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テック 2017.02.08

ジャパンディスプレイに聞く「VR向け液晶」の実力

VR用ヘッドマウントディスプレイ(HMD)に使われるディスプレイパネルといえば有機EL(OLED)……、そんな風に思っていないでしょうか。そこに風穴を開けようと、ジャパンディスプレイ(以下JDI)が技術開発を進めています。昨年11月には、VR向けのディスプレイパネル開発を発表、すでに各社へとサンプル提供を開始しています。

VRにおける液晶の勝算はどこにあるのでしょうか? そして、実際にどのくらいのクオリティになっているのでしょうか?

JDI・ヴァイスプレジデント ディスプレイソリューションズ事業部 事業部長の湯田克久氏(写真)に話を聞きました。

株式会社ジャパンディスプレイ・ヴァイスプレジデント ディスプレイソリューションズ事業部 事業部長の湯田克久氏。湯田氏が指差しているのがVR用液晶(周囲のシステムについては、機密保持のためモザイク処理を施しています)

表示品質は良好、動画ボケも少ない

まずなにより、実際にJDIのVR向け液晶を使ったHMDを試してみました。残念ながら、機材の写真撮影はNGだったので、言葉でお伝えします。

率直に言って、試作HMDのクオリティはすばらしいものでした。首を振り回しても遅延や映像の尾引きは感じられませんし、発色も自然。なにより、画素と画素の間に黒い隙間が見える、いわゆる「スクリーンドア・エフェクト」が感じられないのが特徴です。

片目のパネルのスペックを挙げると次のようになっています(表参照)。VRHMDでは、このパネルが両眼用に2枚搭載されます。

画面サイズ  3.42インチ
画素数  1,440(横) x RGB x 1, 700(縦)
精細度  651 ppi
リフレッシュレート  90Hz
液晶応答速度  3msec (白黒)、6msec (中間調応答ワーストケース)
表面輝度  150cd/m2 (ブリンキングバックライト10%点灯時)

解像度が651ppiと高い上に、画素と画素の隙間が小さいために、スクリーンドア・エフェクトを小さくできることが大きな特徴です。JDIから、HMDとして実装した場合のイメージ写真もいただいているので、そちらを見る方が、違いがわかりやすいかと思います。これは、実際の試作機を使って撮影されたものです。


中央がJDIのスマートフォン向け液晶(400ppi)のLCDを、右がJDIのVR向け液晶(651ppi)を使ったもの。左の同じ写真の一部を拡大したものだが、受ける印象は大きく異なる。

現在、JDIはこのVR用液晶ディスプレイのサンプルを、様々な企業に出荷し、VRHMD機器への採用を狙っています。これを見た企業はどんな反応なのでしょうか? 湯田氏は次のように話します。

湯田氏:まずみなさん驚きます。「液晶でここまでできるのか!」と。そして解像感についても、10人中8人の方が、声を出して「おー」と驚いていただけますね。そのくらいリアリティがある、と自負しています。

採用企業側が「液晶でできるのか!」と驚くには理由があります。それは、液晶が、VRに必須の要件である「キレのいい映像」を出すことが苦手なデバイスであるからです。具体的には、映像に動画ボヤケが出やすく、頭の動きに映像がおいつくまでの遅延(十数ミリ秒オーダーの話)も大きなものになります。ご存知の通り、VRでは、動画ボヤケや遅延が小さいことが必須です。映像にこうした「キレ」がないと、映像がボヤケてしまうだけでなく、VR酔いにも通じます。

写真は、JDIから提供された「液晶でのボヤケ」のイメージです。スマートフォン用の液晶では動画ボヤケが発生してしまうのですが、VR用液晶ではそれが起きません。


左がスマートフォン用、右がVR用液晶での「動画ボヤケ」のイメージ。この点が改善されたことで、VRでの利用が可能になった。

動画応答性能を「数ミリ秒」まで短縮

そもそも、OLEDがVR向けに使われるようになった理由はなんなのでしょうか?

それを知るためには、次の資料を見るのがわかりやすいでしょう。VR用のディスプレイでは、画質の他に「動画ボヤケの改善」「遅延の抑制」「装着感低減」などの要件が求められるのですが、それを複数の技術的要素の組み合わせで改善します。


VR用ディスプレイに求められる技術要件の比較。確かにOLEDは向いているのだが、液晶は精細度の点で有利であり、不利な部分も改善は可能、とする。

これまでOLEDがVRに使われていた理由は、応答性能が高い、という特性があったためです。しかし応答速度が速いだけでは動画ボヤケは改善できず、動画性能を高めるために、映像のコマとコマの間の表示を消す「インパルス駆動」という手法を使います。一部のVR向けOLEDではこのインパルス駆動が用いられているようです。

ではVR向け液晶はどうでしょうか?

