膜状ミラーを利用し、現実と同じ奥行き感と視野角100度を実現するARディスプレイが開発中

VRヘッドセットは2016年にOculus RiftやHTC Viveなどすでに一般発売がされています。現実に情報を付加するAR/MRヘッドセットはウィンドウや3Dモデルを置くことで現実の幅が広がるデバイスとして注目が集まっています。日本でもこの1月よりマイクロソフトのMRデバイスHoloLensが出荷され話題となっています。

こうしたARヘッドセットの大きな課題が、輻輳調節矛盾と表示される領域である視野角が狭くなることの2つです。今回、これらの問題を膜で作られた可変焦点レンズを使うことで解決を試みる論文が発表されました。論文を発表したUNC、MPI Informatik、NVIDIA、MMCIといった大学と企業の合同研究チームは、視野角が100度あり、さらに焦点を可変できる光学系を実現したARディスプレイの実証モデルを開発しています。

現在のAR、VRヘッドセットが引き起こす輻輳調節矛盾とは

そもそも、輻輳調節矛盾とは何でしょうか。

現実世界で近くの物体に焦点を合わせようとすると、人の眼に組み込まれているレンズ(水晶体)は物体からの光が網膜に集中するように歪曲することでその物体が鮮明に写ります。遠くにある物体を見ると、近くで見たときとは異なる角度で光が眼に入ってくるため、再度レンズを歪曲して、網膜に光が集中するようになっています。

この原理により、片方の眼をつぶり、もう片方の眼で目の前20cm程度の位置に置いた指を見ようとすると背景がぼやけます。逆に、背景を見ようとすると指がぼやけてしまいます。これは眼の”調節”機能と呼ばれています。

続いて、両眼が内向きに回転し、それぞれの眼から別々の視野を1つの重なり合った画像に”収束”することを”輻輳”と呼びます。いわゆる“より目“のことです。非常に遠い物体の場合、物体と眼の距離と比べて両眼の間の距離はとても短いため、両目からの視線はほぼ平行になっています(上図のWall-eyed)。逆に非常に近くの物体を見る場合は、画像を収束させるために眼球を内向きに回転させる必要があります(上図のcross-eyed)。このように眼球を内向きに回転させて視線が重なり合う角度を”輻輳角”と呼びます(上図のconvergence angle)。

先ほどの指を見る実験でもこの現象を確認できます。今度は両目を使い指を20cm程度前方に置いて指を見ようとすると、背景が2重に見えます。また、背景を見ようとすると、指が2重に見えます。

正確な計測機器を用いれば、眼の調節もしくは輻輳から物体がどれだけ遠くに離れているかを測定が可能です。しかし、ここで問題となるのは問題は調節と輻輳が同時に起こることです。しかも同時に起こるだけでなく、調節と輻輳は相関関係があり、輻輳を測定すれば、どの程度調節が必要かも分かります。たとえば、両眼の視線トラッキングを行い、輻輳角を測定すれば、どのくらい離れた物体を見ようとしているのか算出できます。そして、算出した距離に応じた調節を行えば輻輳と調節の両方を同期して動かすことができます。

これらの機能は私たちが新生児だったころに、脳と眼が輻輳と調節の機能を同時に使うため、筋肉記憶として形成されます。そのため、私たちは何も考えずとも輻輳と調節を同時に違和感なく動かせるようになっています。しかし、現在のAR、VRヘッドセットの大半は、光学設計の根本的な限界のために、輻輳と調節が同期していません。

基本的なAR、VRヘッドセットでは、バーチャルイメージを表示するディスプレイ(眼から約7.6cm離れたところにある)と、ディスプレイからの光を網膜で焦点が合うようにレンズを歪曲させます。しかし、ディスプレイは眼からの決まった距離にあるため、ディスプレイに表示される全ての物体の光は同じ距離から眼に届きます。VRの中では、数キロ離れた場所にあるように見えるバーチャルな山とすぐ近くに置いてあるコーヒーテーブルでは、両方からの光は同じ角度で眼に入ってきます(つまり、眼の中のレンズの歪曲は変わることはありません)。これにより、調節と輻輳との矛盾が生じます。

