2016年10月22日、九州大学大橋キャンパスにて「CEDEC+KYUSHU2016」が開催されました。「CEDEC+」とは、毎年横浜で開催される日本最大のコンピュータエンタテインメント開発者向けカンファレンスの九州版。CEDEC 2016と同様、知見を共有するセッション、講演、各ブースによる製品・コンテンツの展示などが行われました。 本記事では、VRに関するセッションのひとつ「VR(ヴァーチャルリアリティ)が拓くミライ ~最新事例から紐解くエンターテインメントの先にあるVR~」の講演レポートをお送りします。 登壇したパネリストは以下の通り。
・鈴木 良介 氏
株式会社野村総合研究所
ICT・メディア産業コンサルティング部 上級コンサルタント
・廣江 真 氏
凸版印刷株式会社
情報コミュニケーション事業本部 ソーシャルビジネスセンター MICEエバンジェリスト
・清水 弘一 氏
株式会社Linked Brain
取締役CSO
・山岡 鉄也 氏
富士通デザイン株式会社
サービス&プロダクトデザイン事業部 デジタルデザイン担当 チーフデザイナー
・中島 賢一 氏
公益財団法人福岡アジア都市研究所
調整係長
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写真左から、山岡氏、廣江氏、鈴木氏、清水氏、中島氏。 本パネルディスカッションは、「人の行動様式を変え得るVR」を軸に、パネリストたちが行ってきた活用事例を紹介してもらいつつ、そこからVRを活用した新しいビジネス、プロダクト創造へのヒントを得ることを目的としたものです。
VRは本当に人間の生活・行動を変え得るか?~事例紹介~
まず、後に続くパネルディスカッションの「種」として、パネリストの方々がどのような事業に取り組んできたか、について一通り紹介していきました。
富士通デザイン:山岡氏
山岡氏が紹介した事例の一つには、危険すぎて実施できないリアルな安全教育をVRで行うコンテンツがありました。これは例えば、高所で作業を行う人員に対して、VRを用いて「足場が崩れ、転落してしまった」シミュレーションを行うというもの。VR体験の前に安全装置の付け方のレクチャーを行うことで、危険に対する実感を喚起し、安全装置の必要性を理解させているとのこと。
凸版印刷:廣江氏
続いて、廣江氏が紹介したのは観光×VR。凸版印刷は印刷会社ですが、昨今の観光スタイルの変化を受け、印刷だけではプロモーションが足りないと感じ、紙媒体以外のアプローチに取り組んでいます。彼らは現在、スマホを通してディスプレイ上に旧跡を復元したり、通常の観光では立ち入れない視点の景色を提供したりしています。
司会も務める野村総研の鈴木氏はこの事例を、「当初は観光地に来てまでスマホのディスプレイを眺めているのは不健全な状態では?と疑問視していたが、話を聞いて腑に落ちた。゛見る“観光の誘因材料は写真で充分、゛体験”の予告編なら動画で充分。しかし゛参加・交流”が観光の主体となる時、VRでないと充分な誘因材料にはならない」とまとめました。
株式会社Linked Brain:清水氏
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清水氏は「ゲーム開発に用いられている様々な知見が、他分野に応用されている」 とコメント。例えばモーション・音声キャプチャデバイスの「キネクト」を使ったゲームが医療に応用された例などを紹介しました。
福岡アジア都市研究所:中島氏
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中島氏は高齢者のリハビリゲームを紹介。足腰のリハビリとして立ち座りを繰り返す運動を行う高齢者。実際にやっている人たちからは「無味乾燥で苦痛」という声が上がっていたのだそうです。
そこで、楽しみながらリハビリを行うためのゲーム要素の追加が行われました。「リハビリズム」と題されるこの作品は、立ち座りを繰り返すことで木を育てることができます。ゲームの生み出す文脈を運動に付加し、ランキング制度などを取り入れることで、高齢者のモチベーションを高めることに成功したとのこと。
以上パネリストが紹介した事例を取っ掛かりに、ここからはディスカッションが始まります。
事例を踏まえたパネルディスカッション
まず鈴木氏は、企業が営利目的としてテクノロジーを使う場合について、(1)効率を上げるという合理目的、(2)新たな体験をもたらす官能目的に大別しました。
本セッションでは特に、「合理」については防災、「官能」については観光に焦点を当て、議論をすることになりました。
合理のためのVR
まず、福岡アジア都市研究所の中島氏が「行政側としては一般人の防災に対する意識を高めたい」と述べます。
これに対して「VRのいいところは失敗できること。VRにおいては゛転落事故”という゛現実では追体験不可能なこと”も身を持って体験でき、体験者に安全について考える機会を与えることができる」と山岡氏。
しかし、これは産業に付きまとう災害。自社の従業員に対してなら安全教育にコストを割くことも現実的ですが、それでは一般人に対して、安く・広く安全訓練を提供するにはどうすればいいのでしょうか?
