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業界動向 2016.08.06

SIGGRAPHってなんですか?(2)「世界に羽ばたく翼に会う」 ~白井博士のVRおもしろ相談室 第7回~

白井博士 SIGGRAPH

複数回にわたり、アメリカ・アナハイムからSIGGRAPH関連情報をお送りしております。

今回は、SIGGRAPH 2016初日に開催された、国際学生VRコンテスト「IVRC」のBirds of a Feather (BoF)ミーティングについてお伝えします。製品紹介や技術紹介は多くのメディアが伝えていると思いますので、あえて「VRおもしろ相談室」らしく、VR研究で濃厚レポートをお送りしたいと思います。

BoF:鳥たちはひとつの翼をなす

Birds of a Featherを意訳すると「ひとつの翼をなす鳥たち」と訳せますが、「同じ目的を持った人々の集まり」を意味するようです(日本語でも「烏合の衆」っていいますよね、あんまりいい意味じゃありませんが)。

SIGGRAPHでは2000年ごろから、同じ興味を持った人々が自由に会合を開ける仕組み”BoF”を持っています。新しい技術や課題などを設定して申請し、審査に通れば、会場内での公式印刷物での告知と(本来であれば非常に高額な)会議場所を提供してもらえます。基本的に非営利である必要があり、論文や作品、製品とは別に、教育者や標準化、水平展開すべき活動を共有する場として続けられています。もともとSIGGRAPHの”SIG”もSpecial Interest Group、つまり特別に興味を持っている人たちの集まりのことですし、アメリカ西海岸のオープンな精神のCG国際会議にふさわしい文化だと思います。

BoFは玉石混交!気軽な気持ちで参加しよう

筆者は国際学生VRコンテスト「IVRC」のBoFをSIGGRAPH2002から夏のSIGGRAPHを中心に毎年欠かすことなく主催しており、毎回100人近い参加者が聴講しています。同じように長くBoFを続けている団体は、オープンソースの3Dオーサリング&レンダリングソフト「Blender」を開発するBlender Foundation、DCCツールからファイル形式の標準化を行うKhronos Group、Web3DやWebGLといったWeb系リアルタイムCGの標準化団体、「Depth Camera」といった個別の技術、またCG教育者、各有名大学のOB会、日本を代表するCGアーティスト・河口洋一郎先生の「Sake Party」なども含まれます。主催する側は大変ですが、SIGGRAPHでの出会いを作る意味は大きいです。参加する側は、新しい出会いを求めて、基礎知識の有無などは気にせず、ゆるやかな気分で参加することが大事と思います。

▼SIGGRAPH 2016 Birds of a Feather
http://s2016.siggraph.org/birds-feather

学生コンテストを通して育ったVR研究者たち

SIGGRAPH 2016開催初日の7月24日、会場のアナハイムコンベンションセンターの展示会場内のACM SIGGRAPH Theaterにて、国際学生対抗バーチャルリアリティコンテスト「IVRC」のBoF会議が開催されました。今年のテーマは「IVRCを通して育ったVR研究者たち」として、SIGGRAPHで活躍する研究者を中心に興味深い研究成果が共有されました。

VRのパイオニアによる24年の歴史の振り返り

まず筆者白井の挨拶に始まり、世界のVRのパイオニアである東大・舘暲(たち すすむ)先生による、IVRCについての24年の歴史と意義が簡単に紹介されました。

白井博士 SIGGRAPH<立ち見が出るほどの来場者でスタートしたIVRC BoF>

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白井博士 SIGGRAPH

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白井博士 SIGGRAPH

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IVRCとは、1993年に設立された学生の優秀なVR作品を讃える「コンテストの形をとった21世紀的な教育システム」です。書類審査、日本VR学会大会での実機審査、デジタルコンテンツエキスポ(DCEXPO)での最終審査があり、各フェーズでの作品の改善を行いながら、大会後は翌年のSIGGRAPHやLaval Virtualに挑戦します。

