥ・ソレイユの創業者が現れ、キップマンらが焚き火の周りを踊るという不思議なシーンで基調講演は終わりを迎えた。

こうしたエンターテイメントでのMR利用は、これまでMicrosoftが注力してきた領域とは異なる。彼らはHoloLensの発売以降、産業利用を推進してきた。現場の分類や業種ごとのユースケース、ROIなどフレームワークを繰り返し整理しながら、業務プロセスでいかにMRが使えるかを強調してきたのだ。

ただ、覚えている人がどれくらいいるかは分からないが、HoloLensは決して産業向けに作られたデバイスではなかった。2016年に発表された時には、部屋の壁をぶち破ってエイリアンが攻めてくるゲームを楽しそうに遊ぶキップマンがいた。自分の部屋のソファに登場人物が座ってくれるようなサスペンスゲーム、ひいては自社IPであるマインクラフトのMR版など、楽しそうなデモも多くあった。

しかし、HoloLensに食いついたのは残念ながらゲーム業界ではなかった。Microsoftは、各業界のリーディングカンパニーとPoCを多数行い、徐々に産業向けにシフト。次世代機であるHoloLens 2は完全に産業向けを意識した設計になっていた。

こういった経緯がある中で、「Mesh」の発表に合わせてエンターテイメントの事例を見させられると、Microsoftが先に見ているのはどうやら産業向けだけではないように思えてくる。

「Mesh」の利用は広がるのか?

では、これから「Mesh」の利用はどのように広がっていくのだろうか。

サードパーティの開発者にはまだSDKが提供されていないが、まずはMicrosoftが提供する「AltspaceVR」(今回の発表はこのサービス内のバーチャル会場で行われた)、「Teams」といったコミュニケーションアプリにMeshが統合される。サードパーティのサービス開発者がどの程度Meshを使うのかは、価格を始め、その使い勝手の良さに大きく左右されるだろう。

MicrosoftのMRのビジョンを実現するために産み落とされた「Mesh」。果たして、彼らは描いた未来を具現化しきれるだろうか。


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