湯田:OLED応答性能はミリ秒以下の世界です。それに対し、スマートフォン用液晶では15ミリ秒くらいです。それに対しVR用液晶では、悪くても5から6ミリ秒。もっとも有利な黒白間の書き換え時では3ミリ秒くらいになりました。この応答速度の速さに、90Hzのリフレッシュレートとバックライト点滅による「インパルス駆動」を採用することで、動画ボヤケが抑制できます。

JDIの開発したVR向け液晶の応答性能。左がスマートフォン向け、右がVR向け。バーの高さが低いほど応答速度が速い。バーがいくつも立っているのは、液晶の応答速度がどの階調(start諧調)からどの階調(target諧調)に移るかで応答速度が異なるためでり、VR向け液晶はあらゆる諧調間の応答速度が速いことがわかります。

すなわち、OLEDに対して不利である点を克服できたことで、VR用液晶が作れた、ということになるわけです。

解像度800ppiオーバーへ。実はコストでも有利

では、液晶がOLEDに勝る部分はどこでしょうか?湯田氏は「やはり精細度」と断言します。

冒頭に挙げたテスト機材でも、そのことはよく分かります。HMDでは目とディスプレイの間にレンズが配置されているため、より画素がはっきり見えます。また、リアリティを高めるためには、現実が持っている解像感へ近づけることが重要です。
筆者が様々なVR系ハードウエアの開発者に聞いた限りでは、「800ppiを超えるあたりに一つの到達点があるのではないか」と語る人が多くいました。

現状のVR用HMDでは、400ppi前後のディスプレイが多く使われています。スマートフォン向けのOLEDとして生産されているもののスペックがそこであるため、経済合理性が高いことが理由です。

一方で液晶は、そもそもの構造としてOLEDよりも精細度を上げやすい特性があるため、JDIでも、この先のロードマップとしては、現行の651ppiを超え、800ppiから1000ppiを目指すことになります。こちらは、JDIが今回公開した、VR用液晶のロードマップを見ていただくのが分かりやすいでしょう。


JDIが公開した、VR用液晶の開発ロードマップ。2019年には1000ppiを目指す。

もう一つ、液晶には大きなメリットがある、と湯田氏は言います。それが「コスト」です。

湯田:現状でも、OLEDに比べ液晶はコストの面で有利です。動画応答性能が高く、解像度が高く、さらにコストもリーズナブルである、ということでご評価いただいています。

また、供給面も重要です。OLEDは供給元が限定されるため、スマートフォン需要などに大きく影響を受けます。VR向け液晶が増え、弊社以外にもサプライヤーが出てくれば、こういった問題は解決されるでしょう。

ここで、湯田氏は非常に興味深い事実を示します。

湯田:たとえば800ppiのVR向け液晶については、現在スマートフォン用で主流の「第六世代」向けの設備を使う場合、やはり、相応の追加投資が必要になります。

でもですね……それよりは、古いラインで、比較的精度の高いステッパー(半導体・液晶などの製造に使う露光機)を使ってラインを利用した方が作りやすかったりするんです。こちらは基本的に投資なくできます。

こういう、転用可能な技術を備えた古いラインを持っている液晶ディスプレイメーカーは、世界でもいくつかしかありませんが、弊社もその一つです。

VRは現状、スマートフォンほどの市場規模がありません。今後拡大するのは間違いありませんが、どこまで広がるか、未知数な部分もあります。大規模な投資をして、それを回収できるのか、という問題が出てきます。

実際問題「すべての工場で800ppiのVR向け液晶を作れるわけではないだろう」と湯田氏も言います。

その中で、どこにどれだけ投資をするのか、という判断は難しいものです。しかし、ニーズの減った古いラインの転用により、VR向けの高付加価値な製品を作れるようになるのであれば、生産量とコスト、投資の問題をまとめて解決することができます。

こうしたこともあり、JDIがVR向け液晶の評価を各企業に持ちかけると、「非常に高評価を得られる状況にある」と湯田氏は説明します。どの企業からどのような製品が、ということを、JDI側から開示できる状況にはない、とのことですが、2017年中には、「OLEDではなくVR用液晶を使ったハイエンドHMD」が、費用対効果の高い形で出てくるのではないか……と、筆者は予想しています。

新しいパネル技術が出てくるとそちら一辺倒になりがちですが、実際には競争原理が働きます。液晶とOLEDの関係は、当面「コストとメリット」の間で揺れ動く競争の中にあり、それがVRにも表れている、と言えるでしょう。


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