白井博士 SIGGRAPH

IVRC作品による最初のSIGGRAPH貢献は、SIGGRAPH2002における「バーチャルチャンバラ」でした。

筆者補足ですが、バーチャルチャンバラは東京大学 計数工学科のものづくりサークルARIELが制作した、撃力提示可能なVRチャンバラです。いまみてもすごい。

白井博士 SIGGRAPH

「バーチャルチャンバラ」以降、IVRCは優勝作品への副賞として「SIGGRAPHへの投稿支援」を行っており、以後、IVRC2006から「ビュー・ビュー・View」、「CoGAME(コガメ)」、IVRC2007から「虫 How?」、「風景バーテンダー」、IVRC2008から「YOTARO」、「La Fleche de l’Odeur / Back to the mouth」、「アソブレラ」、IVRC2009から「ダイラタノ ー / Haptic Canvas」、「Mommy Tummy」、IVRC2014から「CHILDHOOD」、「vibroSkate」といった作品がSIGGRAPHに採択されています。

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白井博士 SIGGRAPH

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白井博士 SIGGRAPH

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国際化はSIGGRAPHだけではありません、フランスで毎年4月に開催されるLaval Virtualにも似たような学生VR作品コンテスト「Virtual Fantasy」があり、Demo部門から毎年優秀な作品を交換し現在も続いています。また米国CMU(カーネギーメロン大学)エンタテイメントテクノロジーセンター(ETC)とも過去に提携を行っており、Building Virtual World(BVW)プロジェクトの優秀作品を交換していました。

白井博士 SIGGRAPH<IVRC2016におけるスポンサー>

IVRCは企業からの協賛を受け付けており、多くはVRのものづくり感覚の高い学生へのアプローチを期待するものです。IVRC2016プラチナスポンサーにはTokyo VR Startupを運営する株式会社gumi、colopl VR fundを運営する株式会社コロプラ、ユニティ・テクノロジー・ジャパン合同会社、株式会社レコチョクが協賛しており、感謝の意が表明されました。

IVRC初優勝者がETechのチェアに

続いて、SIGGRAPH 2016 Emerging Technologies(ETech)チェアを担当した東大・稲見昌彦先生がEmerging Technolgies開幕直前に登壇し、自らのIVRCでのVR研究の歴史と今年のETechの見所を発表しました。

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白井博士 SIGGRAPH

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白井博士 SIGGRAPH

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<稲見先生の東工大ロボット技術研究会時代の活動>

稲見先生は、もともと東工大学部時代はバイオ系の学生だったのですが、ロボットコンテストなどでも有名な東工大ロボット技術研究会にて、VRに取り組むARMSというプロジェクトに参加します。1993年に開催された第一回大学対抗「手作り」バーチャル・リアリティコンテスト「IVRC1993」において機能的電気刺激( functional electro stimulation; FES)を用いた力覚ディスプレイによるドラム装置「ARMS-II」で総合優勝および技術賞を勝ち取り、VRの研究を行うことを決意します。

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白井博士 SIGGRAPH

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白井博士 SIGGRAPH

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その後、稲見先生は東大・舘先生のもとで博士を取得することになりますが、その過程で、初のSIGGRAPHでの発表をSIGGRAPH’97のElectric Garden(現在のETechにあたる)「MEDIA3」という研究で行います。その後、現在に至るまで36件の展示をETechで行ってきました。

初のSIGGRAPHから20年の歳月を超えて、今年は稲見先生はETechのチェアとして作品を選ぶ側になっています。ETechの作品紹介解説については詳細をまた別の回で紹介したいと思います。

ツクバ式ロボット「SIGGRAPHへの逆襲」

続いて、学生VRコンテストの審査委員長・筑波大学の岩田洋夫先生が「SIGGRAPHへの逆襲(Striking back to SIGGRAPH)」と題した基調講演を行いました。

岩田先生は稲見先生と同じく、毎年のようにSIGGRAPHで技術デモの発表を行っていました。ここ数年はアルスエレクトロニカや日本科学未来館での展示は行っておりましたが、SIGGRAPHは2007年以降10年ぶりの参加で、巨大ロボット『BigRobot Mk.1A』を発表しています。

