SAOに先駆けてVR内RPGを題材にしたラノベ『クリス・クロス 混沌の魔王』-フィクションの中のVR【第8回】

クリス・クロス(高畑京一郎/電撃文庫)

1994年に刊行された『クリス・クロス 混沌の魔王』は、第1回電撃ゲーム小説大賞金賞受賞作にして、作者のデビュー作でもあります。同賞はライトノベルレーベルが主催する賞でしたが、ラノベとしては珍しく単行本で刊行されました。本書に対する出版社の期待と読者からの注目がそれだけ高かったのだと思われます。

1994年といえばプレイステーションやセガサターンなど次世代家庭用ゲーム機が相次いで発売された時期。この小説も賞の趣旨に漏れずゲームを題材とした小説ですが、特徴的なのはテレビ画面でプレイするテレビゲームではなく、VRゲームを物語の舞台としている点でした。ストーリーの導入は以下の通り。

国内の大手電子メーカー数社が共同開発したスーパーコンピュータ・MDB9000、通称「ギガント」は、世界最高の容量・処理速度を誇ります。開発者らはその性能を世間にお披露目するため、ギガントの能力をフルに投入したVR型のRPGを制作し体験イベントを一般向けに開催する事にしました。このゲーム「ダンジョントライアル」に参加できるのは256人。幸運にも抽選でそのうちの1人となった主人公は「ゲイル」というキャラクターでゲームに参加しますが、やがてギガントプロジェクトの発案者が仕掛けた恐るべき罠に陥れられた事に気付きます。

ところでMoguraVRでも報じられていますが、先日IBMの提供によりVRMMORPG「ソードアート・オンライン」(SAO)アルファ版テスターの募集が開始されました。「SAO」は『クリス・クロス』と同じレーベルから刊行中の小説『ソードアート・オンライン』シリーズに登場するVRMMORPGです。

『ソードアート・オンライン』で特徴的なのは、「SAO」のプレイヤーは自分からログアウトすることはできず、またゲーム内での死は現実世界での死を意味するという点です。現在『ソードアート・オンライン』はコミックやアニメ等様々なメディアで展開される人気コンテンツとなっていますが、このシビアな設定がストーリーの最初に現れ緊張感を与えているのも、多くの人をストーリーに引き込んだ要因の一つかもしれません。

クリス・クロス

そこで『クリス・クロス』の話に戻りますが、実は本書は『ソードアート・オンライン』(このサイトによると2002年から執筆開始)に先駆けた世界観を用いています。「ゲーム開発者の陰謀にプレイヤー達が巻き込まれる」「自分ではログアウトできない」「ゲーム内で死んだら現実世界でも死ぬ」といった設定が早くもこの小説では登場しているのです。

やはりVRゲームはリアリティが最も重視される訳で、それを追求していくと「VR世界に捕らわれてしまう」「VR世界での死が現実の死」という設定に繋がっていくのでしょうか。「VR世界から現実世界に連絡を取る手段が無い」というのもストーリーを盛り上げる設定です。

VRゲームをいち早くテーマとして取り入れ、これらの設定を付した作者の先見性には驚かされます。

本書に登場するゲーム「ダンジョントライアル」はどのようなデバイスでプレイするのでしょうか。まず参加者は下着姿でカプセルの中に横たわり、全方位モニターマスクとヘッドホンを装着します。身体の各部に電極が取り付けられ、この電極が筋肉の動きを感知し動作をコンピュータに入力、また電極からの電気刺激が触角や痛覚といった感覚をプレイヤーに与えます。

これにより、参加者がカプセルの中で「手を動かそう」と考えた時、肉体の手が実際に動くのではなくゲーム内のキャラの手が動く訳です。さらに薬学・精神医学の専門家も立ち会い、薬品と催眠術でよりリアルな臨場感を与えるという念の入れようです。これにより肌触りや暑さ・寒さの感覚まで疑似的に再現しています。

ここまで来ると最早現実と区別のつかないVR世界が構築できそうですが、味覚や嗅覚は仕掛けが難しく再現できておらず、このようなクリアが無理そうな難題は最初から諦めて切り捨てる姿勢がプロジェクト完成には近道かもとちょっと思わされます。またプレイには薬品を用いるため参加者は健康診断をパスする必要があり、18歳未満は参加不可という事になっています。

さて、そんな大掛かりな装置でプレイする「ダンジョントライアル」ですが、内容は地下に作られたダンジョンを探検し、仲間を集め、モンスターを倒し、最終的に魔王を倒すというシンプルなもの。小説も前半はまだ黒幕が登場せず、主人公も普通のゲームと思ってプレイしているので、物語は割とのんびりと進みます。

ところが後半、黒幕が登場し「現実の死」に関する情報が主人公らに示されてからは一転して緊迫した空気が張り詰めスピード感のある展開となります。緩急に富んだストーリーはページをめくる手を止めさせません。

果たして主人公らはVR世界から脱出できるのでしょうか。また黒幕の目的とは。文庫本で250ページほどという簡潔さもポイントが高いです。

前述の「SAOアルファテスター募集」のニュースなど読んでいると、20年以上前に書かれた本書の世界が実現していくようでワクワクします。もっとも実際のVRMMORPGは死やケガとは縁遠い楽しいゲームであって欲しいですね。

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