山岡氏は、多くの人が持っているスマートフォンを利用するのが良いのでは、と言います。
これに対してLinked Brainの清水氏が、「防災アプリがあったとしても、普段からスマホに慣れていないといざというときに使えない。防災アプリは災害時だけでなく、平常時もゲームなどの体裁を取って、常日頃から慣れ親しめるものの方が良いのではないか。例えば『ポケモンGO』はゲームアプリだが、プレイを通じて(無意識的に)道を覚えたり、方向感覚を養ったりできます。
このようなアプリには、「ゲームを常に遊んでもらう」という目的でゲーム会社が蓄積してきた知見も活かすことができます。さらにゲームコンテンツに対してであれば、人は「防災」という意識が下火になるため、手に取りやすく馴染みやすい存在になるでしょう。」と、ゲーム開発者的な立場から発言。
これに対して山岡氏は「ゲームには、次に何が起きるか分からないドキドキや、目を離させない力がある。現在ビデオによる防災訓練は、慣れが生じてしまって真剣に受け止めてもらえない場合が多い。ゲーム開発者の知見をもとに、防災ビデオの演出も変えられないか」とコメントしました。
司会の鈴木氏は最後に「テクノロジーを活用するのは良いが、問題意識の薄い技術ありきの開発を行うと、ありもしない課題をでっちあげ、需要の無いものが生まれてしまう可能性もある」と注意を促しました。
防災アプリに関して言えば、問題の本質は「一般に認知されていないこと」にあります。素晴らしい技術もさることながら、どのようにして広めるか、という観点を持ち続けることが大事、と中島氏は言います。
官能のためのVR
続いて話題は「VRを使ってどのように観光客を誘因するのか」というテーマにに移りました。
まずはじめに廣江氏が、「文化的なもの」などの分野には、写真や動画では伝えきれず、一度体験してみないとわからない「感動」がある。例えば神輿(みこし)を担いでいるときに覚える高揚感。そして一度高揚感に浸った人は病みつきになる。そういった体験を少しでも伝えることで、人を実際の行動へと駆り立てることができる。と切り出しました。
これに関して「高揚感を伝えることは必要だが、充分に伝えてしまうとVRで全て済み、観光に行く必要が無くなってしまう。人に行動にさせるためのバランスは難しい」と鈴木氏は付け加えます。
この問題に対して廣江氏は、デジタルとアナログのバランスについて言及します。現状体験のすべてをVRで補うのは難しいため、一部アナログなものを混ぜる必要があります。VRと非VR両方の良さを上手く融合することが必要です。その時に必要なのが、「観光客はVRを見に来たのではなく、福岡という場所を見に来た」という意識。VRもアナログ的なものも手段であり、両方を「福岡を見せる」ために有効活用しなければいけないのです。
これらの話を受けて、「(痛みや匂いなど)VRで“できないこと”を考えるのが大事ですね」と鈴木氏はコメントします。
ここでPSVRの感想が例として挙げられました。それはPSVRのソフト『サマーレッスン』に登場する女子高生キャラクター「宮本ひかり」に触れられないことを辛く感じ、ゲーム内に登場するモノを買いに行くというもの。VRのコンテンツが、人間を現実世界で行動させることに成功しています。こういったVRでは出来ない「じれったさ」が、現実での行動のモチベーションに繋がるのかもしれません。
最後に中島は、VRを使って「参加すると楽しい」ということが事前にわかるようにしたい、と述べました。観光においては周りの空気感も楽しさの要因であるため、そういったものも伝えていきたいとのこと。
本セッションは以上で終了しました。VRのあるひとつの活用分野を、様々な業界の視点から考察することで、新たな発想へのヒントがたくさん見えたように思います。