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白井博士 SIGGRAPH

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白井博士 SIGGRAPH

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岩田先生によるSIGGRAPH発表は1994年から2007年まで、16作品。触覚系は8作、歩行系は5作、没入型プロジェクションディスプレイが3件という経歴です。過去のSIGGRAPHでも、人がそのまま入って無限歩行できるような巨大なディスプレイを展示したことがありましたが、今回は「身長5メートルのロボットに乗って歩ける」という文字通り巨大なロボットを展示します。毎年オーストリアのリンツで開催されているメディアアートの祭典アルスエレクトロニカでの展示では、一般の体験者が乗れるものでも、持ち運びが簡単なわけでもなかったそうで、今回のSIGGRAPHに向けて、変形できるような改良を施した「Mk.1A」になっています。このような「持ち運べる工夫」は、IVRCの国際化、そして「SIGGRAPHで展示できるようにする」というモチベーションで、日本のVR研究者はよく研究してきています。

VRコンテストからアート、課題解決型演習へ

過去のIVRC参加者のその後の活躍を紹介として、大阪大学 大学院情報科学研究科の安藤英由樹准教授が、IVRCの教育への活用を発表しました。安藤先生はIVRC’97で田植えの粘性感覚を体験できるVR「おこめっち!」、IVRC’98では満員電車体験VR「電車でgyu!!」を発表し、二連覇。どちらもその年の最優秀作品として評価されています。

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安藤先生はその後、SIGGRAPHでも数多くの展示を発表し、その後、文化庁メディア芸術祭やアルスエレクトロニカでも高く評価されています。大阪大学では実際にIVRCを活用した課題解決型演習(problem based learning; PBL)に活用しています。

IVRC学生が先生の想像を超え、研究領域を拓く

優勝作品を数多く生み出してきた先生はどのように学生を指導し、その後の研究に生かしているのでしょうか。触覚VRを中心に数多くの話題作を発表している電気通信大学・梶本先生が「IVRCはなぜ研究室に良いのか?(IVRC – Why it is good for Lab)」というタイトルで講演を行いました。

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まず研究室の研究と過去作紹介。蟻が腕を這う感覚「虫How? / Ants in the pants」 (IVRC2007総合優勝, SIGGRAPH2008)、究極の自己愛で自分を抱きしめられる「SenseRoid」 (IVRC2010総合優勝, Laval Virtual2011)、食べたものを体感できる「ViVi-EAT」 (IVRC2012日本VR学会賞, Laval Virtual2013)など特徴的で記憶に残る作品が多く存在します。

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白井博士 SIGGRAPH

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白井博士 SIGGRAPH

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さらに「なぜIVRCが研究室に良いのか?」について、『IVRCプロジェクトは完全に学生のみによるもので、私自身、彼らが採択されるまで何を提出したのかすら分かりません。私は、彼らが何を考えているのかを理解することはできませんので、研究室のプロジェクトの一部にすることはできません。新しい研究領域にどうやってつなげるか?研究室の管理者があえて踏み込まないことに私自身のイマジネーションを超える機会となることが時折あります。梶本研究室の場合には、IVRCプロジェクトは、”全身ハプティクス”の研究への扉を開き、今日のETechで展示され体験可能になっています』と述べています。

梶本研究室は今回のSIGGRAPHで、「FinGAR」、「HapTONE」、「HALUX」の3作が採択されました。こちらは別の機会に紹介したいと思います。

子供体験VRから巨大ロボットのAR外装まで

つづいて若手、現役学生による講演です。筑波大学「CHILDHOOD」(IVRC2014優勝作品)を代表してプレゼンテーションを行った高鳥光氏は岩田先生らが指導する筑波大学 グローバル教育院 エンパワーメント情報学プログラムに所属しており、今回のSIGGRAPHでは「BigRobot」で発表に参加しています。

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白井博士 SIGGRAPH

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白井博士 SIGGRAPH

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「CHILDHOODプロジェクトの舞台裏 – 子供体験を拡張する装着型スーツ(Behind the scene of “CHILDHOOD” Project – Wearable Suit for Augmentning Child Experience)」と題して、発表を行いました。「面白くて(fun)、興味深い(interesting)な体験をIVRCで実現したい」という思いから「何を体験させる」ではなく、「いつそういう体験をしたか?」に注目してCHILDHOODを作ったというエピソードが紹介されました。またSIGGRAPH2015での展示体験、そして今回の「BigRobot Mk.1A」でのARロボット外装”AR armor”についても紹介がありました。