現在のヘッドセットで私たちはそれぞれの眼に異なるイメージを見せています。その結果、両眼に入った異なるイメージを1つに収束することで奥行きの感じられる立体視を実現しています。

しかし、より現実感を保ち快適に見るためには、現実世界と同じように輻輳調節矛盾を解決し、両者を同期させることが必要となります。

動的にヘッドセットのレンズの歪曲を変えて矛盾を解消

輻輳と調節を同期するためには、ヘッドセットのレンズの屈折力が常に変化できる仕組みにする必要があります。屈折力とは、レンズがどの程度光を屈折できるかの度合いを表します。通常のガラス、もしくはプラスティックの光学系では、屈折力は、レンズの曲率で決まっています。しかし、動的にレンズの曲率を調整できれば、いつでも屈折力を変えることができます。これを実現するために膜状のミラーと、アイトラッキングの技術が登場します。

研究者らは、論文「Wide Field Of View Varifocal Near-Eye Display Using See-Through Deformable Membrane Mirrors」を発表してからすぐに、変形可能な膜でできたミラーを真空装置内に置いて、可変焦点シースルーレンズを持つARディスプレイの実証モデルを作成しました。

ミラーは、仮想オブジェクトの深さを20cmから無限に設定することができます。最も眼から近いNearポイントから一番遠いFarポイントまでの屈折力を切り替えるのに300msかかりますが、より近い場合の切り替えは早くなります。

両目の像を収束するため、どの程度内側を向いているかを測るのにアイトラッキング技術を使います。アイトラッキングによって、装着者の収束の度合いを速やかに測定でき、測定した角度は、ユーザーが見ている物体の深さを判断するために使用されます。

このアプローチでは、深度の調節は一度に1つのオブジェクトに対してのみ設定できます。研究者は、これについても仮想オブジェクトの深度に応じて周囲をぼかすという案を提案しています。しかし、今回はレンダリングされたボケが光学的なボケと同等にならない可能性があったため実装しておらず、今後この効果を評価する必要があるとしています。

既存手法の広視野と高解像度のトレードオフと本手法の利点

可変焦点ディスプレイを研究しているのはこのチームだけではありません。現在、さまざまな手法が考えられていますが下記の比較表の通り、広い視野を持つアプローチは、その反面低い角度分解能(1度あたりのピクセル密度)になると考えられています(FOVとAngular resolutionの項目を比較)。

今回の新しい膜状ミラーを使ったアプローチはこの解像度と視野角の両方を満たす可能性があるため非常に興味深いものになっています。輻輳調節矛盾を解決するだけでなく、100度の広い視野を持ちつつ比較的高い分解能を保持できるとしています。

今回のアプローチは、非常に初期段階ですが、AR、VRヘッドセットの設計で直面しているいくつかの重要な課題の解決策として提案されています。この研究が拡張現実感技術の開発を著しく促進し、ユーザー体験にどのように影響するかの研究を進めていくとしています。

(参考)

Researchers Demonstrate 100° Dynamic Focus AR Display With Membrane Mirrors – (英語)

http://www.roadtovr.com/researchers-demonstrate-100-degree-dynamic-focus-ar-display-membrane-mirror-vergence-accommodation-conflict/

※Mogura VR は、Road to VRとパートナーシップを結んでいます。

この記事を書いた人

  • あつぽん

    日本でMRシステムの開発に携わった後アメリカへ渡り、VR/MRシステムを企業へ導入するための検討・開発に従事。現在は日本在住。

    人間の能力そのものを拡張させるテクノロジー「ヒューマンオーグメンテーション」のコンセプトに惹かれ、その界隈の動向に強い関心を持っています。その中で実用化フェーズにあるVR/MRの盛り上がりをより広い範囲へわかりやすく伝えていきたいと思っています。

    Twitter:@atupon

    Blog:http://nybiboroku.info/

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