8月26日から3日間にわたり開催されたCEDEC2015ではVRに関する様々な講演が行われました。今回の記事では、その先陣を切って行われたのが、ドイツのCrytek社のディレクター、ディヴィッド・バウマン氏が行った講演「VR制作の西洋からの反省談:Crytekの教訓」をレポートします。
Crytek社のVRチームでディレクターを務めるディヴィッド・バウマン氏
Crytekは、ドイツに拠点を構えるゲーム開発会社です。「Crisis」や「Far Cry」といった世界的に有名なFPSの開発に加え、ゲームエンジンであるCryEngineを提供しています。
CryEngineを使用して開発されたゲームの紹介動画はこちら
https://www.youtube.com/watch?v=6543HUY_TwM
Crytekは、現在VRコンテンツの開発に力を入れています。2014年には簡単なものを制作、2015年3月のGDCでは本格的な体験コンテンツ『Back to Dinasour Island』、そして2015年6月のE3では、『Back to Dinasour Island 2』を展示しました。
2015年3月の『Back to Dinasour Island』
2015年6月の『Back to Dinasour Island 2』は風景が美しいだけでなく、崖を登ってい操作も楽しい。きわめてクオリティの高いコンテンツだ
現在は、600名程度いる社内にVRチームをつくり、50名規模で本格的なアドベンチャーゲーム『Robinson: The Jouney』の開発を進めています。
CEDECで行われた講演では、なぜCrytekがVRコンテンツの開発に力を入れているのか、そしてこれまでの開発から得られた知見が共有されました。
CrytekはなぜVRコンテンツの開発に力を入れているのか
ディヴィッド氏はなぜ、今VRの開発に力を入れているのかという話から講演を始めました。その理由は「これまでのVRブームと違い、今回発売されるVRヘッドマウントディスプレイ(VRHMD)はコンシューマーの手にわたる本物のVRデバイスだと確信しているから」だと説明しました。
また、Crytek自身の強みとして、提供しているゲームエンジンCryEngineは、ゲームにおける見た目のすぐれた環境が特徴的で、表情の表現や遠くの風景の表現などに長けていることから、VRへの対応の準備を始めました。
まるで本物の人間のように感じる豊かなフェイシャル表現。顔のレンダリングをリアルタイムで行わなければなりません。VRでは、目を見ると、向こうも目線を合わせてきます。ロボットの目ではなくて人間の目でなくてはならない、とディヴィッド氏は主張しました。
デモ開発から得られた多くの知見
デモの制作を通じて、Crytekは多くの仮説検証を行い、知見を得てきました。ディヴィッド氏は順にそれらの紹介を行いました
スケールと明るさ
GDC2015で展示した『Back to Dinasour Island』では、物の大きさとライティングについての知見得られました。
恐竜が近いづいてくるシーン。左が修正前、右が修正後です。木と恐竜のスケール感を変えることにより、恐竜が近づいてくる恐怖をより鮮明に演出しています。前景の木を小さくすると恐竜が大きく見えます。そして照明をもっと明るくしています。VRではプレイヤーがカメラなので、プレイヤーがあらゆる方向を見ることを検討しなければなりません。
続いて森の演出。体験するプレイヤーが360度を立体視で見渡すため、より森としての奥行きが出るようなグラフィックに変えたとのこと。左の画面は、森の先は境界線を引き、明るくしていますが、立体視で見るとその奥行きのなさが違和感につながります。そのため境界線を取り除き、奥に至るまで密度の高い森を描いています。こうすることで将来的には森の中を移動することも可能にしつつ、奥行きのある森を描きました。ポリゴン数は変わっておらず、レンダリングの負荷は修正前も後も同じとのこと。
世界観を壊さない自然なVRのチュートリアル
また、このデモで行った工夫として、体験している人がVRでの動きに慣れているために、トンボをプレイヤーの周りで飛ばしました。トンボがプレイヤーに向かってくると、避けようと身体を動かすとことでトンボは横にそれていき、避けることができないとぶつかってしまいます。頭を動かしたり、かがむという動きをトラッキングできる、ということをトンボの動きを通して伝えています。このように体験を通じて、VRでの動きに慣れてもらったとのことです。こうして世界観を壊す事無く、違和感なくチュートリアルを行っている点は秀逸です。
恐竜がプレイヤーの動きに反応することで生じる”怖さ”
そして2点目がVRを内のキャラクターとの”親近感”の演出です。巣に帰ってきたTレックスはプレイヤーが動いたときにはじめてプレイヤーに気づき、近づいてきます。非常にリアルな作用(インプット=プレイヤーの行動)と反作用(アウトプット=恐竜の行動)の演出です。
そして近づいてきた恐竜はプレイヤーを見て、頭を合わせてきます。逃げようとしてプレイヤーが動くと、視線を保とうと頭を動かしてきます。相手とつながるということ。プレイヤーがやっていることに恐竜が反応することで、実際にその恐竜が生きているかのような”親密さ”が生まれます。