白井博士 SIGGRAPH<BigRobot Mk.1Aに併設展示されている”AR armor”>

高鳥氏のプレゼンテーションはこちらにて紹介させていただきます。

フランス遠征で学ぶ言葉が通じない世界での展示体験

日本人最後の発表は、慶應義塾大「ニョキニョキ豆の木 / Jack and the Beanstalk」(IVRC2015日本VR学会賞受賞作品)KMD大学院生 杉本将太氏による特製映像による発表で、フランスLaval Virtual 2016での体験を振り返りました。

ただ展示するのではなく、言葉の壁を越えて、たくさんのフィードバックを得るために、葉のようなポストイットをつかうことで、会場からのフィードバックを得ながら展示ブースのデコレーションを行っているのが印象的です。

杉本氏らは今回のSIGGRAPH ETechでは多点間テレプレゼンス「Layered Presence」を発表していました。なお同じチームのYamen Sraiji氏は、関連研究で今回のSIGGRAPH内で開催されたACM学生リサーチコンテスト(SRC)大学院生部門で世界一位を獲得しました。

19年の成果が認められたLaval市

最後に、フランスLaval VirtualよりGuy LeBras氏が、IVRCとSIGGRAPH、そしてLaval Virtualの関係の近況を話しました。LavalはパリからTGVで西に1時間ほどの、フランス西部に位置する人口10万人程度の小都市ですが、毎年春に開催されるLaval Virtualはヨーロッパで最も大きい規模のVRコンベンションで、次回で19年目、毎年15,000人以上の来場者が訪れます。IVRCとは2004年から提携関係にあり国際VR作品公募部門「ReVolution」での展示招聘を行っています。またSIGGRAPH ETechとも近年は提携関係にあり、お互いの素晴らしい作品の交換を行っています。

白井博士 SIGGRAPH

白井博士 SIGGRAPH

最近はVR関連の老舗やスタートアップ企業の育成に官民一体となって取り組んでおり、多くの主要企業がLaval市郊外に集まっています。このBoFが開催される翌日には、フランス政府経済産業省が推進する「French Tech」ブランドの主要都市に選出されたというニュースも飛び込んできています。実に、19年に渡る活動の成果が認められつつあり、その中で、IVRCで選出された日本の学生とフランス代表学生の国際交流やその支援活動は、(筆者も含め)大きな成果をとして結実しつつあると言えます。

BoF:世界のVRが集い、次の挑戦を共有する翼に

以上のように、SIGGRAPHでの IVRC BoFではVR研究の主要プレイヤーである日本・フランスが米国を舞台に最新情報を交換し合いました。昨年はこのBoFをきっかけにオマーンからの参加者が増えたこともありました。まさに世界のVR研究者が集い、次の挑戦を共有する翼となっています。

白井博士 SIGGRAPH

また次回のチャレンジとなるLaval Virtual ReVolution 2017のテーマ「TransHumanism++」も発表されました。「トランスヒューマニズム」とは、先進科学技術を用い、人間の身体と認知能力を進化させ、人間の状況を前例の無い形で向上させようという考え方で、「超人間主義」と訳せます。ナノテク、バイオ、情報科学、認知科学、人工知能といった人間の限界を超える「超人間主義++」として「VR+アート+文化」の未来を占うような作品を募集しています(投稿締め切りは2016年12月31日)。

すでに、IVRCに加えて、日本の超人スポーツ協会がプログラム協力、株式会社gumiがスポンサー協力に入ることが表明されています。採択クラスがいくつかあり、「Invited」で招聘されると3x3mのブースに加え、旅費も支出されるため、日本や米国だけでなく、良い作品が海外に出て行くきっかけになればと思います。

以上の通り、SIGGRAPHのBoFのレポートを通して、VRものづくりで「世界に羽ばたく翼」を紹介させていただきました。次に歴史のいちページを作るのはあなたかもしれません。

白井博士 SIGGRAPH

※編集部より。「白井博士に質問したい!」という方は、Mogura VRのTwitterアカウント(@MoguraVR)宛に 「#白井博士のVRおもしろ相談室」というタグをつけてリプライで質問をお願いします。VRに関する質問に白井博士が面白く、真面目に答えてくれると思います!

白井博士(しらいはかせ)/文・絵


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