このプレイヤーのインプットとVR内のキャラクターのアウトプットを通じてキャラクターが実際に行きているかのように感じるデザインはPS4向けの「サマーレッスン」の開発にあたっても工夫されたポイントの一つです。
これまでと全く違うVRのゲームデザインのプロセス
続いてE3に向けて制作したBack to Dinosaur Island 2では、プレイヤーがVRの中を動き回ることに挑戦しました。数多くのポリゴンを使い、遠くの景色にいたるまで、平坦なテクスチャではなく全て制作したモデルを使っています。
しかし、これだけのポリゴンをいきなり最初から作り始めたわけではないといいます。プレイヤーがどこを見るか予想もつかなかったため、初期のプロトタイプでは非常にざっくりとしたホワイトボックスを制作しています。
こうしたモデルを何度も作り、プレイヤーがVRの中でどこを見るのかをテストし、視線の行き方をチェック。どこまで風景を深く描写すればいいかを探ったそうです。安価な原始的なものを早くつくるのがコツだということでした。
プレイヤーに感情を想起させる
ディヴィッド氏は、VRの体験が心理的にもかなり作用すると言います。特に恐怖心は感じさせやすく、安価なホラー物のVRゲームが登場するだろうと言います。Crytekでは、Back to Dinosaur Islandで恐竜の振る舞いによって恐怖という感情を引き起こしていました。そこでBack to Dinosaur Island 2では、他の感情にも訴えることに挑戦しています。
崖を登って行くと、若い恐竜が飛ぼうと練習している様子が目に入ってきます。最初に飛べずに下に落ちていく様子を見ていると、自然とその恐竜に同情します。
しかし、こうしたストーリーをVRでプレイヤーに見せることは非常に難しいとディヴィッド氏は述べています。360度見渡せるがゆえに、プレイヤーが見ないとそのストーリーが起きないことになってしまうのです。別の方向を見ていると、ストーリーを見落としてしまう。そこで、あらゆる方向を見てもストーリーが進めるようにデザインしなければならず、デザイナーにとっては恐ろしいことだと話しています。
なお、この360度のストーリーデザインについては、Oculus Story Studioが発表している知見でも言及されています。
モーションの注意点と快適さを保つための工夫
Back to Dinosaur Island2ではプレイヤーが動くことに挑戦しました。VRでは動いているのに、目は動いていることを感じられないと不快な体験になります。そして開発者は慣れてしまいますが、体験する人はそうではないため、それを念頭におかなければなりません。
エンジニアは慣れてくると無茶な仕掛けを入れたがり、崖の下まで落下するシーンを入れました。しかし、地面に激突するところまで実装してしまうと慣れていない人は即座に酔ってしまいます。開発にある種のブレーキをかけるために、エンジニアもVRの世界から離れて、他の経験をするようにしてたそうです。
また、酔いを防ぐためには技術的な工夫も必要です。フレームレートを90fpsに保ちながら、描画の遅延であるレイテンシは20ms以内に抑えなければなりません。また、モニターを眺めるのと違い、VRでワクワクする高揚感が15分以上続いてしまうと、疲れるので時間の要素に気をつけなければいけないと言います。長時間VRで遊んでもらうためには、自然に休憩を与えるようなデザインを行う必要があります。
時に視覚よりも重要な3Dオーディオ
そして、ディヴィッド氏が講演中に特に強調していたのは3Dオーディオの重要性でした。VRでは、あらゆる方向から音が聞こえてこなければならず、音こそが周りに何かがいるという感覚を生じさせています。そのため、3Dオーディオが実現するのとしないのとでは、一気にプレゼンス(実在感=そこにいる感覚)が変わってしまいます。
最後に、ディヴィッド氏は、VRでやると効果があること・やってはいけないと感じたことを共有しました。コンテンツによりケースバイケースなこともありますが、Oculus VRが公式で発表しているベストプラクティス集に共通しているものも多く、開発の参考になります。
・プレイヤーのカメラを勝手に動かさないこと
・動く際はゆっくりと動かすこと
・何かをずっと視界に固定して表示させること
(例:鼻、コクピットなど)
・90fps(製品版)を絶対に割り込まないこと
・レイテンシを極力発生させないこと(20ms以下)
・オーディオを後回しにしない
Crytekが目指すVRの将来
Crytekは現在、製品版のVRHMDに向けて、アドベンチャーゲーム『Robinson The Jouney』を50人体制で開発しています。VRに初めて触れた人が楽しめるようなVRの特長を最大限活かしたゲームを目指しています。
他にもまだ発表できないプロジェクトが色々あるとのこと。Crytekは、4年先のVRを見据えていると主張。2019年にConsumerの間にVRが広がり、ゲームにとどまらずエンターテイメント、映画など幅広いものをカバーする分野になるだろうと信じて、今から開発にリソースを割いています。
すぐには決して大きな市場にはならないが、VRのゲームを作りたいのであれば今から教訓を学ぶべきだと述べました。そして、デイヴィッド氏は、Crytekでは、ゲームエンジンを作っているチームの横でVRチームが開発を行っており、ゲームエンジンCRYENGINEへのフィードバックが速く、VR向けのエンジンとして充実していることも強調して、講演を締めくくりました。